Alle Kapitel von 離婚後に妊娠発覚、元夫の溺愛同居: Kapitel 51 – Kapitel 60

100 Kapitel

第51話

「でも安心して。3人とも、私たちが離婚したことを外で言いふらすような人たちじゃないから」琴葉の話を最後まで聞き終えると、碧斗は低く穏やかな声で応えた。「そうか、分かった」帆夏と琉馬が彼女にとってかけがえのない親友であることは、碧斗も承知していた。だからこそ、2人に離婚の事実を打ち明けたことには何の異論もない。琴葉が宗正の弟子であり、親しい先輩がいることも、かつて彼女から聞かされていた。だが、あの風見櫂という男は、先輩の弟子にすぎないはずだ。なぜそんな若造にまで、わざわざ離婚のことなど話す必要があったのか。あいつと琴葉は……そんなに親密な仲なのか?それに、なぜあの男は他人の結婚生活にそこまで首を突っ込んでくるのか?碧斗の胸中には疑念が渦巻いていたが、それを細かく問い詰める勇気は出なかった。せっかく彼女がこうして穏やかに説明してくれているのだ。あれこれ詮索して機嫌を損ね、また口を利いてくれなくなったら元も子もない。「それなら……わだかまりも解けたことだし、俺たち、仲直りできたと思っていいか?」碧斗はおずおずと、彼女の顔色を窺うように尋ねた。琴葉は微かに眉をひそめた。自分たちのような関係に「仲直り」という言葉を使うのはどこかしっくりこなかったが、本音を打ち明け合ったことで、胸の奥につかえていた鬱屈がかなり晴れたのも紛れもない事実だった。「まあ、この件はこれで終わりってことにしましょ」その言葉を、碧斗は前向きな和解の合図と受け取ったらしい。目元にぱっと喜びの色を浮かべ、すかさず言葉を重ねて誓った。「約束する。これからはどんな席であっても、必ずお前のそばを一歩も離れずに付き添う。今夜のようなことは二度と起こさせない」これから?今後二度と、こんな同伴の仕事など受けるつもりはないというのに。琴葉は一語一語、はっきりと釘を刺した。「これからはもう、あなたに同伴なんてしないわ」碧斗は一瞬虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐに何かに思い至ったように、深く得心して頷いた。「お前の言う通りだな。今は身重なんだから、人が大勢集まるような場には出ない方がいい」万が一、誰かにぶつかられでもしたら大変だ。琴葉は絶句した。――私が言っているのは、妊娠の話じゃないのだけれど。碧斗は彼女の呆れた視線に気づくこと
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第52話

距離が近かったせいだろうか。照明の温かな光に照らされた男の目元は、驚くほど柔らかく見えた。琴葉は居たたまれなさに慌てて視線を逸らし、握られていた手をすっと引き抜くと、数歩ほど後ずさった。「謝罪の気持ちは受け取るわ。でも、それとこれとは話が別よ」琴葉は碧斗を真っ直ぐ見据えて告げた。「こうしましょう。お互いに貸し借りなし。働いた分だけのお金をいただくわ」碧斗は怪訝そうに眉をひそめた。「どういう意味だ?」「パーティーには同伴したけれど、途中で抜けたわ。だから仕事としては半分しか果たしていない。当初の取り決め通りなら半分の報酬、つまり5000万円を受け取るのが筋よ」琴葉は真面目な顔で、細かく勘定してみせる。「2億円から5000万円を引いた、残りの1億5000万円はお返しするわ」「返す必要はない」碧斗は首を横に振った。「その1億5000万円は、お腹の子へのミルク代だ」琴葉は不満げに眉間に皺を寄せた。「碧斗!」「母親のお前が子どものために稼ぐというなら、父親の俺がミルク代を用意して何が悪い?これは父親としての正当な権利だ。拒否はさせない」「あなた……っ」目の前の女が瞳を丸く見開き、唇を震わせながら必死に反論しようとしながらも言葉が見つからずに悔しがっている姿を見て、碧斗は思わず手を伸ばし、宥めるように彼女の頭をくしゃりと撫でた。「もういいだろう。せっかくさっき仲直りしたんだ、これ以上揉めるのはやめよう」琴葉は身をかわしてその手を逃れると、上目遣いに睨みつけた。「話すなら口だけにして。気安く触らないでよ、同居人さん!」「同居人」という呼び方をわざと強調し、今の2人が夫婦ではなく、同じ屋根の下で暮らすただの他人にすぎないのだと釘を刺す。碧斗は言葉を失い、苦笑いを浮かべるしかなかった。琴葉はツンと顎を上げた。「いいわよ。そこまで気前がいいなら、私の子どものために、そのミルク代、ありがたく頂戴しておくわ。ありがとう。おやすみなさい」言い捨てるなり踵を返して自室へと戻り、次の瞬間には背後でピシャリとドアが閉ざされた。碧斗はその場に佇み、固く閉ざされた扉をしばし見つめていたが、やがて静かに書斎へと足を向けた。……翌朝。琴葉が8時に階下へ下りると、碧斗はまたしてもまだ出勤していなかった。ダイニングテーブル
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第53話

「そんなつもりで言ったんじゃないわ」雪乃は慌てて弁解した。「ただ……昨夜、あなたがあまりに急にいなくなるから。バッドさんをあんなふうに置き去りにしてしまっては、失礼にあたるんじゃないかと思って。何と言っても、あの方はスリー半導体開発のアジア太平洋地域統括プレジデントよ?重視すべき相手じゃないかしら」「相手がそれほど重要なクライアントだと分かっていながら、御社はなぜそのような重大な会談を、他人の宴席の場で場当たり的に設けたんだ?」碧斗は冷ややかに問い詰めた。「それがお前の言う『重視』なのか?」スリー社は海外で確かな技術力と実績を誇る新エネルギー関連企業だ。かつて周防グループは結城グループの新エネルギー事業に参画するため、スリー社との提携を取り付け、その半導体研究の中核技術をプロジェクトに導入すると約束していた。先週、周防グループのトップであり雪乃の父親でもある周防征治(すおう せいじ)から、碧斗にバッドと面談する時間を取ってほしいと話があったばかりだった。まさか周防側が、双方の初顔合わせを他人の催す夜会で勝手にセッティングするとは、碧斗も思いも寄らなかった。そんな軽率な真似のせいでクライアントの不興を買いかねないばかりか、琴葉の機嫌まで損ねる羽目になったのだ。「征治さんは抜かりなく動く人間だ。とすれば昨夜、バッドさんを藤堂家の宴席に招いたのは、お前の独断か?」碧斗の咎めるような視線を受け、雪乃は動揺を露わにした。「わ、私は……バッドさんが雅之さんとも面識がおありだと伺って、それに昨夜はあなたも出席なさると知っていたから、まずは内々の場で顔合わせだけでもと思って……」「だが、事前にこちらと何のすり合わせもしていなかった」これほど重要な商談なら、本来は彼の特別補佐である潤也を通して事前に根回しを済ませておくのが筋だ。昨夜は完全なプライベートであり、ただ妻を伴って出席したにすぎず、身辺に潤也すら帯同していなかった。仕事の話をするつもりなど毛頭なかったのだ。それなのに周防側がこれほどの大口クライアントを連れてきたとなれば、社交儀礼上、碧斗とて無下にはできず顔を立てるしかない。普段なら、それだけで済んだ話かもしれない。だが間の悪いことに、二階でバッドと席に着いて間もなく、給仕から琴葉が会場を後にしたと知らされた。
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第54話

結城グループのビルを後にした雪乃は、ギリッと奥歯を噛み締めていた。完璧に仕上げられたメイクの下で、その表情は抑えきれない悔しさと憎悪に歪んでいる。――碧斗は本来、私のものになるはずだったのよ。彼の妻の座に就くべきなのはこの私で、琴葉なんて、私が留守にしていた隙に棚ぼたでおこぼれに預かっただけの女にすぎないじゃない。それなのに、私が帰国した今になっても、あの忌々しい泥棒猫が、本来私のものだったはずの居場所も男も独占し続けているだなんて……許せるわけがないわ、絶対に!その頃、琴葉はレストランで帆夏とランチをとっていた。昨夜の一件を聞かされた帆夏は、我慢ならないといった様子で憤慨した。「あなたは綺麗さっぱり離婚して、あの男を譲ってあげたっていうのに、彼女、わざわざあなたの前にしゃしゃり出てきて当てつけのように惚気を見せつけてきたわけ?本当、頭おかしいわ」琴葉はフルーツジュースに一口だけ口をつけ、淡々と言った。「2年もその座を横取りされたのが、癪に障って仕方がないのかもね」「ふん、何が癪に障るよ!当時自分から放り出しておいて、怒る資格なんてあるわけないじゃない。それに、筋を通せばあなたこそが正真正銘の妻で、あっちなんてただの愛人よ。あなたが身を引いて譲ってあげたからこそ、ようやく日陰者から日の目を見られただけのくせに」帆夏はふんと鼻を鳴らし、「他人に家庭があると知りながら壊しにかかる人は、どんな綺麗事を並べ立てたって、ただの恥知らずな愛人よ!」と吐き捨てた。「雪乃がどういう立ち位置でいようと、私の知ったことじゃないし、知りたくもないわ。ただ……」琴葉は眉をひそめ、思案深げに呟いた。「今の碧斗が、ちょっとよく分からなくて」帆夏は怪訝そうに彼女を見つめた。「どういうこと?」「彼は私との間に子どもができることなんて望んでいなかったはずだし、同居を迫ってきたのも私を見張り、目の届くところに置いておくためだったの。なのに……お腹の赤ちゃんのことを、妙に気にかけているような気がして」一流の栄養士をつけて体調管理を徹底させたり、マタニティウェアやフラットシューズを先回りして揃えてくれたり。それどころか、彼女が腹を立てて体に障るのを恐れて自分から非を認めて謝ったり、お腹の調子が悪いと聞けば目に見えて動揺したりする。ふとした瞬間に、琴葉
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第55話

夜、碧斗は午後6時きっかりに帰宅した。2人は揃って夕食の席に着く。ダイニングテーブルの向かいに座る男を前に、琴葉は首を傾げたくなっていた。――碧斗は、本当に妙だわ。最近は残業も接待もないのかしら?仮に仕事が落ち着いているとしても、想い人のところへ行って顔を見せていればいいじゃない。どうして毎晩律儀に家に帰ってきて、私とご飯を食べているの?まさか雪乃と喧嘩でもした?ううん、そんなはずはないわね。もし機嫌を損ねられたのなら、なおさら駆けつけてご機嫌取りをするはずだし。ふいに碧斗が顔を上げ、彼女と視線を合わせた。「さっきから俺の顔をじっと見て、どうした?」琴葉の瞳が微かに揺れ、慌てておかずに箸を伸ばすふりをして視線を逸らした。「別にじっと見てなんかいないわ。ただ……なんとなく、周りを見ていただけよ」自分もどうかしている。彼が他の女とどうなろうと、自分には何の関係もないではないか。どうしてそんなことを気に留めているのか。向かいでせわしなく箸を動かし、おかずをつまんではご飯を口に運び、食べるのに大忙しといった様子の彼女を、碧斗はしばらく黙って見つめていたが、やがて静かに口を開いた。「秋の大型連休まで、あと半月足らずだな。そういえば、日頃お世話になっている親戚に何か贈り物をしたいって話していただろう?そろそろ準備を始める頃じゃないか。何か考えている品はあるか?」琴葉は箸を止め、彼が直々にそんな相談を持ちかけてきたことに少なからず意表を突かれた。過去2年、こうした節目の贈答や親族付き合いの手配は、すべて彼女が取り仕切ってきたのだ。かつての彼は、「負担なら潤也に手配させればいい」と淡々と言い放つ程度で、今のように2人で相談して買い揃えようとするような素振りなど、金輪際見せたことがなかった。琴葉は素っ気ない声で言った。「私の親族や知人の分は、自分で手配するわ」周囲から見ればまだ夫婦の体裁を保っているとはいえ、離婚が成立しているのは紛れもない事実だ。したがって、互いの親戚付き合いなどもう存在しない。「同じように、そっちの親戚の分も自分で手配してちょうだい」彼がどんな口実で家族を取り繕うかなど、彼の頭痛の種であって自分の知ったことではない。今の彼女はもう結城家の嫁ではないのだ。彼のために義理立てをしてやる筋合
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第56話

琉馬のアパレル会社へ出資するという考えは、決して思いつきで浮かんだものではなかった。琴葉には以前からその意向があったのだ。現在、妊娠中の身である彼女は、本業である修復や鑑定の仕事を一時的に中断せざるを得ない。それならいっそ、この期間を利用して新たな投資先に資金を回すのは渡りに船だった。琉馬と帆夏も、彼女のこの申し出には大賛成だった。折よくここ数日のうちに、琉馬がショッピングモール内の直営店舗を視察する予定があったため、琴葉と帆夏も誘って同行することになった。琴葉に自社のアパレル事業の現場を見せ、理解を深めてもらうのにも都合が良かったからだ。3人はまずモールの4階で昼食を済ませ、それから2階のメンズファッションフロアへと降りていった。「夕凪」は、琉馬が3年前に立ち上げたメンズのストリート系ブランドだ。シンプルでありながら洗練されたラグジュアリーストリートのテイストを取り入れ、若い男性層から絶大な支持を集めており、立ち上げからわずか3年で確固たる知名度を築き上げていた。今後の事業拡大の余地も十分に大きい。店舗に足を踏み入れると、帆夏と琴葉が腕を組んで先を歩き、その後ろを琉馬が2人のバッグを両手に提げてついて歩く。あくまで一般客を装って訪れたため、ショップの店員たちも目の前の男が自社のオーナー社長だとは夢にも思っていない。「いらっしゃいませ!」愛想の良い男性店員が、爽やかな笑みを浮かべて出迎えた。「ちょうど新作が入荷したばかりなんですよ。よろしければご案内いたしましょうか?」「ええ、お願い」帆夏は後ろを歩く琉馬を指さした。「彼に色々と紹介してあげて」店員は、琉馬が自社ブランドの服を見事に着こなしているのを目にし、馴染みの常連客だと判断したのだろう、いっそう熱を込めて接客を始めた。「お客様、こちらをご覧ください。こちらのアイテムが本日入荷したばかりの新作でして――」店員が琉馬に熱心に説明している合間、琴葉は店内をぐるりと見渡した。商品のディスプレイには細やかなこだわりが感じられ、店の中には何組かの客が買い物を楽しんでいる。若いスタッフたちも皆、生き生きとした笑みを浮かべて活気に満ちていた。眺めていると、前方にある試着室のカーテンが開き、すらりと背の高い人影が現れた。琴葉が目を向けると、その人物はフォレス
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第57話

やはり恋人同士、どこか通じ合うものがあるのだろうか。帆夏の見立て通り、琉馬は本気で櫂に目をつけたようだった。新シーズンのカタログモデルを務めてほしいというのだ。櫂が服を着替えに試着室へ戻った隙を見計らい、琉馬は琴葉を手招きしてその話を切り出してきた。最後にはこう頼み込んでくる。「あのスタイルとルックス、うちのブランドイメージにぴったりなんだよ。なあ琴葉、櫂さんにモデルをやる気がないか、それとなく聞いてみてくれないか?報酬ならいくらでも相談に乗るからさ」「ちょっと難しいと思うわよ」琴葉は釘を刺した。「あの子、名門の宝飾商である風見家のお坊ちゃんなの。お金に困っているわけじゃないし、何より本人が骨董や文化財に夢中だから、モデルの仕事なんて興味がないんじゃないかしら」帆夏が目を丸くした。「えっ、あの風見家のお坊ちゃんなの?」「ええ」それだけの家柄と人脈があったからこそ、コネを使って宗正の門下に入ることができたのだ。「専属モデルが無理なら、副業としてならどうだろう?」琉馬はなおも諦めきれない様子で食い下がる。琴葉は少し考え込んだ。「それなら、私が後で個人的に聞いてみようかしら」今この場で、琉馬の目の前で切り出すのは得策ではない。櫂が快諾してくれればいいが、断られた場合にお互い気まずい空気になるのは目に見えていたからだ。琉馬もその分別は心得ており、素直に頷いた。「分かった、返事を待ってるよ」櫂は3人をもてなそうと夕食に誘ってくれたが、彼らはまだ次の店舗視察が控えている。琴葉があらためて日を改めて自分がご馳走すると伝え、櫂は試着した服の会計を済ませて一足先に店を後にした。その後、琉馬は琴葉を連れて次の店の視察へと向かい、さらにその足で夕凪のオフィスへと案内した。経営体制や現在の制作チームの状況、今後の事業展開のロードマップに至るまで、より踏み込んだ説明を行った。琴葉は熱心に耳を傾け、帰りがけには参考資料としてデザイン画のサンプルやコーディネートのルックブックを何冊か預かっていくことにした。出資を決めた以上、経営の舵取りに直接タッチしないにしても、会社の実態を深く把握しておくべきだと考えたからだ。オフィスを出た頃にはすっかり夕飯時になっていたため、3人で揃って夕食を済ませ、琉馬と帆夏が琴葉を御庭苑まで送り届け
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第58話

ここ3日というもの、碧斗は定時きっかりに仕事を切り上げて帰宅していたが、ダイニングテーブルに着くのは決まって彼1人だけだった。ぽつんと席につき、向かいの誰もいない席を見つめるたび、胸の奥を底知れない侘しさが襲う。だが、その寂寥感のあとには、激しい罪悪感とやるせなさがこみ上げてきた。たった3日待たされただけで、自分はこの冷え切った孤独に耐えかねている。だが琴葉は過去の2年間、数え切れないほどの日々を、ずっとこうして1人きりでこのダイニングテーブルに向かい、食事を喉に通していたのだ。あの日々を、彼女はいったいどんな思いで耐え忍んでいたのだろうか。こんな生活だったのだ。彼女が自分のもとを去りたがったのも無理はなかった。モデル撮影の特設カットは今日ですべて撮り終え、琴葉は今夜、琉馬たちと一緒に打ち上げの席についていた。友情出演として一肌脱いでくれた櫂への感謝を込め、琉馬は食事をご馳走するだけでなく、自身が大切に寝かせていた秘蔵の赤ワインまで開けて振る舞っていた。櫂はワインを一口含むと、パッと目を輝かせた。「琉馬さん、このワインすごく美味しいですね」言い終えてふと視線を向けると、琴葉の前にはワイングラスがなく、白湯の入ったグラスがひとつ置かれているだけだった。「琴葉さん、本当に美味しいですよ。一杯どうですか?」琴葉は柔らかく微笑んで、素直に打ち明けた。「私、妊娠しているからお酒は飲めないの。私のことは気にしないで飲んで」どうせ離婚の件はすでに櫂も知っているし、あと2ヶ月もすればお腹の膨らみも隠せなくなる。あえて隠し立てする必要もなかった。「に、妊娠……ですか?」櫂は驚きから我に返ると、腑に落ちたように琴葉を見つめた。「それで、碧斗さんとの離婚を1年間公表しないって話……妊娠されたからなんですね?」「察しがいいな」左隣に座る琉馬が、櫂の肩をポンと叩いた。「琴葉がお前に打ち明けたってことは、身内として信用してる証拠だ。外で何を口にしてよくて、何を話しちゃいけないか……分かってるよな?」「ちゃんと分かってますよ」櫂は何度も頷いた。だが、あらためて琴葉に視線を戻すと、手放しで喜んでいいものなのか、それとも……と言葉に詰まってしまった。新しい命を授かるのは何より喜ばしいことだが、彼女はすでに離婚しているのだ。そ
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第59話

車内にいるはずのない碧斗の姿を認め、琴葉は目を丸くした。「どうしてここにいるの?」「お前が茂さんに電話をかけてきた時、ちょうど用務先へ向かう途中だったんだ」バックミラー越しに、茂は平然と嘘をつく碧斗に視線を走らせた。――そんな用事、ありましたっけ?琴葉は慌てて言った。「それなら私、タクシーを呼んで帰るわ。用事の邪魔をしちゃ悪いし」「用ならもう済んだ。俺も帰るところだ」立ち去ろうとする琴葉を見据え、碧斗が低く言った。「乗れ」「分かったわ」琴葉は促されるまま車に乗り込んだ。車が走り出すと、車内には何とも言えない気まずい空気が漂い始めた。琴葉は軽く咳払いをして口を開いた。「車を使ってるなら、茂さんからそう言ってくれればよかったのに。自分でタクシーを呼んだって大した手間じゃないんだから、わざわざ遠回りして迎えに来る必要なんてなかったでしょ」「ちょうど近くで用があっただけだ」「そう」車内は再びしんと静まり返った。しばらくして、碧斗は何気なさを装うように口を開いた。「お前の先輩の弟子と飯を食ってたのか?」「ええ、そうよ」さっきまで櫂がずっと隣に立っていたのだから、車内から見えていたのだろう。「あいつと仲がいいのか?」探るような、どこか意図の読めない問いかけ。「まあね」「ここ数日、朝早くから夜遅くまで出かけていたようだが、何をしていたんだ」琴葉は適当にあしらった。「家に1人でいても退屈だから、友達と遊びに出かけてただけよ」「その風見櫂と、か?」声に混じる冷ややかさを敏感に察知し、琴葉は眉をひそめた。「誰と会おうと、あなたには関係ないでしょ。元夫さん」「元夫」という言葉を突きつけられた瞬間、碧斗のこめかみにピキリと青筋が浮かんだ。彼はぐっと息を飲み込み、押し殺した声で言った。「お前が誰と遊ぼうと、口を挟む筋合いがないのは分かっている。だが琴葉、妊娠している身だということを忘れるな」琴葉は呆れて鼻で笑った。「何よ、妊婦は出歩いちゃいけないって言うの?」「何日家に帰って食事をとっていない?」碧斗は彼女を見つめ返した。その瞳の奥には、放置されて拗ねたような、かすかな恨めしさと寂しさが滲んでいた。「外食が、家で作る栄養管理された食事に敵うとでも思っているのか?」「どうして敵わ
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第60話

どこ吹く風といった様子の琴葉を見つめながら、碧斗は黙ってキウイジュースを一口喉へと流し込んだ。口いっぱいに広がる酸味が、胸の奥の苦い痛みと重なってチクリと刺さる。……中庭の車脇で待機していた潤也は、碧斗が出てくるのを認めるや、足早に歩み寄って後部座席のドアを開けた。「おはようございます、社長」「ああ」碧斗は短く頷き、車に乗り込んだ。車は静かに発進し、郊外へと進路を取る。気のせいだろうか。潤也は、今朝の社長が朝一番からどこかひどく落ち込んでいるように見えて仕方がなかった。彼は軽く咳払いをしてから口を開いた。「社長、ここ数日のスケジュールをご報告してもよろしいでしょうか」「頼む」「現地視察の終了後、企画プレゼン会にご出席いただきます。それが終わり次第……」結城グループのトップとして、碧斗のスケジュールは連日分刻みで埋め尽くされている。この数年はずっとそうして多忙を極めてきたはずだった。だがどういうわけか、ぎっしりと詰め込まれた予定を聞かされているうちに、ふいにやり場のない苛立ちが込み上げてきた。頭の中を占めるのは、琴葉が口にした言葉ばかりだ。「家に1人でいても退屈だから、友達と遊びに出かけてただけよ」「みんな仕事があるのよ。妊婦の遊び相手を毎日してくれるほど暇な人なんていないわ」潤也が真面目にスケジュールを報告している最中、後部座席の碧斗が不意に口を挟んだ。「1週間後の秋の大型連休、そのうちの1日は予定を空けておいてくれ」潤也は呆気にとられ、年中無休で働き詰めの社長を信じられない面持ちで見つめた。聞き間違いかと思ったのだ。「社長が……連休に1日、お休みを取られると?」碧斗はすっと視線を上げた。「社員には連休を出しているんだ。俺が1日くらい休んだって文句はあるまい」「いえ、もちろん休んでいただけますとも!」潤也は瞬時に合点がいった。朝から自宅を出る際の浮かない表情といい、この突然の休暇の申し出といい、十中八九、琴葉さんのことに違いない。「せっかくの連休ですし、社長がお忙しい合間を縫って一緒に過ごす時間を作られたと知れば、琴葉さんもきっとお喜びになりますよ」その言葉に、碧斗の沈んでいた瞳にかすかな光が宿った。ふと、結婚1年目の秋の大型連休の夜が脳裏をかすめた。あの日、深夜まで
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