Alle Kapitel von 離婚後に妊娠発覚、元夫の溺愛同居: Kapitel 91 – Kapitel 100

100 Kapitel

第91話

翌朝。碧斗はダイニングテーブルについて30分も待っていたが、琴葉は一向に朝食に下りてこなかった。彼は腕時計に目をやり、心配になって幸子に声をかけた。「まだ下りてこないが、上で寝ているのか、それとも具合でも悪いのか見てきてくれないか?」幸子は答えた。「琴葉さんは今朝は朝食を召し上がらないそうです」「食べない?」碧斗は一瞬呆気にとられた。「どうしてだ?」幸子が口を開きかけた時、階段の方から物音がした。碧斗が振り向くと、ブルーのワンピースを着て、普段よりも少し大きめのバッグを肩にかけた琴葉が下りてくるところだった。一目で外出すると分かる身なりだ。彼女は歩み寄り、幸子に尋ねた。「鈴木さん、門はもう開けてある?」幸子は頷いた。「30分前に開けてございます」碧斗は不審そうに彼女を見た。「こんな朝早くから、どこへ行くんだ?」琴葉は答えた。「妊婦健診よ」その言葉に碧斗の表情が一変した。彼は弾かれたように立ち上がり、大股で彼女へ歩み寄った。「健診に行くなら、どうして前もって俺に言わなかったんだ?」琴葉は理解できないというように彼を見返した。「どうしてあなたに言う必要があるの?」子供は自分のお腹にいるのであって、彼のお腹にいるわけではない。「俺も一緒に行かなきゃ駄目だろう」「結構よ、来なくていいわ」琴葉は手を振って拒絶した。「毎日ご多忙を極めていらっしゃる結城社長に、私ごときのちっぽけな用事で手を煩わせるなんて滅相もないわ」「これがちっぽけな用事なわけがあるか!それに、俺は父親なんだから、当然……」碧斗が言いかけたところで、琴葉のスマートフォンが鳴った。「あ、帆夏?もう着いた?」琴葉は彼を無視して背を向け、玄関へ靴を履き替えに向かった。碧斗はその後を追いながら、スマートフォンを取り出して潤也にメッセージを送った。帆夏が言った。「私たち、今、家の前に着いたところよ」「『私たち』?」帆夏は答えた。「そうよ、私と琉馬よ」「ちょっと、あなたが付き添ってくれるだけでいいのに、どうして琉馬まで呼んだの?彼、ここ数日忙しかったんじゃないの?」帆夏は言った。「うちの可愛い赤ちゃんの初めての健診なんだから、親代わりになる私たちが付き添うのは当然でしょ」「まあいいけど。予行練習だと思ってついてこさせ
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第92話

碧斗が何か言い返そうとした矢先、彼のスマートフォンが先に鳴り出した。見下ろすと潤也からの着信だった。彼は少し躊躇してから琴葉に言った。「先に電話に出させてくれ」そう言って、数歩ほど離れて電話に出た。潤也が尋ねた。「社長、九時半からの意思決定会議ですが、本当に……お戻りにならないのですか?」これは、碧斗自身がここ数日、重点的に進めるよう再三強調していた案件だ。碧斗は答えた。「午前中は外せない重要な用件がある。会議はお前が進行しろ。俺が前に決めた方向性に従って進め、議事録は後で俺に提出するように……」電話越しに仕事の指示を出している彼を見て、琴葉は呆れて首を振った。――こんなに忙しいくせに、健診に付き添うだなんて。たとえ本当について来られたところで、彼に何ができるっていうの?私が健診を終えても、彼はまだ仕事の電話を終わらせていないかもしれない。「行きましょう」彼女は琉馬と帆夏に声をかけた。琉馬が尋ねた。「彼はどうするんだ?」「放っておいて。彼、お忙しい身だから」琉馬は頷いて運転席に乗り込み、帆夏は後部座席のドアを開けて琴葉を乗せた。彼女が席につき、ドアを閉めた後、帆夏が反対側へ回って乗り込もうと顔を上げると、なんと碧斗がすでにそちら側のドアを開けていた。帆夏は思わずその場に凍り付いた。車に乗り込んできた男を見て、琴葉も驚きのあまり目を丸くした。「どうして乗ってくるの?」碧斗は平然とドアを閉めた。「親代わりが行けるのに、本当の父親である俺が行けない理由があるか?」「お仕事は放り出してもいいわけ?」碧斗は彼女を真っ直ぐに見つめた。「仕事は、お前と子供より重要じゃない」彼の口調があまりにも真剣だったため、琴葉は一瞬言葉を失った。帆夏が助手席に乗り込んだのを確認すると、碧斗は運転席の琉馬に声をかけた。「琉馬さん、出してくれ」琉馬はルームミラー越しに後部座席の男をちらりと見やり、それから琴葉を見てため息をつき、結局エンジンをかけた。乗り込んできた人を追い出すわけにもいかないだろう。それに、彼が子供の本当の父親であることは事実だ。同行を拒否する正当な理由もない。車はスムーズに走り出したが、車内は静まり返り、どこか奇妙な空気が漂っていた。琴葉はぬいぐるみを抱きしめ、車内の顔
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第93話

すべての検査を終え、碧斗に手を引かれて椅子に腰を下ろすやいなや、使いの者が保温ランチボックスを提げて近づき、碧斗に手渡した。碧斗は礼を言って受け取ると、琴葉に向かって言った。「お腹が空いただろう。先に少し何か口に入れなさい」中身は、彼がわざわざ手配した病院近くの星付きホテルのものらしかった。碧斗は温かいボトル缶のミルクを取り出し、キャップをひねって開けると彼女に差し出した。「ありがとう」受け取って一口飲んだ時、視界の隅で、同じように妻の結果を待っているのにずっとうつむいてスマホゲームに没頭している2人の夫の姿が目に入った。琴葉は思わず、自分の隣で甲斐甲斐しく食事の世話を焼いてくれている男に目を向けた。「あなたがここまで責任感がおありだなんて、思いもしなかったわ」元夫として、彼は確かに十分すぎるほどよくやっていた。病院に着いてからというもの、彼が電話に出る姿を一度も見ていない。それどころか、問診や検査項目に対して彼女自身よりも真剣に向き合っていた。碧斗は彼女の皮肉を気にも留めず、ただ彼女を見つめ、優しさと真剣さが入り混じった眼差しで言った。「これからの健診も、毎回俺が付き添うよ」ミルクの缶を握る琴葉の指が、ふいにきゅっと強張った。「碧斗……」「俺を拒絶しないでくれないか」漆黒の瞳の奥に微かな懇願の色を滲ませる彼と目が合い、なぜか琴葉の心はほんの少しだけ絆され、冷たく突き放す言葉を飲み込んでしまった。だが、彼女は一点だけはっきりと釘を刺した。「先に言っておくけれど、たとえあなたが毎回付き添ったとしても、この子の親権は私が持つわ」「もちろんだ」碧斗の瞳に深い笑みが滲んだ。「言っただろう、親権はお前のものだと」その言葉を聞いて気が休まり、琴葉は満足げに眉を上げて、再びミルクを一口飲んだ。「カステラでも食べるか?まだ温かいぞ」碧斗は傍らで彼女の口元へひょいと食べ物を運び始めた。……検査結果が出た後、医師は報告書を見て「すべて正常です」と告げ、さらに妊娠初期に注意すべき事項をいくつか言い含めた。碧斗は傍らで真剣にメモを取っていた。琴葉も真剣に耳を傾け、医師が何か言うたびに大真面目な顔で殊勝に頷いていたが、病院を出た途端、言われた注意を一つたりとも覚えていないことに気がついた。「ああ、録音
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第94話

「でも……美代子さんがお戻りになるのは、半月後のはずじゃなかったの?どうして早まったの?」美代子は半年前、リスクを伴う心臓の大手術を受けた。手術前、彼女は仏安寺へ足を運んで無事を祈願しており、手術が成功した後は、そのお礼参りとして半年間寺で精進の日々を送ると言っていた。計算上、彼女が帰ってくるのはあと半月後になるはずだった。「神仏への祈りで最も大切なのは信心であって、期間の長さじゃないからな」それを聞いて、琴葉は納得したように頷いた。「それもそうね」碧斗は彼女をじっと見つめて言った。「お祖母さんが、明日は本家で一緒に食事をしようと言っている。お前……一緒に来てくれるか?」琴葉の顔色が一瞬、サッと強張った。離婚の件で、彼女が唯一申し訳なく思っている相手が美代子だった。当初、彼女と碧斗の結婚を後押ししてくれたのは他でもない美代子であり、結城家に嫁いだ後も、美代子は琴葉をとても可愛がってくれていた。道理から言えば、美代子が戻られたのだから、顔を出しに行くのが筋だ。だが、今は……彼女は伏し目がちに小声で言った。「私はもうあなたの妻じゃないんだから、あなたと一緒に本家へ行くのは不適切よ」「だが、お祖母さんの目から見れば、お前は今でも俺の妻だ」碧斗は言った。「お前が行かないほうが、よほど不自然だろう」琴葉は眉をひそめ、困惑したように口ごもった。「でも……」「お祖母さんはまだ療養中の身で、医者からは刺激を与えないようにと言われているんだ」碧斗は彼女をちらりと見た。「もし俺たちが離婚したと知れば、ショックで体に障るかもしれない」その言葉に、琴葉の瞳がわずかに揺れた。「俺を助けると思って、頼む。芝居に付き合ってくれるだけでいい。この前の時のように、きちんと報酬も払うから、どうだろうか?」琴葉は首を横に振った。「美代子さんのためなら、報酬なんていらないわ」碧斗の瞳がパッと輝いた。「じゃあ、引き受けてくれるんだな?」琴葉は唇を噛み締め、やがて黙ってこくりと頷いた。碧斗の眉元が、気づかれないほど微かに上がった。「ありがとう」琴葉が尋ねる。「明日の、お昼に行くの?」「ああ」琴葉はてっきり、お昼をご馳走になったらすぐに帰ってくるものだとばかり思っていた。ところが翌日。碧斗は朝食を終えると書斎で仕事を
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第95話

本家へと向かう車中。琴葉の視線は、再び隣の男へと注がれていた。どう見ても、今日の彼は意図的にお洒落をしてきている気がしてならない。「今日、本家に誰かお客様でも呼んでいるの?」彼女は唐突に尋ねた。碧斗は不思議そうに彼女を見た。「誰も呼んでいないが。どうしてそんなことを聞くんだ?」「……ただ聞いてみただけよ」――これまで本家に帰る時だって、彼がこんなふうにわざわざ着飾ることなんて一度もなかったのに。今日は一体どういう風の吹き回しかしら。ふと、彼が「今日は休みだ」と言っていた言葉が頭をよぎり、途端に嫌な予感が胸を突いた。「もしかして私たち、今日は本家で1日中過ごすつもりじゃないわよね?」「ああ」碧斗はかすかに口元を緩めた。「お祖母さんには電話で、今日は俺も休みだから、1日中一緒にいられると伝えてある」琴葉の顔色が一瞬にして変わった。――本家に丸1日だなんて!万が一、偽装夫婦だってボロが出たらどうする気なの?「あなた、どうしてそんな……」「お祖母さんは、お前のことをずっと気に掛けていたんだ。お前が1日付き合ってくれると知って、本当に喜んでいたよ」琴葉が言いかけていた文句は、その一言で見事に封じ込められてしまった。……車は結城家の広大な本家の敷地に滑り込み、2人は車を降りた。碧斗は琴葉のそばに歩み寄り、彼女の手を引こうとしたが、琴葉が身をかわすのを見て、彼女の耳元に身を寄せて低く囁いた。「お祖母さんは昔から勘が鋭いんだ。もっと親密そうに振る舞わないと、すぐにバレてしまうぞ」長年ビジネスの世界で辣腕を振るってきた美代子は、頭の回転も早く、決して誤魔化しが利く相手ではない。琴葉がほんの一瞬ためらったその隙に、彼女の手は碧斗にしっかりと握られていた。碧斗は彼女の細く柔らかい指先を軽く握ると、言った。「行こうか」呆れ半分に息を呑みながらも、琴葉は彼に手を引かれたまま、静かに屋敷へと足を踏み入れた。リビングでは、理恵が1人掛けのソファに居住まいを正して座っていた。長ソファには美代子が腰掛け、その横には陽葵が親しげに寄り添い、スマートフォンを手にして何かを見せている。2人とも楽しそうに笑っていた。陽葵が言った。「すごく面白いでしょう?これ、クラスメイトが撮った動画なの」美代子は笑いながら答
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第96話

陽葵が碧斗に向かってぷっと唇を尖らせてみせた。理恵は、碧斗が琴葉を庇って口出ししたことが不満げに眉をひそめた。「碧斗、あなたは……」「もういいでしょう」美代子が理恵を真っ直ぐに見据えた。「あなたは結城家に嫁いできて何年にもなるのに、私という姑に贈り物を手配してくれたことなど一度もないわ。それなのに、琴葉がたった一回用意しなかったからといって、文句を言うつもりかしら?」思わぬ藪蛇をつついてしまった理恵は、たちまち居心地悪そうに顔を引きつらせた。後ろめたさから声もすっかり弱々しくなってしまう。「お、お義母さん、そういう意味では……」美代子はそれ以上彼女を取り合おうとはせず、自分のポケットから赤いお守りを一つ取り出すと、琴葉の手にそっと握らせた。「受け取って。お寺であなたのためにいただいてきたお守りよ」「ありがとうございます、美代子さん」琴葉は両手でそれを受け取った。陽葵が横からひょいと首を伸ばして覗き込んだ。「あれ?お祖母さん、私にくれたのと、お義姉さんのが違うよ」「あなたのは『厄除け』、琴葉のは『夫婦和合』のお守りだから、違って当然でしょう」美代子はそう言いながら、琴葉のものと全く同じお守りをもう一つ、碧斗に向かって差し出した。「はい、これはあなたよ」陽葵が尋ねる。「夫婦和合のお守りって何?」「夫婦の絆を深め、円満を祈願するものよ」美代子のその言葉を聞いた瞬間、琴葉は手の中にあるお守りをどう扱っていいのか分からず、掌の中でひどく持て余してしまった。対する碧斗は、嬉しそうにそのお守りを自分のポケットに収めた。「ありがとう、お祖母さん」琴葉がお守りを持ったまま固まっているのを見て、美代子はニコニコと笑いかけた。「このお守り、とてもご利益があるのよ」それまで言われては、なおのこと手の中で持て余してしまう。嘘をついて受け取ることの罪悪感に、琴葉はますます居心地の悪さを募らせた。どうやって処分すべきか頭を悩ませる暇もなく、手の中のお守りは大きな手にすっと抜き取られた。「カバンにしまっておいてやる」碧斗は彼女に口を挟む暇も与えず、そのままお守りを彼女のバッグの内ポケットへと滑り込ませた。その時、1人の使用人が歩み寄ってきた。「大奥様、お客様がお見えです」美代子は怪訝そうに眉を寄せた。「私が戻ってき
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第97話

美代子は客あしらいの礼儀こそ重んじていたが、一度口にしたことは絶対に曲げない人でもあった。お茶を一杯飲んでから帰るようにと言った以上、本当に一杯分の時間しか与えるつもりはなかったのだ。雪乃がお茶を飲み干すのを見計らったかのように、美代子が口を開いた。「雪乃さんのお気持ちは、しっかりと受け取ったわ」そう告げると、美代子はふっと表情を改め、言葉を継いだ。「もうすぐお昼の時間ね。今日は琴葉がわざわざ、私と食事をするために帰ってきてくれたの。だから雪乃さん、これ以上のお引き留めはしないわね」それは単なる暗黙の帰れという合図であるだけでなく、誰の目にも明らかなほど、露骨に琴葉の顔を立ててみせた言葉だった。その真意は琴葉はもちろんのこと、雪乃にも痛いほどはっきりと伝わっていた。雪乃はすがるような目で理恵を見た。だが、今の理恵が美代子の意向に逆らえるはずもなく、早く帰るようにと目配せで促すのが精一杯だった。雪乃がちらりと碧斗に視線を向けると、その横顔は美代子よりもさらに冷え切っていた。もはや黙って立ち上がるしかない。「……はい。それでは、また改めてお伺いいたしますわ」言い残し、彼女は逃げるように足早に結城家を後にした。リビングは水を打ったような静けさに包まれた。「誰か」ふいに美代子が声をかけた。すぐさま執事が進み出る。「大奥様、何かお申し付けでしょうか」「あの手土産を外へ持って行って、彼女にお返しなさい。結城家には不要なものよ」「かしこまりました」執事は雪乃がテーブルに置いていった品々を手に取ると、身を翻して追いかけていった。屋敷内は再び静寂を取り戻した。「琴葉」美代子は琴葉を振り返り、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。「あなたは陽葵とここで少しゆっくりしていなさい、いいわね?」何が始まるのかわからなかったが、琴葉は慌てて頷いた。「はい、美代子さん」続いて、美代子は理恵と碧斗に鋭い視線を向けた。「あなたたち2人は、私についてきなさい」言い捨てるなり立ち上がり、自身の書斎へと向かっていった。碧斗の祖父や父親が他界して以来、結城家を当主として女手一つで支え続けてきたのは美代子だった。今はすでに当主の座を退いているとはいえ、一族の長としての絶対的な威厳はいささかも衰えていない。彼女の言葉は、この結
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第98話

やはり、かつて帝都の財界にその名を轟かせた「アイアンウーマン」の異名は伊達ではない。美代子が放つこの圧倒的な気迫には、琴葉もどこか見覚えがあった。少し考えてハッと気づく。碧斗の纏うあの冷徹な佇まいの中に、美代子の影が色濃く重なっていたのだ。「浅はかにもほどがあるわ」美代子は理恵を見据えた。その眼差しには、ふがいなさを責めるような色が浮かんでいる。理恵の浅知恵など、美代子から見れば取るに足らないものだった。問い詰めるまでもなく、雪乃を屋敷に呼び寄せたのが理恵であることなど、とうにお見通しだった。「周防家が、かつて我が家と縁続きになる話があったと分かっていながら、あの娘を屋敷に引き入れて何を企んでいたの?琴葉の顔に泥を塗るつもり?誰が身内で、誰がよそ者か、その区別もつかないのかしら?」美代子のその言葉を聞いて、琴葉の胸は小さく震え、目頭がじわりと熱くなった。美代子がここまで自分のために怒ってくれるとは思いもしなかったからだ。以前、実家で虐げられていた頃、こんなふうに自分を庇ってくれる人など1人もいなかった。叱責を浴びた理恵はすっかり首をすくめ、これ以上ないほど深くうつむいている。琴葉の前で見せるような、あのふんぞり返った態度は微塵もなかった。「お義母さん、そういうわけでは……」理恵は消え入りそうな声で弁明した。「私はただ、うちの碧斗の身分や条件を考えれば、もっと相応しい妻を迎えるべきだと思っただけです。それに雪乃は、以前こちらから見込んだお相手でしたし……」「碧斗は今、独り身とでも言うの?」美代子の声が一段と低く沈んだ。「相手を探すですって?碧斗に重婚罪を犯させようというの、それとも妻を捨てて別の女を娶らせようとでも?そもそも結城家には、妻を捨てるような破廉恥な真似をする人間など1人もいない。それに百歩譲って、仮に琴葉がいなかったとしても、あの雪乃が結城家の敷居を跨ぐことなど二度とあり得ないわ」これには理恵も腑に落ちないらしく、戸惑ったように美代子を見上げた。「ですがお義母さん、周防家は以前、ご自身でお選びになったお相手では?」「確かに、数ある名家の中から周防家へ機会を与えたのは私よ。けれど、先に恩義を裏切ったのはあちらのほうでしょう」美代子は吐き捨てるように言った。「周防家が何ほどのものだというの?あの娘
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第99話

碧斗は顔を上げ、美代子を見つめ返した。「何の話だ?」「仕事のことなら、私に心配をかけたことなど一度もないでしょう」美代子は彼をじっと見据えた。「私が言っているのはもちろん、あなたの夫婦仲のことよ」すべてを見透かすような眼差しに射すくめられ、碧斗は少しバツの悪そうに視線を逸らした。「話す気はないと?」「お祖母さん、俺のことは俺自身で何とかする」「本当にそう言い切れるの?」「ああ」「まあいいわ。理恵にはきつく釘を刺しておいたから、もう雪乃を担ぎ出してあなたに余計な厄介事を持ち込むこともないでしょうしね」美代子はそれ以上問い詰めることはせず、立ち上がって部屋を出ようとした。だが、碧斗の横を通り過ぎるすれ違いざま、彼の身なりを一瞥した。「悪くないわ。奇策に打って出るのも手というわけね」彼女は感心したように碧斗の肩をぽんと叩き、面白がるようにからかった。「そのイケメン作戦、案外、琴葉には効果てきめんかもしれないわよ」その言葉に、碧斗の顔はたちまち朱に染まった。一方、リビングでは。2階から降りてきてからずっと、ソファに座って上の空で黙り込んでいる琴葉を見て、陽葵が隣にすり寄り、慰めるように声をかけた。「お義姉さん、あんまり思い詰めないで。お祖母さんが味方についてくれてるんだから、結城家でお義姉さんの居場所を脅かせる人なんて絶対にいないよ。お兄さんだって言ってたじゃない、『ずっと俺の妻だ』って。だから安心してて。雪乃が結城家の敷居を跨ぐことなんて、金輪際ありえないんだから」そもそも、今日の兄の態度を見ても、雪乃に未練があるようには到底見えなかった。もし少しでも気があったら、あんなにも惨めに追い返すような真似をするはずがない。雪乃が結城家に嫁ぐかどうかなど、琴葉の知るよしもない。唯一確かなのは、今の自分はもう結城家の人間ではないということだけだ。結城家の内情など、もはや彼女には何の関係もないことだった。それでも琴葉は、必死に励ましてくれる陽葵に向けて小さく微笑みを返した。「ええ、わかっているわ。ちょっとお手洗いに行ってくるわね」そう言って、琴葉は席を立ち、トイレへと向かった。用を済ませてドアを開けると、目の前に碧斗が立っていた。琴葉は一瞬足を止めたが、彼もトイレに来たのだろうと思い直
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第100話

美代子は車海老の変わり揚げが盛られた小鉢を自ら手に取ると、琴葉の目の前にそっと置いてやった。琴葉はそれに気づくと、礼儀正しくお礼を口にした。「ありがとうございます、美代子さん」今の彼女は、油っこいものを体がまったく受け付けない。だが、目上の方から自ら差し出された料理に手をつけないのは失礼にあたる。琴葉は食卓を囲む一同の視線を受けながら、椀の海老を箸で挟み、そっと一口かじった。途端に、揚げ油の重たい匂いと、甘辛く濃厚な特製だれの風味が、むわっと口いっぱいに広がった。「どう、お義姉さん?美味しい?それ、私が最近すっごく気に入ってるお料理なんだよね!」陽葵は、美味しいものを勧めたくてうずうずしているといった様子で目を輝かせている。琴葉は無理やり喉の奥へ飲み込んだ。途端に胃の底から激しい吐き気が込み上げてきたが、何人もの目に見つめられている手前、顔に出すわけにはいかない。不快感を必死に抑え込み、陽葵に向かって作り笑いを浮かべた。「ええ、美味しいわ」その時、碧斗がさっぱりとした酢蓮の小鉢を彼女の手元へ寄せ、何食わぬ顔で琴葉の皿に残っていた海老を自分の皿へと引き取った。琴葉の吐き気は、いよいよ限界に達しようとしていた。口を開けばそのまま吐いてしまいそうで、じっと唇を噛み締め、声を発することもできない。碧斗は彼女の異変にいち早く気づき、すぐさま箸を置くと、彼女の体を支えながら声を潜めた。「まだ腹が減ってないなら、後で食べるか?」それを聞き、美代子が2人の様子を見た。眉をひそめて必死に耐えている琴葉の顔を見て、初めはきょとんとしていたが、すぐにハッとして目を輝かせた。だが、美代子が口を開くより早く、理恵が不満げに咎めた。「席についたばかりでもう食べないなんて、行儀がなっていないんじゃなくて?」理恵は、先ほどの雪乃の件で、琴葉がわざと機嫌を損ねたふりをして当てつけがましく振る舞っているのだと思い込んでいた。「うっ……」琴葉はついに耐えきれなくなり、慌てて口を覆うと、立ち上がってトイレへと駆け込んだ。碧斗は顔をこわばらせ、すぐさま席を立ってその後を追った。理恵は駆け出していった琴葉の背中を指さした。「お義母さん、あの子をご覧になりましたか!一体あれは何様のつもりでしょう。お義母さんの前でまであんな風に癇癪を起こすな
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