Tous les chapitres de : Chapitre 71 - Chapitre 80

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第71話

「そこは私の部屋なのに、どうして私が……」琴葉が拒絶しようとした矢先、視界の隅で、碧斗に挨拶していた男たちが一斉にこちらを振り返るのが見えた。その目は呆気に取られていた。琴葉の言葉はピタリと喉の奥に引っ込んだ。海翔はわざとらしく首を傾げてみせた。「どうしたんだい、琴葉さん?」「なんでもないわ」琴葉はその場で反論するのを呑み込んだ。他人の前では離婚の事実を公にしないという、碧斗との取り決めがあったからだ。だが、たとえ自分が拒まなかったとしても、今夜碧斗が自分の部屋に来るはずがない。行くとしたら、雪乃の部屋に決まっている。悔やまれるのは昨日のことだ。連休の予定を聞かれた際、どうして素直に自分のスケジュールを伝えておかなかったのか。今日自分がこのクルーズパーティーに来ると前もって知っていれば、彼だって間違いなく顔を合わせないよう避けていたはずなのに。海翔は彼女が異を唱えないのを見て取り、すかさずスタッフに言った。「よし、君はもう戻っていいよ」スタッフが立ち去ると、ビジネスパートナーの男2人も空気を読んで口を開いた。「では、我々はこれでお邪魔します。あちらへ行っておりますので」人払いが済むなり、琴葉は険しい顔で傍らの男を睨みつけ、声を潜めて凄んだ。「手を離して」「……ああ」碧斗は、彼女の細く柔らかい腰に添えていた手を渋々といった様子で下ろした。琴葉はさらに、2人にしか聞こえない声で釘を刺した。「さっさとあなたの友達を連れて、ここから消えて」碧斗がそれに乗じて彼女の耳元へ顔を寄せ、何か言い返そうとしたその時。カツカツとヒールを鳴らす足音が近づいてきた。「碧斗、こんなところにいたのね」同じ側に座っていた碧斗と琴葉、そして帆夏と琉馬が同時に顔を上げる。雪乃の姿を認めた瞬間、4人は見事に揃って眉をひそめた。水を差された不快感が、全員の顔にありありと表れていた。その露骨な反応に、雪乃は顔の笑みを僅かに引きつらせた。気まずさを誤魔化すように、海翔へと顔を向けて声をかける。「こんばんは、海翔さん」海翔は淡々と口角を上げた。「雪乃さん」「まさかこんなところで会うなんて、奇遇ね。私もご一緒して構わないかしら?」そう言いながら、彼女はすがるような視線を碧斗に向けていた。だが、碧斗が口を開くよ
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第72話

帆夏は腕を組み、冷ややかな視線で見つめた。「雪乃さん、あなたちょっと計算高すぎない?」雪乃は無意識に碧斗へ視線を送り、慌てて弁明した。「違うわ、そんなつもりじゃ……ただ、碧斗たちもいたし、みんな顔見知りだから、相席しても気にしないかなって……」「悪いけど、私って心が狭いの。めちゃくちゃ気にするわ」帆夏は彼女の言葉を遮り、真っ向から見据えた。「だって、私も琴葉もあなたのことなんて、ちっとも顔見知りだなんて思ってないから」立て続けに痛いところを突かれ、雪乃の顔色は見る見るうちに険しくなった。腹の底でははらわたが煮えくり返る思いだった。――腐っても私は、周防家のお嬢様よ。碧斗に近づくチャンスを作るためじゃなかったら、どうしてこんな所でこんな屈辱を味わわなきゃならないの?場の空気が気まずく凍りつく中、海翔が立ち上がってその沈黙を破った。「いや、全くその通りだ。ここは本来、君たち親友同士の集まりだったんだ。俺たちが無作法だった」彼は帆夏と琴葉に申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべた。「悪い悪い、俺たちはこれで失礼するよ。君たちは引き続き楽しんでくれ。それじゃ、今夜は存分に満喫してくれよ」そう言い終えると、屈辱と怒りで顔を真っ赤にして立ち尽くす雪乃へ視線を向けた。「ええと、雪乃さん。君も席がないなら、向こうで俺が席を取ってやるから。ほら、行こうぜ。これ以上、彼女たちの邪魔をするのは野暮ってもんだろ」海翔は雪乃が反論する隙も与えず、半ば強引に彼女の腕を引いてその場から連れ去った。テーブルに再び静寂が戻ると、琉馬と琴葉は同時に帆夏へ向けて親指を立てた。帆夏は誇らしげにツンと顎を上げ、勝ち誇ったように悠然と腰を下ろした。彼女が座るなり、左右に控える琉馬と琴葉が、息ぴったりの連携でご機嫌取りを始めた。琉馬がへこへこと肩を揉み、琴葉は帆夏の前に置かれていた熱いお茶を手に取ると、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてから差し出した。「大活躍だったね。さあ、これで喉を潤して」傍らでそんな3人のコミカルなやり取りを見ていた碧斗は、たまらず小さく吹き出した。その気配に琴葉が勢いよく首を巡らせた。彼がまだそこに座っているのを見て、思わず眉をひそめた。「あなた、どうしてまだ行かないの?」「俺たちは夫婦だ。席を別にする道理がどこにある?」
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第73話

「あなたが1人で妊娠の苦労を背負ってるんだから、彼が少しは世話を焼いて当然でしょ?」帆夏は琴葉の耳元へ顔を寄せた。「いいじゃない。本人がどうしてもって言うんだから、今夜は彼をただの使用人だと思ってこき使ってやればいいのよ」――あの雪乃がわざわざ相席しようとしてきたのは、琴葉を挑発するためだったんでしょ。ふん。だったら碧斗をここに引き留めて、琴葉の「使用人」にしてやればいい。彼女のところには行かせない。これでどうやって得意面をするか見ものだわ。帆夏は琴葉の前に置かれていたステーキ皿を、ツーッと碧斗の目の前へ押しやった。「碧斗さん、琴葉のお世話をしてくれるんでしょ?お腹空いてるみたいだから、ステーキ切ってあげてよ」碧斗は嫌がらせを受けたとは微塵も思わず、むしろ帆夏に向けて感謝の笑みを浮かべた。「ああ、わかった」琴葉が断る隙すら与えず、彼はすでにナイフとフォークを手に取ってステーキを切り始めていた。帆夏はまだぼんやり突っ立っている櫂に視線を向けた。「ちょっと、何ぼーっと突っ立ってんの。座りなさいよ」「……あ、はい」櫂は向かいのソファへ移って腰を下ろした。自分でフルーツを一つ口に放り込むと、続けてもう一つをフォークに刺し、琴葉へ差し出す。「琴葉さん、このリンゴすごく甘いですよ。一つどうですか?」しばらくしてまた声をかける。「あと、このマッシュポテトもいけますよ。味見してみます?」碧斗は、向かいの席に追いやられたくせに、まだ琴葉へせっせとご機嫌取りを続ける櫂の姿を横目で見ていた。櫂がサラダの小皿を差し出してきた瞬間、碧斗はスッと手を伸ばしてそれを受け取り、無言で脇へ置いた。そして、切り分けたステーキを琴葉の前へと滑らせる。穏やかな声で告げた。「まずはステーキを食べなさい。そんなにあれこれつまみ食いばかりしないで」琴葉は彼を一瞥すると、無意識に「ありがとう」と口にし、フォークを手に取ってうつむき加減でステーキを口に運んだ。夕暮れ時の海風は少し強かった。琴葉がうつむいた拍子に長い髪が風に煽られ、ふわりと顔にかかった数筋の髪が口元を掠める。食べるのに邪魔になり、彼女が本能的に首を振って手で払おうとしたその瞬間――すっと伸びてきた指が、彼女より一足先に顔にかかった髪を横へ除けた。向かいの席に座る櫂がふと顔を上げると、
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第74話

碧斗は静かに琴葉を見つめていた。今日、彼女が身にまとっているのは淡いイエローのワンピースだ。先ほど彼自身の手でまとめ上げた長い髪が、彼女の精巧で小さく整った顔立ちをより一層引き立てている。浮かべた微笑みにつられて、澄んだ瞳が三日月のように愛らしく弧を描く。彼女の背後に広がる海面には、夕日の名残がまるで絵巻物のように美しく広がっている。だが、その一枚の絵に溶け込んだような可憐な彼女の姿は、どんな景色よりも息を呑むほど美しかった。誰の目にも留まらない片隅で、碧斗はこっそりとスマホのカメラを起動した。5分後。琴葉が帆夏と琉馬に声をかけた。「ねえ、2人ともカップル写真撮らない?」そう言って、琴葉は琉馬と立ち位置を代わった。何枚か撮り終えると、今度は帆夏が「私たちも赤ちゃんと一緒に記念撮影しなきゃ!」と言い出した。琴葉はカメラを櫂に預け、自分もフレームに入った。3人はあれこれと立ち位置を変えながらはしゃいだ。琴葉がセンターに立ったかと思えば、次は琉馬が真ん中になり、続いて帆夏が真ん中に陣取って、右隣の琴葉と抱き合いながら手でハートマークを作ったりした。そのうち、カメラマンをしていた櫂まで「僕も一緒に撮りたいです!」と騒ぎ始めた。すると、4人の視線が一斉に、隅の席に座っている碧斗へと向けられた。「碧斗さん、どうせ手持ち無沙汰なら、僕たちのカメラマンやってくれません?」櫂がへらへらと笑いながら碧斗に声をかけた。――手持ち無沙汰とは何事だ?碧斗がすかさず言い返そうとした矢先、琴葉が口を開いた。「お願いできる?」碧斗は喉まで出かかった言葉を飲み込み、琴葉に向けて甘く微笑んだ。「ああ、いいよ」それを聞くや否や、櫂はすかさず手元のカメラを碧斗へ押し付け、ニヤッと片眉を上げてみせた。「それじゃ碧斗さん、よろしくお願いしますね!」手渡されたカメラを握りながら、碧斗は櫂の笑みにどこか自分をからかうような色を感じ取った。くるりと背を向け、いそいそと琴葉の隣に並びに行く櫂の後ろ姿を見つめ、碧斗はすっと目を細める。だが、すぐに何事もなかったかのように平然とカメラを構えた。琴葉がレンズの向こうから見つめる先で、碧斗は真剣な面持ちでシャッターを切り、時にはカメラマンらしくポーズの指示まで的確に出していた。立て続けに十
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第75話

少し離れた場所に立つ雪乃は、碧斗がまるでご機嫌取りのように琴葉のそばに侍り、甲斐甲斐しく世話を焼く姿をじっと見つめていた。そこには、普段の冷徹で人を寄せ付けない近寄りがたいオーラは微塵もない。両脇に下ろした手をきつく握りしめ、雪乃は込み上げる悲しみと嫉妬を必死に押し殺していた。帰国してからというもの、彼女は毎回「仕事」という口実でしか碧斗に近づけなかった。業務上の用件でなければ、彼はまったく相手にしてくれない。汐見市への出張帰りにオークションへ同行した時だって、父がわざわざ頼み込んでくれなければ、彼の車に同乗することすら許されなかったはずだ。誕生日を口実に食事に誘っても、すげなく断られた。――私にはあれほど冷酷だったくせに、琴葉というあの忌々しい女にはあそこまで甘く接するなんて。わざわざプロジェクトの検討会議を2日も遅らせてまで予定を空け、秋の連休を彼女と一緒にこの客船で過ごしている。どうして琴葉なんかが、彼からあんなにも特別扱いされなきゃならないの?違う、あれはすべて私が手に入れるはずのものだった。碧斗の愛も、あの底知れぬ優しさも……嫉妬に狂った雪乃の視線が憎々しげに琴葉へ突き刺さっていたその時、ふいに目の前へ赤ワインのグラスが差し出され、視界を遮られた。ハッとして勢いよく振り向くと、すぐ横に海翔が立っている。「雪乃さん。世の中にはね、一度すれ違ったら、もう二度と戻らない相手だっているんだ」海翔はふっと笑みをこぼした。「手に入らないってことは、元々その二人には縁がなかったってこと。無理強いしてもどうにもならない。そう思わないかい?」そう言いながら、彼は手に持っていた赤ワインをさらに彼女の目の前へと差し出した。その言葉に痛いところを突かれ、雪乃は強張った手つきでグラスを受け取った。すると海翔はさらに続けた。「碧斗のやつ、珍しく仕事を放り出して奥さんに付きっきりなんだ。誰かに邪魔でもされたら、間違いなく機嫌を損ねるよ」海翔は、遠く離れた席で琴葉にせっせと何かを食べさせている碧斗を一瞥し、再び雪乃へと視線を戻した。「雪乃さんは賢い人だ。わざわざ恥をかきにいくような真似、二度もしないだろ?」雪乃はグラスをきつく握りしめ、必死で愛想笑いを浮かべた。「今夜はパーティーに参加しに来ただけよ。海翔さん、考
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第76話

琴葉は碧斗を横目で一瞥しただけで何も言わなかったが、大人しく口を開いて食べるようになった。賑やかな喧騒の中、誰も気づかないうちに、夜空の月が厚い雲間からひっそりと顔を覗かせていた。ステージ上のショーは次第に熱を帯び、主催者の大盤振る舞いか、ついにメインストリームのロックバンドまで登場して生演奏を始めた。ロックの重低音が響き渡るや否や、お祭り騒ぎが大好きな櫂は、我先にステージの最前列へと駆け出していった。ステージに近いせいか、琴葉は自分たちの座っているテーブルや椅子までがビリビリと震えているように感じ、無意識にお腹に手を当てた。その耳元へ、碧斗の声が落ちる。「ここは騒がしすぎる。向こうの静かな場所へ移動しないか?」琴葉自身も、この激しいロックの重低音は体によくないと感じていた。振り返って、向こうで親密に寄り添いながらステージを眺めている帆夏と琉馬へ声をかけようとした。だが歩き出そうとした矢先、碧斗に腕を引かれた。「恋人同士、2人きりの時間を過ごさせてやろうじゃないか」その物言いに、琴葉は呆れて言葉を失った。ただ一言、場所を移すと伝えたかっただけなのに、邪魔をする気など毛頭ない。もし自分が1人で連休を過ごすことを心配していなかったら、帆夏と琉馬は今夜、水入らずのデートを楽しんでいたはずだと分かっている。結局、琴葉は碧斗に手を引かれるまま、喧騒から離れた静かなエリアへと歩いていった。喧騒がすっかり遠のき、静かな場所まで辿り着いたところで、琴葉はふと我に返り、彼の手を振り払った。「私は、あなたに付き添ってもらわなくて結構よ」彼女は淡々と言い放つ。「今夜、一緒に来た相手がいるんでしょう。その人のところへ行ってあげれば?」碧斗は呆気に取られ、思わず言葉を詰まらせた。――まさか俺を、海翔のところへ追いやろうというのか?「あいつに俺の付き添いは必要ない」琴葉は冷ややかに彼を見やった。「私も必要ないわ」「だが、俺の赤ん坊には必要だ」月明かりの下、碧斗は甘い眼差しを彼女へ向けた。「俺がこの子と一緒に過ごす、初めての秋の連休だ。断っちゃ駄目だ」その屁理屈に、琴葉はもはや返す言葉もなかった。もしここで拒絶しようものなら、彼はまた「父親としての正当な権利」とやらを振りかざしてくるに違いない。あの時の取り決
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第77話

2人はそのまま静かに佇み、心地よい夜の静けさを分かち合っていた。どれくらい時間が経っただろうか。その穏やかで心地よい静寂を破ったのは、帆夏からの電話だった。「琴葉、どこ行っちゃったの?ステージのところで、海に流す願い事のボール配ってるよ!早く戻っておいでよ!」通話を切り、2人は再びオープンエアのレストランへと戻った。彼らの姿を見つけるなり、櫂がすぐにピンク色のボールを琴葉に手渡してきた。「琴葉さん、早く願い事書いてくださいよ。後でみんなで一緒に海へ流すんですから!」琴葉が受け取って見てみると、透明なボールの中には水が満たされており、中央にはメッセージカードを入れるための小さなカプセル状の隙間があった。「はい、メモとペンです」櫂はペンを琴葉に渡しながら、彼女の隣に立つ碧斗にもついでとばかりに声をかけた。「碧斗さんもやります?」碧斗はテーブルの上に置かれたカラフルなボールを一瞥した。子供や女性の喜ぶような、他愛のないおもちゃだ。気のない返事で断ろうとした碧斗だったが、思いのほか興味津々で目を輝かせている琴葉の横顔が視界に入った瞬間、言葉を飲み込み――口をついて出たのは別の台詞だった。「……俺にも一つくれ」それを聞いて、琴葉は少し驚いたように彼を振り返った。――彼が、こんな子供っぽい遊びに付き合うなんて?櫂がブルーのボールを彼に渡す。碧斗は琴葉の隣に座り、彼女が小さな紙に真剣な面持ちで書き込むのを見つめていた。【赤ちゃんが、無事に私のもとへ生まれてきてくれますように】彼女がその紙を、祈りを込めるようにそっと丁寧にボールの中へ押し込む。次の瞬間、彼もまたペンを執り、自らの紙に一つの願いを書きつけると、そのブルーのボールの中へと封じた。気づけば、手すりの周辺には人が増え始めていた。皆、海に向かってボールを投げ込もうとしている。碧斗は人混みの中で彼女の安全を確保できる十分なスペースを作り出してから、庇うようにして琴葉を手すりの前へと導いた。琴葉の視界には、海面にぷかぷかと浮かぶ色とりどりのボールが広がった。思い切って自分のボールを投げ入れたその時、すぐ横からブルーのボールが、まるで彼女のものと全く同じ軌道を描くように飛んでいき、二つ並んで海面へと落ちていった。その瞬間、琴葉の胸がかす
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第78話

碧斗は琴葉を見つめて言った。「俺も早く部屋に戻って休みたい。もう遊びには行かない」琴葉は怪訝そうに眉をひそめた。「休みたいなら勝手に休めばいいじゃない。どうして私に言うの?」碧斗は彼女の背後にあるドアへ視線をやった。「お前がドアを開けてくれないと、俺が部屋に入れないだろ?」琴葉は自分の部屋のドアを振り返り、それから驚いたように彼を見た。「あなた……まさか本当に、今夜私の部屋で寝るつもり?」「お前はもう、俺を泊めるって承知したはずだが?」「あれは他人の前で2人の関係を怪しまれないように話を合わせただけよ。誰が本当に承知したっていうの?」琴葉は彼を見て、ふっと鼻で笑った。「それに、たとえ部屋に入れるのを許したとしても……碧斗、あなた本当にじっとしていられるの?」――愛しい本命の彼女を一晩中ほったらかしにして、夜のうちにご機嫌取りに行かなくて平気なわけ?碧斗は全く解せないという顔をした。「どうして俺がじっとしていられないんだ?」――まだしらばっくれる気ね。琴葉は彼に一歩近づき、顔を仰向けてその目を真っ直ぐに見据えた。「じゃあ聞くけど、あなたは今夜どうしてこのパーティーに来たの?そもそも誰と一緒に来たのよ?」じっと見つめられ、いくらか後ろめたさを覚えたのか、碧斗は視線を逸らした。「海翔がどうしても付き合えってうるさいから、当然あいつと一緒に来たんだ」本当は琴葉を追って来たのだとは言えなかった。そんなことを言えば、今夜は絶対に部屋へ入れてもらえなくなるからだ。――ふん、よく言うわ。海翔もいい迷惑よね。彼と愛しの彼女の逢瀬のカモフラージュに使われるなんて。琴葉もわざわざ暴く気にはなれず、冷ややかな声で言った。「だったら、海翔のところへ行って寝ればいいでしょ」そう言い捨てると、きびすを返して自分の部屋のドアを開けにかかる。――一体どういう理屈だ?男2人が一緒の部屋で寝てどうする?こめかみを引きつらせた碧斗は、琴葉が部屋に入るなり扉を閉めようとするのを見て、咄嗟に片足をドアの隙間へ滑り込ませた。「何するのよ」琴葉が彼を睨みつけた。「話を聞け……」「碧斗様、琴葉様」キャリーケースを引いたスタッフが歩み寄ってきた。碧斗と琴葉は同時にそちらへ視線を向ける。スタッフは2人の前で足を止め、にこ
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第79話

図々しくも粘り勝ちした碧斗は、まんまと部屋に居座ることに成功した。だが琴葉は彼を完全に空気扱いし、バスルームでシャワーを浴びると、そのままベッドに潜り込んだ。その間、部屋にいる男と言葉を交わすことも、視線を向けることすらなく、終始存在しないものとして振る舞った。碧斗のほうもわきまえており、静かにソファに座ったまま、彼女がベッドに入って横になるのを見計らって立ち上がり、メインの照明をいくつか落とした。琴葉はソファに背を向けて横たわり、無理やり目を閉じた。頭の中では様々な思考が渦巻いており、今夜は絶対に一睡もできないだろうと思っていたが、目を閉じているうちに本当に睡魔が襲ってきた。きつく寄っていた眉間の皺が徐々に緩み、彼女はいつの間にか眠りに落ちていた。部屋の中には、柔らかな光を放つブラケットライトが一つだけ灯っている。碧斗はその淡い光を頼りに、ベッドの上で小さく身を丸めている姿をじっと見つめ続けた。薄手の掛け布団の下、張り詰めていた体から強張りが解け、寝息が規則正しく穏やかなものへと変わるまで。彼女が完全に寝入ったことを確かめてから、彼は足音を忍ばせて立ち上がり、着替えを手にしてバスルームへ向かった。シャワーを終えて出てくると、先ほどまで身を丸めていたはずの女が布団を蹴飛ばし、仰向けになっていた。右手は枕の脇にふわりと添えられ、左脚は無防備に伸ばされている。まくれ上がったネグリジェの裾からは、白くきめ細やかなすらりとした脚が露わになっていた。胸元の襟も歪んではだけており、その隙間からふっくらとした白い肌が覗いている。ゆったりとした呼吸に合わせて、白く柔らかな胸元が静かに上下していた。ベッドサイドに佇み、その無防備な寝姿を見下ろす碧斗の瞳に、情熱が宿る。かつて肌を重ね、甘く睦み合った記憶が脳裏に蘇る。彼はごくりと生唾を飲み込み、目を閉じて体の奥から突き上げる衝動を必死に押さえ込んだ。それからようやく一歩踏み出し、そっと掛け布団を引き上げて彼女の体を覆い直す。白く透き通るような寝顔をしばらく見つめていたが、やがて視線がふっくらと柔らかな唇へと落ちた。少し荒くなった息を吐きながら、彼は吸い寄せられるようにゆっくりと身を屈める。その唇まであと数センチというところで動きを止める。彼女の懐かしく甘い香りが鼻先をかすめ、一
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第80話

スマホを置いてベッドから降りようとした矢先、ドアのほうからガチャリと物音がした。開いたドアから入ってきた碧斗の姿に、琴葉は怪訝そうに眉をひそめた。――どうしてまた来たのよ?声に出して問い詰めるより早く、碧斗はすでにベッドの傍まで歩み寄ってきていた。「目が覚めたか?」彼は自然に手を伸ばすと、寝癖でくしゃくしゃになった彼女の髪を愛おしそうに指先で梳いた。「お腹が空いただろ?朝食を持ってくるよう頼んでおいた。顔を洗っておいで、もうすぐ食べられる」「朝食」という言葉を聞いた途端、琴葉のお腹がタイミングよくぐぅっと鳴った。妊娠中の今の彼女は、空腹の辛さには微塵も耐えられない。お腹が空けば、食べることが何にも勝る最優先事項になるのだ。そのため、この男がどうしてまだ居座っているのかを問い詰める気すら失せ、もう少しでご飯だと聞いた彼女は、すぐさまベッドから降りて着替えを手にバスルームへと向かった。身支度を整えて出てくると、テーブルの上にはすでに朝食が並べられていた。テーブルの上には目移りするほど様々な料理が並べられており、なかなかに豪勢だ。碧斗はテーブルについてゆで卵の殻を剥いていたが、立ち尽くしている彼女を振り返って言った。「ぼんやりしてないで、早く来て食べろ」琴葉が歩み寄って席に着くと、すかさずホットミルクの入ったグラスが彼女の前に滑り出されてきた。それを手に取って一口飲み、ふと視線を上げた琴葉は、向かいに座る男の目にうっすらと血走ったような赤みが差していることに気がついた。明らかに昨夜はまともに休めていない顔だった。「どうして朝っぱらからまた私の部屋に来たのよ?」碧斗は綺麗に殻を剥いたゆで卵を、ことりと彼女の皿に置いた。「俺はずっとこの部屋にいた。さっき出て行ったのは、朝食の手配をしに行っただけだ」彼は彼女が朝食を摂る時間を把握している。目覚めたときに空腹で辛い思いをさせないよう、あらかじめスタッフに準備させておいたのだ。――昨夜はずっと部屋にいただって?琴葉はホットミルクのグラスを握る手をピタリと止め、複雑な眼差しで彼をちらりと見やった。だがそれ以上は何も言わず、ゆで卵を手に取って黙々と食べ始めた。食欲旺盛に朝食を平らげていく女の姿を見つめながら、碧斗の口元には、満ち足りたような、それでいて
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