All Chapters of じじばばにゃんこと異世界奇譚: Chapter 111 - Chapter 120

182 Chapters

黒い侵食者…

 黒い腕が亀裂から飛び出した。 空気が軋む。 神殿の床を削りながら、その異形はゆっくり姿を現した。 巨大だった。 腕だけではない。 黒い泥みたいな肉塊が亀裂奥から溢れ続けている。 骨格が定まっていない。 獣みたいでもあり。 人型にも見える。 だが。 見ているだけで嫌悪感が込み上げる。 ユキが息を呑んだ。「なに……あれ……」 老人の幻影が低く呟く。『閉じる者の残滓』『侵食獣だ』 侵食獣の腕が地面を叩いた。ゴ ァ ァ ァ ァ ッ !!!!! 神殿が震える。 砕けた床石が吹き飛ぶ。 フィルニアが即座に前へ飛び出した。「下がれ!!」 紅い炎が竜角から噴き上がる。 同時に。 侵食獣が腕を振り抜いた。 黒い瘴気が一直線に走る。 フィルニアが跳ぶ。 後方の石柱が触れただけで崩壊した。「うわっ!?」 タマが目を剥く。「なんだ今の!?」「触れるな!!」 シェルファが叫ぶ。「魔力そのものを侵食しています!!」 その頃。 トシオの右手紋章が蒼く脈動していた。 ブゥゥン…… 天裂海牙が低く唸る。 老人が視線を向ける。『始まりの海槍が敵を認識している』 侵食獣が咆哮した。グ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!! 黒い衝撃波。 神殿全体へ広がる。 ユキが吹き飛びかけた。「きゃっ……!」 ミーコが抱き寄せる。「ユキ!!」 直後。 ミツコの額紋が淡く光った。 ふわり。 柔らかな光が広がる。 衝撃波が弱まった。 老人が目を細める。『命紡ぎ……』 ミツコ自身も驚いていた。「えぇ……?」 だが。 侵食獣は止まらない。 黒い腕が何本も伸びる。 神殿中を薙ぎ払った。 フィルニアが炎を纏って突撃する。「邪魔だぁぁぁ!!」ド ゴ ォ ォ ォ ッ !!!!! 竜炎拳。 侵食獣の腕が弾け飛ぶ。 だが。 黒泥がすぐ再生する。「硬っっっ!?」 フィルニアが距離を取る。 グランヴェルも動いた。 巨大戦斧。 振り下ろし。ガ ァ ァ ァ ン !!!!! 神殿が揺れる。 侵食獣の半身が潰れた。 だが。 また戻る。「厄介だな……!」 アークが舌打ちする。 老人が低く言う。『核を穿て』『さもなくば無限に再生する』「核ぅ!?」 タマが周囲を見る。「どこだよ!?」 
last updateLast Updated : 2026-09-22
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深層封印区画…

 ゴ ゴ ゴ ゴ…… 重い音を響かせながら、深層封印区画への扉が開いていく。 神殿内へ蒼い光が流れ込んだ。 空気が違う。 さっきまでの封書庫とは別世界みたいだった。 冷たくない。 むしろ少し温かい。 ミツコが目を細める。「……ほんまに、うちの台所みたい」 トシオも鼻を鳴らした。「潮の匂いもするのぉ」 フィルニアが首を傾げる。「遺跡なのに?」 老人の幻影がゆっくり頷いた。『始まりの民は、旅の途中で必ず火を絶やさなかった』『火は命を繋ぐ』『食卓は種族を繋ぐ』『だから深層区画は、“暮らす事”を前提に作られていた』 アークが周囲を見回す。「遺跡っていうより、拠点だな……」 その通りだった。 奥へ続く通路は、今までの石造りとは少し違う。 壁面には柔らかな曲線が多い。 無機質な遺跡というより、 “人が暮らす事”を前提に作られた空間だった。 さらに。 天井には淡く光る結晶灯。 青白い灯りが静かに揺れていた。 ミーコが小さく呟く。「……落ち着く」 ユキも頷いた。「なんか怖くないね」 老人が静かに目を閉じる。『本来、ここは安らぎの場所だった』『侵食が届くまでは』 その言葉で空気が少し沈む。 だが。 ミツコは普通だった。「じゃあ掃除せなねぇ」「掃除?」 フィルニアが聞き返す。 ミツコは当然みたいに頷く。「汚れとるんやもの」 全員が周囲を見る。 確かに。 黒い侵食痕が所々残っていた。 ミーコが苦笑する。「ばーちゃん、それ遺跡相手に言う事?」「お家は綺麗な方がええよぉ?」 その返答に。 老人が少し目を細めた。『昔を見ているようだ』「ん?」『侵食で荒れた拠点へ着く度』『まず掃除を始めていた女がいた』 トシオが吹き出した。「やりそうじゃのぉ」「だって気になるやない」 その会話に。 張り詰めていた空気が少し和らぐ。 やがて一行は深層区画へ足を踏み入れた。 奥は広かった。 ただの書庫ではない。 食堂。 休憩所。 調理場。 寝台。 旅人達が長く滞在できる構造になっている。 しかも。 保存状態が異様に良い。 シェルファが壁へ触れる。「結界保全……?」「これ、数千年単位で維持されてます」 フィルニアが棚を開ける。「うわっ」 食器だった。 しかも綺麗。
last updateLast Updated : 2026-09-22
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最後の食卓…

 深層封印区画の奥。 さらに先へ続く通路は、今までより狭かった。 青白い結晶灯が等間隔に並んでいる。 静かだった。 侵食獣が暴れた直後とは思えないほど。 足音だけが響く。 コツ……コツ…… フィルニアが辺りを見回す。「妙に綺麗だな」 壁にも床にも傷が少ない。 崩落もない。 まるで。 誰かが今でも管理しているみたいだった。 シェルファが小さく首を傾げる。「結界密度が違います」「ここだけ保存状態が異常です」 老人の幻影が前を見たまま答える。『最奥封印区画は特別だ』『始まりの民が最後まで守ろうとした場所だからな』 空気が少し重くなる。 ミーコが通路奥を見る。「……最後まで?」 老人は答えなかった。 その沈黙だけで十分だった。 やがて。 一行は巨大扉の前へ辿り着く。 今までで一番大きい。 蒼銀色の扉。 表面には七種族の紋章。 中央には。 二つの手形。 右手。 左手。 トシオの右手紋章が淡く光る。 同時に。 ミツコの額紋も優しく発光した。 ブゥゥン…… 扉全体へ光が走る。 ユキが目を丸くする。「反応してる……!」 老人が静かに頷いた。『資格を認めたのだ』 トシオは扉を見る。「触ればええんかの?」『ああ』 トシオが右手を置く。 ミツコも左手を添えた。 瞬間。ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!! 蒼い光柱が扉全体を包み込む。 神殿が低く唸った。 古い封印が解かれていく。 重い音。 ゴ ゴ ゴ ゴ…… 扉が開く。 その奥を見た瞬間。 全員が息を呑んだ。「……え」 フィルニアが固まる。 そこは。 街だった。 正確には。 街を模した空間。 巨大な地下空洞。 その中へ、小さな集落みたいな景色が広がっていた。 家。 井戸。 畑。 食堂。 暖炉。 全て石造りだが、温かみがある。 しかも。 中央広場には巨大な鍋まであった。 タマが呆然とする。「遺跡……だよな?」 老人が静かに言う。『始まりの民の避難拠点』『最後の食卓だ』 静かな空気が流れる。 一行はゆっくり中へ入っていく。 不思議だった。 滅びた場所のはずなのに。 どこか温かい。 今にも誰かが出てきそうだった。 ミツコが小さく呟く。「……ちゃんと暮らしてたんやねぇ」『あ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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巨人達の封鎖古道…

 深層封印区画を出た翌日。 一行はグランディル山岳王国内、北部山域を進んでいた。 空気は冷たい。 吐く息が白い。 だが。 空は澄んでいた。 巨大山脈の合間を風が吹き抜けていく。 フィルニアが肩を回した。「寒っ……」 タマは荷車の上で丸くなっている。「朝つら……」 ミーコが呆れる。「猫かアンタは」「元猫だよ!!」「威張るな」 その頃。 トシオは地図を見ていた。 普通の地図ではない。 始まりの民の古地図。 魔力を流すと、旅してきた道筋が淡く光る。 そして。 今。 地図北部に新しい光が浮かんでいた。 シェルファが覗き込む。「そこですか?」 トシオが頷く。「この辺りじゃの」 フィルニアが地図を見る。「何があるんだ?」 老人の幻影が静かに答えた。『封鎖古道』『始まりの民と巨人族が築いた山岳路だ』 アークが眉を寄せる。「そんな場所、グランディル側の地図には無かったぞ」『意図的に消された』 短い返答。『閉じる者との戦争後、侵食地帯として封印されたからだ』 空気が少し重くなる。 ユキが小さく聞いた。「危ない場所なの?」『ああ』『だが、お前達は行かなければならない』 トシオの右手紋章が淡く光った。 ブゥゥン…… 天裂海牙が反応している。 ミツコが少し心配そうに見る。「大丈夫ぅ?」「なんとも言えんのぉ」 胸の奥がざわつく。 呼ばれているみたいだった。 その時。 前方の崖間を抜けた瞬間だった。 フィルニアが足を止める。「うわ……」 全員が顔を上げる。 巨大だった。 山肌そのものへ刻まれた古代通路。 幅が異常に広い。 普通の街道ではない。 巨人族が並んで歩ける規模だった。 しかも。 崩れていない。 長い年月を経ているはずなのに、今でも通れそうなほど原型を保っていた。 ミーコが呟く。「これ全部、手作業……?」 老人が静かに頷く。『巨人族と始まりの民が共に築いた道だ』『種族を繋ぐための山岳路』 フィルニアが口笛を吹く。「スケールおかしいなぁ……」 タマも見上げる。「壁みたいだ」 だが。 ユキだけは別のものを見ていた。「あ……」 古道入口。 巨大石柱。 そこへ古い文字が刻まれている。 シェルファが読み上げた。「“争う者も、飢える者も、ここ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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山守の巨人…

 侵食された巨人が古道を踏み鳴らす。ゴ ォ ン !!!!! 石橋が軋んだ。 巨体。 黒い侵食痕。 片目は赤黒く濁り、呼吸する度に霧が漏れている。 だが。 完全な化け物には見えなかった。 苦しそうだった。 ユキが小さく呟く。「……痛そう」 老人の幻影が低く答える。『侵食に耐えているのだ』 巨人が再び足を踏み出す。 古道全体が震える。 フィルニアが炎を纏った。「止めるぞ!!」 だが。 トシオが片手を上げた。「待て」 フィルニアが振り返る。「は?」 トシオは巨人から目を離さない。「まだ襲ってきとらん」 その言葉通りだった。 侵食巨人は武器を持っていない。 ただ。 苦しそうにこちらを見ていた。 胸元の紋章が淡く点滅している。 ブゥ……ブゥ…… トシオの右手紋章も呼応していた。 老人が目を細める。『……山守か』 シェルファが聞き返す。「山守?」『始まりの民と共に古道を守った巨人族だ』 その時だった。 侵食巨人が突然頭を抱えた。グ ゥ ゥ ゥ ゥ ッ…… 苦しそうな唸り声。 黒霧が噴き出す。 古道石壁へ触れた部分が侵食され始めた。 ミーコが顔を険しくする。「まずい……!」 直後。 侵食巨人の片目が完全に赤黒く染まる。 空気が変わった。 アークが剣を構える。「来るぞ」 巨人が咆哮した。ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!! 衝撃波。 風圧だけで岩片が吹き飛ぶ。 フィルニアが即座に跳んだ。「うおっ!?」 巨人の拳が古道へ叩き付けられる。ド ォ ォ ォ ォ ン !!!!! 石橋が大きく揺れた。 タマが叫ぶ。「崩れる崩れる!!」 さらに。 侵食霧が広がる。 触れた石壁が黒く染まり始めた。 シェルファが声を張る。「侵食濃度が高いです!!」 フィルニアが炎を纏って突撃する。「止まれぇぇぇ!!」ド ゴ ォ ォ ォ ッ !!!!! 竜炎拳。 侵食巨人の腕へ直撃する。 だが。 巨体は止まらない。 逆に。 黒霧がフィルニアへ絡み付こうとした。「っ!?」 刹那。 トシオが割り込む。 右手紋章が蒼く発光した。 ブゥゥン…… 天裂海牙が空間から現れる。ゴ ォ ォ ォ ッ !!!!! 蒼い一閃。 侵食霧が吹き飛んだ。 フィルニアが後退する。
last updateLast Updated : 2026-09-22
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巨人王の炉火…

 蒼い閃光が古道を貫いた後。 山岳地帯には静寂だけが残っていた。 侵食巨人の身体は崩れていない。 黒い侵食核だけが、胸元から綺麗に消えていた。 巨体がゆっくり膝をつく。ズ ズ ゥ ゥ ゥ ン…… 古道が低く震えた。 ユキが小さく息を呑む。「……助かった?」 老人の幻影が静かに頷く。『核だけを穿った』 トシオは槍を下ろした。「槍が教えてくれた気がしたんじゃ」 だが。 侵食巨人の目から赤黒い色は消えていた。 代わりに。 深い灰色の瞳がゆっくり開く。 理性が戻っている。 巨人はトシオ達を見る。 そして。 深く頭を下げた。 巨大だった。 まるで山そのものが頭を垂れているみたいだった。 ミーコが呟く。「お礼……言ってる?」『ああ』 老人が静かに答える。『山守ガルヴァンだ』 巨人の口がゆっくり動く。『……感謝する』 低い声。 だが穏やかだった。 フィルニアが腕を組む。「普通に喋れるんだな」『侵食で長く意識を失っていた』『完全に呑まれる前に……止めてもらえた』 ガルヴァンは胸元を見る。 始まりの民の紋章。 そこには蒼い光が残っていた。 トシオの海槍の力だ。 ガルヴァンが目を細める。『……始まりの海槍』 その呼び方に。 天裂海牙が微かに共鳴した。 ブゥゥン…… 老人が静かに頷く。『山守は代々、始まりの民と共に戦った』『だから海槍を知っている』 ガルヴァンはゆっくり立ち上がる。 巨体。 だが先程までの禍々しさは消えていた。『礼をしなければならぬ』 タマが首を傾げる。「礼?」『巨人王の炉火へ案内しよう』 空気が少し変わる。 シェルファが反応した。「炉火……?」 老人の幻影も僅かに目を見開く。『まだ残っていたのか』 ガルヴァンが頷く。『山守達が命を賭して守り続けた』 トシオが聞き返す。「なんなんじゃ?」 ガルヴァンは古道奥を見た。『グランディル最古の火だ』 一行はさらに山奥へ進んでいた。 普通の街道ではない。 巨人族専用の山道。 道幅そのものが巨大だった。 左右の崖には古い灯火台が並んでいる。 しかも。 全部まだ使える。 ガルヴァンが通る度、淡く火が灯っていった。 フィルニアが感心する。「なんか神殿みたいだな」『炉火は巨人族の魂だからな
last updateLast Updated : 2026-09-22
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炉火の鍛治街…

 巨人王の炉火を後にした翌朝。 再び訪れたグランディル山岳王国北部―― 山腹都市《バルグ鋼路街》は、以前より遥かに騒がしかった。カ ン !ガ ギ ィ ン!!ギ ィ ィ ィ ン!!! 山そのものが唸っているみたいだった。 巨大煙突から黒煙が吹き上がる。 溶鉱炉は昼みたいに赤く。 火花が絶え間なく宙を走る。 しかも。 いたるところで巨人族とドワーフの職人隊が作業をしていた。 巨大鎚を振るう者。 鉱石を運ぶ者。 魔導炉を調整する者。 以前来た時より、明らかに慌ただしい。 ミーコが眉を寄せる。「前より人増えてない?」 近くを歩いていた巨人族職人が振り返る。「侵食被害だ」「武器も壁も足りねぇ」 ユキが小さく呟く。「……酷くなってるんだ」 フィルニアは周囲を見回した。「でも止まってないな」「止まったら終わりだからな」 ドワーフ職人が即答する。 タマが感心したように笑う。「なんかみんな強ぇなぁ」 ガルヴァンが低く言った。『炉火は誇りだ』『火を絶やす事を最も嫌う』 その時だった。 一人のドワーフ職人がフィルニアを見る。「お?」 赤角。 竜人族。 しかも王族装束。 周囲の視線まで集まり始める。「竜人族か?」「随分派手なの連れてんな」 フィルニアがニヤッと笑う。「喧嘩なら買うぞ?」「やめなさい」 ミーコが肩を小突いた。 フィルニアが笑う。「冗談だって」「アンタの場合冗談に聞こえないのよ」 その頃。 トシオは巨大搬送車を見ていた。 鉄骨が山みたいに積まれている。「これ全部運ぶんかぁ」 近くの巨人族職人が笑う。「毎日だ」「大変じゃのぉ」「慣れだ慣れ」 そんな会話をしていた時だった。 ガルヴァンが一歩前へ出る。『山守ガルヴァンの名において告げる』 低い声が鍛冶街へ響く。 職人達の手が止まった。『この者達は炉火に認められし客人だ』 ざわめきが広がる。「炉火……?」「始まりの炉火か?」「まさか」 その瞬間だった。ブ ゥ ゥ ゥ ン…… 鍛冶街の炉火が一斉に揺れた。 溶鉱炉。 工房火。 灯火台。 全ての炎が蒼く明滅する。 職人達の顔色が変わった。「なんだ!?」「炉火が反応してる!?」「こんなの初めてだぞ!」 同時に。 トシオの右手甲へ浮かぶ紋
last updateLast Updated : 2026-09-22
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黒煙航路…

ゴ ォ ォ ォ ン……ゴ ォ ォ ォ ン…… 重い警鐘が鍛冶街へ響き続けていた。 さっきまで肉の匂いに騒いでいたドワーフ達の顔つきが、一瞬で変わる。 笑い声が消えた。 空気が張り詰める。 バルドが立ち上がった。「北鉱路か」 近くの職人が駆け込んでくる。「侵食体です!」「採掘区画がやられた!」 ガルヴァンが低く唸る。『黒煙鉱路……』 ミーコが聞き返す。「知ってるの?」『元は古代鉱脈だ』『だが今は侵食霧が湧く』 フィルニアが竜槍を肩へ担いだ。「行くぞ」 即答だった。 バルドが睨む。「待て小娘」「なんだよ」「お前ら土地勘ねぇだろ」「突っ込んだら死ぬぞ」 タマがむっとする。「そんなヤバいのか?」 返事をしたのは、近くのドワーフだった。「霧が変なんだよ」「方向感覚狂う」「音もズレる」 ユキが小さく身を縮める。「……嫌な感じ」 その時。 トシオが北側を見る。 山の中腹。 黒煙がゆっくり広がっていた。 ただの煙じゃない。 何か生きているみたいに蠢いている。 ミツコが静かに言った。「……空気が重いねぇ」 バルドは巨大ハンマーを担ぐ。ゴ ゥ ン……「案内してやる」 フィルニアがニヤッと笑う。「お、頼りになるじゃん」「何百年住んでると思ってやがる」 数十分後。 一行は北鉱路へ向かっていた。 鍛冶街の喧騒は、徐々に遠ざかっていく。 代わりに聞こえてくるのは、カン……カン…… 遠い採掘音。 そして。 不気味な風音だった。 山道には巨大レールが敷かれている。 鉱石搬送用だろう。 だが。 途中から様子が変わった。 黒い煤。 崩れた坑道。 折れた支柱。 まるで何かが暴れ回った後みたいだった。 ユキが足を止める。「……これ」 壁を見つめていた。 黒い染み。 いや。 蠢いている。 ミーコの目が鋭くなる。「侵食……」 その瞬間。グ ジュ…… 壁の黒染みが膨れ上がった。 タマが即座に前へ出る。「来るぞ!!」ド バ ァ ッ!! 壁から滓腕が飛び出した。 だが。 直後。ド ゴ ォ ッ!!! トシオの拳が炸裂していた。 滓腕が壁ごと吹き飛ぶ。 粉塵が舞った。 フィルニアが笑う。「相変わらず拳かよ!」「殴れるなら殴る」 シンプルだった。
last updateLast Updated : 2026-09-22
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鉄骸巨兵の咆哮…

グ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!!! 鉄骸巨兵の絶叫が黒煙鉱路を激しく震わせた。 坑道天井から大量の砕石が降り注ぐ。 崩れたレールが跳ねる。 黒霧が暴風みたいに渦を巻き、視界を掻き乱していた。 内部へ取り込まれていたドワーフが苦しそうに叫ぶ。「が……ぁぁ……!!」 ユキの顔色が変わる。「まだ生きてる!!」 鉄骸巨兵の胸部。 侵食核の奥。 黒い根へ絡み取られたドワーフが、必死に意識を繋いでいた。 ミツコが一歩前へ出る。「助けなきゃ……!」 だが。ゴ ォ ォ ン!!!! 巨大削岩杭が振り下ろされた。 坑道床が爆砕する。 フィルニアが叫ぶ。「散れぇ!!」 全員が飛ぶ。 岩片が暴風みたいに吹き荒れた。 タマが双剣を抜く。ギ ン ッ!! 白銀の刃が黒霧を裂いた。「クソッ、デカすぎんだろ!!」 鉄骸巨兵は止まらない。 侵食滓が全身を蠢き、破損箇所を次々と修復していく。 ミーコが叫ぶ。『核を直接壊したら駄目!!』『中の人まで消える!!』 ……。 次の瞬間。 フィルニアが歯を剥いた。「じゃあ剥がしゃいい!!」ゴ ォ ッ!! 竜槍へ赤炎が奔る。 フィルニアが正面から飛び込んだ。「ぶち抜けぇぇぇぇッ!!!」ド ガ ァ ァ ァ ン!!!!! 炎槍が鉄骸巨兵の胸装甲へ直撃する。 装甲が砕ける。 だが。グ ジュ ジュ…… 侵食滓が即座に再生を始めた。 タマが壁を蹴る。 一気に加速。 白銀双剣が高速で閃いた。ザ ザ ザ ザ ァ ッ!!! 侵食根を切断していく。 しかし。 黒泥が再結合を始める。「再生早ぇ!!」 その時だった。 鉄骸巨兵の胸部が大きく開く。 内部。 赤黒い熱光。 ミーコの瞳が見開かれた。『まず――』ド ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!!! 超高熱の黒炎が坑道を呑み込んだ。 灼熱。 侵食。 破壊。 岩壁が溶ける。 鋼鉄レールが蒸発する。 熱風だけで肌が裂けそうだった。 フィルニアが叫ぶ。「避け――」 だが。 トシオだけが前へ出ていた。 真正面。 黒炎の濁流を見据える。 その瞬間。 右手の甲が熱を帯びた。ジ ……… 始まりの紋章。 淡い蒼光が浮かび上がる。 同時に。 坑道へ異質な音が響いた。ゴ ォ ォ ォ …… 海鳴り
last updateLast Updated : 2026-09-22
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境喰…

ズ ズ ズ ズ ズ…… 黒霧の奥で、“それ”が動いた。 坑道全体が軋む。 崩落しかけた支柱が悲鳴を上げ、天井から砂塵が降り続けていた。 赤い双眸。 巨大な顎。 黒い外殻。 異様だった。 まるで世界そのものへ傷を付けるために生まれた存在みたいだった。 ミーコの喉が引きつる。『……境喰』 フィルニアが眉をひそめる。「知ってんのか?」 ミーコは黒霧の奥を睨んだまま答えた。『“閉じる者”側の災厄』『境界そのものを侵し、世界の裂け目を広げる怪物……』 タマが顔をしかめる。「世界の裂け目ってなんだよ」『本来、世界同士は簡単に交わらない』『でも侵食で境界が傷付くと、“向こう側”が流れ込む』『コイツはそれを喰い広げる』 ユキが小さく震えた。「……気持ち悪い」 その瞬間。 境喰の巨大な顎がゆっくり開いた。 内部で赤黒い光が脈打つ。 直後。グ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!! 黒濁流が噴き出した。 侵食奔流。 岩壁へ触れた瞬間、鉱石が腐るみたいに崩れていく。 フィルニアが叫ぶ。「危ないっ!!」 全員が飛んだ。 侵食流が床を削り取り、巨大な溝を生む。 バルドが境喰を睨みつけた。「ふざけた化け物だ……」 その時だった。グ ギ ギ ギ…… 倒れかけていた鉄骸巨兵が再び痙攣した。 侵食残滓。 境喰が吐き出した黒霧が、残骸へ流れ込んでいる。 ミーコの顔色が変わる。『侵食を再活性化させてる!!』 鉄骸巨兵の胸部が赤熱する。 既に核は砕けている。 だが。 残留侵食だけで無理矢理動かしていた。 フィルニアが舌打ちする。「死に損ないまで使うのかよ!」 タマが双剣を構え直した。「気分悪ぃな……!」 境喰が再び口を開く。 今度はトシオを見ていた。 いや。 右手。 天裂海牙を見ている。 赤眼が不気味に揺れる。『繋グ者』 低い声。 頭の中へ直接流れ込んでくる。『始マリノ海槍』『門ヲ開ク鍵』 トシオが眉をひそめた。「さっきから何言ってやがる」 その瞬間。グ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!! 境喰が突進した。 巨体。 なのに異様に速い。 坑道壁を砕きながら一直線に迫る。 トシオが前へ出る。 天裂海牙を構えた瞬間、槍身から蒼い粒子が吹き上がった。ゴ ォ ォ ォ …… 深海
last updateLast Updated : 2026-09-22
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