琴葉は帆夏と午前中いっぱい甲板で羽を伸ばし、昼になって櫂が起きてくると、4人で船内のレストランへ昼食に向かった。食事中、櫂が「昨日琉馬さんとやったビリヤード、まだ決着がついてないんですよ。もう何ゲームかやりたいです!」と言い出した。そこで、食後はビリヤード室へ向かうことになった。レストランを出る際、琴葉がトイレに行きたいと言うと、帆夏が残って待とうとした。「いいよ。充電ケーブルを取りに部屋に戻るって言ってなかった?あとでビリヤード室で合流しよう」と琴葉が言った。「そうね。じゃあ、お先に」帆夏は琉馬たちと一緒にレストランを出て行った。琴葉は1人でトイレへ向かった。トイレから出て個室の並ぶ廊下を通りかかったとき、一つの個室のドアが勢いよく開いた。中から人が出てきたため、琴葉は反射的に足を止めて道を譲ろうとしたが、ふいに「あれ、琴葉さん?」と声がした。顔を上げ、海翔の姿を目にした瞬間、琴葉は得体の知れない嫌な予感を覚えた。案の定、次の瞬間には海翔が救世主でも見つけたような顔で「よかった!ちょうど探しに行こうと思ってたんだ」と言い出した。「碧斗が酔い潰れちゃってさ。悪いけど、部屋まで連れて帰ってくれない?」琴葉が断る間もなく、海翔は彼女の腕を引いて個室へ引きずり込むと、大声を張り上げた。「おーい碧斗!琴葉さんが迎えに来てくれたぞ!」個室の円卓にはまだ数人の男たちが座っており、その言葉を聞いて一斉に琴葉に視線を向けた。注がれる無数の視線を一身に浴びながら、琴葉は呆れ果てて言葉を失った。――私、いつ迎えに来るなんて言った?「結城様、奥様にこれほど愛されていて羨ましい限りですな。少し酔っただけで、すぐに飛んできてくださるとは」「奥様は内助の功に優れた、まさに良き妻の鑑だと伺っておりましたが、噂に違わぬお方だ」男たちは、上座に座る碧斗に取り入ろうとしているのか、口々に琴葉を褒めそやし始めた。ここまでおだて上げられては、琴葉に逃げ道はない。他人の前で「貞淑な妻」を演じ切るしかなかった。彼女は碧斗のそばに歩み寄り、「大丈夫?」と声をかけた。男がゆっくりと顔を上げた。端正な顔立ちにはうっすらと赤みが差し、その瞳はほろ酔いの熱を帯びて、とろんと潤んでいる。「琴葉」彼が低く掠れた声で呼ぶと、琴葉はその
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