All Chapters of じじばばにゃんこと異世界奇譚: Chapter 121 - Chapter 130

182 Chapters

鍛治街の朝…

 カン…… カン…… カン…… 鍛冶音が朝の街へ静かに響いていた。 昨日まで黒煙鉱路を覆っていた侵食霧は消えている。 崩落した坑道では、朝早くからドワーフ達が復旧作業を始めていた。 折れた支柱。 砕けた搬送車。 歪んだレール。 被害は大きい。 だが。 街の空気に絶望は無かった。「持ち上げろぉ!!」「そっち傾いてんぞ!」「酒樽どこやった!!」「朝から飲むな!!」 うるさい。 実にドワーフだった。 宿の窓から外を眺めていたミツコが、柔らかく笑う。「みんな元気だねぇ」 ユキはまだ少し眠そうだった。「……ねむい」 その横では、タマが机へ突っ伏している。「腕いてぇ……」 フィルニアが即座に笑った。「だっせぇ!!」「お前昨日めちゃくちゃ吹っ飛ばされてただろ!」「俺様はピンピンしてるけど?」「竜人ズルくねぇ!?」 朝から騒がしい。 ミーコは呆れたようにため息を吐いた。『あなた達、本当に昨日死にかけた自覚あるの?』「あるぞ」 トシオが普通に答える。 しかも肉を食いながら。 焼き肉。 黒パン。 大量のスープ。 朝から凄まじい量だった。 フィルニアが椅子へ逆向きに座る。「で?」「結局なんだったんだよ、アレ」 空気が少し静かになる。 ミーコはしばらく黙っていた。 やがて静かに口を開く。『……境喰は、本来こんな場所へ現れる存在じゃない』 ユキが聞き返す。「そんなに危ないの?」『危険なんて言葉じゃ足りない』 ミーコの瞳は真剣だった。『あれは“境界”を侵す災厄』『普通の侵食滓とは格が違う』 バルドが腕を組む。「つまり鉱山の下に、何かあったってことか」『境界亀裂』 ミーコが頷いた。『かなり古いものだった』『昔から地下に眠っていたんだと思う』 タマが顔を上げる。「なんで急に動き出したんだ?」 ミーコは少し考え込む。『……侵食が広がってる』『世界全体で』 静まり返る。 遠くの鍛冶音だけが響いていた。 フィルニアが椅子を揺らした。「閉じる者、とか言ってたっけ」『ええ』『境喰は、その侵食側の存在』 バルドが低く唸る。「笑えねぇな」 その時だった。バ ァ ン!!! 宿の扉が勢いよく開く。「親方ぁぁぁ!!」 若いドワーフが飛び込んできた。 全員が振り向く。
last updateLast Updated : 2026-09-22
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帰る場所…

 出発の朝だった。 グランディル山岳王国は、今日も騒がしい。 巨大炉の煙。 鍛冶槌の轟音。 怒鳴り声。 笑い声。 朝だというのに、街全体が既に全力で動いていた。 宿の外へ出た瞬間、タマが顔をしかめる。「朝からうるせぇなぁ……」「ドワーフだからな」 トシオが普通に返す。 妙な説得力があった。 広場では、既に大量の荷車が行き交っている。 黒煙鉱路復旧の影響だろう。 昨日まで止まっていた鉱石輸送も再開されていた。 ミツコが小さく笑う。「元気になったねぇ」 ユキも頷く。「……昨日と全然違う」 フィルニアは伸びをしながら欠伸した。「ま、滅びかけから復活したばっかだしな」『軽く言わないで』 ミーコが呆れ顔になる。 だが。 そのミーコ自身も、少し安心した表情をしていた。 境喰は消えた。 侵食霧も消滅した。 まだ問題は山積みだろう。 それでも、この国は立ち直れる。 そんな空気があった。 その時だった。「おーい!!」 広場の向こうから大声が飛んでくる。 バルドだった。 巨大ハンマーを肩へ担ぎながら、こちらへ歩いてくる。 後ろには大量のドワーフ達。 しかも。 何故か皆、大荷物を抱えていた。 タマが嫌な予感を覚える。「……なぁ」「これ絶対ロクな流れじゃなくね?」 予感は当たった。ド ォ ン!! 巨大樽が置かれる。ド ゴ ン!! 更に木箱。ド ガ ァ ン!! 今度は謎の鉄箱。 荷車が悲鳴を上げた。「積め」「いや多いわ!!」 タマが叫ぶ。 だがドワーフ達は止まらない。「保存肉だ!」「干し魚も持ってけ!」「酒樽もいるだろ!」「なんで酒が三樽もあんだよ!?」 フィルニアが爆笑する。「はははっ!!」「完全に押し付けられてんじゃん!!」 ミツコが困ったように笑った。「こんなに頂いていいのかねぇ」 バルドが鼻を鳴らす。「境喰止めた礼だ」「足りねぇくらいだわ」 ミーコが静かに街を見渡した。 復旧作業を続けるドワーフ達。 笑い声。 鍛冶音。 ここにはもう、昨日の絶望は無い。『……ちゃんと守れたのね』 ユキが小さく頷いた。「うん」 その時。 フィルニアが荷車へ飛び乗る。「よし、出発だな!」「レイシス王国!」 空気が少し変わる。 タマの表情から笑みが消え
last updateLast Updated : 2026-09-22
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古街道の夕暮れ…

 グランディル山岳王国を出発してから、五日が過ぎていた。 景色は少しずつ変わり始めている。 岩山ばかりだった山岳地帯を抜け、今は緩やかな高原地帯へ入っていた。 視界を遮るものが少ない。 どこまでも続く草原を、冷たい風が吹き抜けていく。 荷車を引く大型山羊獣が、のそのそと街道を進んでいた。ギ ギ ギ…… 車輪の軋む音。 草を揺らす風。 鳥の鳴き声。 ここ数日は、そんな穏やかな旅が続いていた。 ……穏やか“だけ”ではないが。「だから俺様の方が先に見つけたんだって!!」「いや絶対俺だろ!!」 今日もフィルニアとタマが揉めていた。 原因は、道端で見つけた珍しい木の実である。 平和だった。 ユキが荷台の端へ座りながら、小さく呟く。「……またやってる」『放っておきなさい』 ミーコは完全に慣れていた。 最初は止めていた。 だが最近分かってきた。 この二人、放置しても大体どうにかなる。 むしろ止めると悪化する。 トシオが御者台から振り返る。「暴れるなら荷物壊すなよ」「分かってるって!」「俺様をガキ扱いすんな!!」 その直後。「おいそれ俺の干し肉!!」「早い者勝ちだろ!!」 二人が同時に同じ干し肉へ飛び付いた。 ピタリ。 動きが止まる。 同じ腕の伸ばし方。 同じ顔。 同じタイミング。 ユキがぽつりと言った。「……息ぴったり」「よくねぇ!!」 また同時だった。 ミーコが頭を抱える。『なんなのあなた達……』 ミツコがクスクス笑った。「ほんと仲良しだねぇ」「違ぇよ!!」「俺様はこいつと違う!!」 騒がしい。 だが。 その空気は嫌いじゃなかった。 ミーコは少しだけ空を見上げる。 青空。 白い雲。 穏やかな風。 レイシスへ帰る旅路なのに、不思議と重苦しさばかりではない。 それはきっと―― 今、自分が一人じゃないからだった。 その時。 トシオがふと前方を見る。「ん?」 全員が反応した。 街道の先。 古びた石橋が見えていた。 かなり大きい。 川幅いっぱいに架かっている。 ただし。 様子がおかしかった。 橋の中央付近へ、大量の荷車が止まっている。 人も多い。 何か揉めているらしい。 シェリスが目を細めた。「……検問ですね」 近付くにつれ、声が聞こえてくる
last updateLast Updated : 2026-09-22
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雨宿りの村…

 夜半から降り始めた雨は、朝になっても止まなかった。ザ ァ ァ ァ…… 細かい雨粒が街道を濡らしていく。 高原地帯を抜けた辺りから天候が崩れ始め、今は空一面が灰色の雲で覆われていた。 荷車の幌へ当たる雨音が、一定の rhythm で響いている。 フィルニアが幌の外を見ながら顔をしかめた。「うわー……最悪」「髪湿気る」 タマもげんなりしている。「地面ぬかるんでるしなぁ」 大型山羊獣達も、いつもより歩みが遅かった。ギ ……ギ…… 泥濘んだ道へ車輪が沈む。 トシオは手綱を握りながら空を見る。「今日は無理に進まん方がいいな」 シェリスも頷いた。「この先に小さな村があります」「雨宿り程度なら出来るかと」 ユキが小さく息を吐く。「……助かる」 今日は朝から冷える。 ミツコは荷台で毛布を広げながら、皆へ温かい茶を配っていた。「はい、どうぞ」「あったけぇ……」 タマが両手で湯呑みを抱える。 フィルニアも素直に受け取った。「生き返る……」 ミーコが外を見つめながら呟く。『レイシスの天気ね』「こんな感じなのか?」 トシオが聞き返す。『秋から冬にかけては雨が増えるの』『特にこの辺りは』 シェリスが補足する。「旧王国街道沿いは湿地も多いですから」 タマが嫌そうな顔をした。「うわ、靴汚れるやつじゃん」 フィルニアが鼻で笑う。「お前そういうとこ地味に気にするよな」「するわ!!」 ユキがぽつり。「……猫だから?」「関係ねぇよ!?」 笑いが起きた。 そんなやり取りをしている内に、街道脇へ小さな集落が見えてくる。 石造りの家々。 木柵。 小さな風車。 そして村の中央には、大きな水車小屋があった。 雨煙の向こうにぼんやり浮かんで見える。 シェリスが目を細める。「……水車村ですね」『まだ残ってたのね』 ミーコが少し驚いたように呟く。 タマが聞き返す。「知ってんの?」『昔、王都へ向かう商人達の休憩地だったの』『水が綺麗で有名だった』 荷車が村へ近付く。 すると。 入口近くで、数人の村人達がこちらを見ていた。 警戒している。 無理もない。 最近は各地で情勢悪化が続いている。 見知らぬ旅人を歓迎出来る状況ではない。 その中の一人。 年配の犬獣人男性が前へ出た。「旅人か?」「
last updateLast Updated : 2026-09-22
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灰雨の朝…

 翌朝になっても、雨は止んでいなかった。ザ ァ ァ…… 屋根を叩く雨音が、静かに響いている。 水車村の朝は遅かった。 普段なら商人や旅人が行き交うらしいが、この天気では街道もほとんど動いていない。 宿の食堂にも、昨夜泊まった旅人達がちらほらいる程度だった。 暖炉では火が揺れている。 外は冷える。 ミツコは朝から女将と一緒に台所へ立っていた。「これ切ればいいのかい?」「助かるよぉ」 野菜を刻む音。 湯気。 煮込みの匂い。 タマがその様子を見ながら苦笑する。「ばーちゃん、順応早すぎ」 フィルニアは暖炉前で毛布に包まりながら頷いた。「分かる」 その本人達は、完全にだらけていた。「寒ぃ……」「雨嫌いだ……」 昨日まで元気だった二人が、今は暖炉前から動こうとしない。 トシオが呆れ顔になる。「お前ら昨日まで騒いでただろ」「寒いのは別問題!!」「別問題だ!!」 また声が揃う。 シェリスが静かに茶を飲みながら言った。「息が合っていますね」「違ぇ!!」「違うだろ!!」 今度は言い直した。 ユキがぽつり。「……もう一緒でいい気がする」「よくねぇよ!?」 フィルニアが即反応する。 そんなやり取りを見ながら、宿の女将が笑っていた。「あんた達、賑やかだねぇ」 その時。 窓の外で、小さな影が動く。 昨日の村の子供達だった。 窓へ張り付いて、こちらを覗いている。 フィルニアが気付いた。「お?」 子供達が慌てて隠れる。 だが遅い。 フィルニアはニヤリと笑った。「なんだよ、入ってこいよ」 数秒後。 恐る恐る、子供達が食堂へ入ってくる。 犬獣人。 猫獣人。 狐獣人。 年齢もバラバラだ。 その中の一人が、フィルニアを見上げる。「ほんとに竜人?」「おう」「角触っていい?」「一本だけな」 フィルニアがしゃがみ込む。 子供達が「おぉー……」と目を輝かせた。 タマはその横で黒パンを齧っている。 すると今度は別の子供が近付いた。「お兄ちゃん強いの?」「まぁな」 タマが少し得意げになる。「昨日も土嚢めっちゃ運んだし」『そこなの?』 ミーコが呆れる。「大事だろ」 ユキは小さな女の子に囲まれていた。「髪ふわふわ……」「白い……」「綺麗……」 ユキが少し困っている。 だが
last updateLast Updated : 2026-09-22
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境界の街…

 水車村を出発してから、三日。 雰囲気が変わり始めていた。 風が冷たい。 空も低い。 どこか張り詰めたような気配が、街道全体へ漂っている。 レイシス王国辺境域。 もう、ほとんど国内と言っていい場所まで来ていた。 街道脇には古い石柱が並んでいる。 獣王紋。 かつてレイシス王国が領土境界へ建てた標識だった。 今は半分以上が風化している。 それでも。 ミーコ達は足を止めた。『……まだ残ってた』 ミーコが静かに石柱へ触れる。 タマも、少しだけ表情を変えていた。「懐かしいな……」 ユキは小さく石柱を見上げる。「……帰ってきた感じする」 幼い頃。 三人でこの街道を走り回った記憶が、ぼんやり蘇る。 王城を抜け出して怒られたこと。 街道商人から果物を貰ったこと。 雨宿りした小屋。 全部、遠い昔みたいだった。 フィルニアは周囲を見回した。「なんか雰囲気違うな」 シェリスが頷く。「王国境界圏ですから」「昔から独特なんです」 トシオは周囲を見ていた。 森。 湿地。 古い街道。 確かに雰囲気が違う。 グランディルの山岳地帯とも違う。 アルネシアの空気とも違う。 湿った土と草の匂い。 そして。 妙に静かだった。 ミツコが小さく呟く。「鳥の声、少ないねぇ」 シェリスが視線を上げる。「最近は境界異常の影響で、生態系も乱れています」 フィルニアが嫌そうな顔をした。「またその話かぁ」「本当にどこでも起きてんだな」 ミーコの耳が小さく動く。『昔はこんなんじゃなかった』 その声は、少し寂しそうだった。 タマが空を見上げる。「レイシスってもっと賑やかだったよな」『えぇ』『街道も、もっと人が多かった』 ユキも静かに頷く。「……夜でも灯り多かった」 三人とも、同じ景色を覚えている。 だからこそ。 今の静けさが余計に重かった。 その時だった。 街道の先に、高い外壁が見えてくる。 都市だ。 かなり大きい。 灰白色の石壁。 獣人様式の見張り塔。 巨大門。 だが。 その雰囲気は明るくない。 門前には長い入場列が出来ていた。 検査も厳重。 兵士の数も多い。 フィルニアが顔をしかめる。「うわぁ……」「めんどくさそう」 シェリスが答える。「境界都市グレイヴェルです」「レイ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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灰都グレイヴェル…

 巨大門を潜った瞬間。 街の熱気が一気に押し寄せてきた。「うお……」 タマが思わず声を漏らす。 境界都市グレイヴェル。 レイシス西部最大級の流通都市。 外から見た以上に、人が多かった。 石畳。 複雑に入り組んだ街路。 巨大水路。 獣人達の露店。 荷運び用の大型獣。 商人達の怒鳴り声。 様々な匂いが混ざっている。 肉。 香辛料。 湿った石。 鍛冶煙。 懐かしい。 ミーコ達は自然と周囲を見回していた。『……変わったわね』 ミーコが小さく呟く。 タマも視線を動かす。「建物増えてんな」 ユキは静かに空を見上げていた。「……高い」 昔より建築が密集している。 人口が増えたのか。 それとも、外から人が流れてきたのか。 フィルニアはキョロキョロしていた。「うわ、なんだここ」「人多っ!!」 シェリスが説明する。「レイシス西部は現在、避難民流入が増えています」「比較的安全な都市へ集中している状態ですね」 トシオは街道脇を見る。 確かに。 簡易天幕が多い。 避難民用の区画だろう。 子供達の姿も多かった。 ミツコが静かに眉を下げる。「大変だねぇ……」 だが。 街自体は死んでいない。 むしろ逆。 人が多い分、活気も強かった。「どけどけぇ!!」 大型荷車が通り抜ける。 露店商人達の呼び込みも激しい。「焼き串だ!!」「西部香草だぞ!!」「宿空いてるよー!!」 フィルニアの耳がピクリと動く。「焼き串」 タマも反応した。「肉」 早い。 ミーコが呆れる。『あなた達さっき朝食食べたでしょう』「別腹」「別枠」 また同時だった。 ユキがぽつり。「……もう夫婦」「違ぇ!!」「違うだろ!!」 周囲の通行人達が少し笑っていた。 その時。 シェリスが街の奥を見る。「まず宿を確保しましょう」「今日は長距離移動しません」 ミーコも頷く。『情報収集も必要ね』 今のレイシスは不安定だ。 軽率に動けない。 特に王都方面は、かなり警戒されている可能性が高い。 一行は中央通りを進んでいく。 すると。 途中から、街の空気が少し変わり始めた。 兵士が多い。 しかも。 見ている方向が違う。 外敵ではない。 “住民側”を警戒している。 タマが小声で呟く。「……ピリつ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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灰街の朝市…

 翌朝。 グレイヴェルの街は、日の出前から動き始めていた。ゴ ン……ゴ ン…… 遠くで鐘が鳴る。 まだ薄暗い空。 石畳には昨夜の雨が少し残っていた。 宿の窓から外を見下ろしながら、ミーコは静かに息を吐く。『……早いわね』 通りには既に人が多かった。 荷車。 商人。 兵士。 水運び。 市場準備。 避難民達まで動いている。 この街は、止まれない。 止まったら回らなくなる。 そんな切迫感があった。 その時。「腹減った」 後ろからタマの声がした。 朝だった。『起きて最初がそれ?』「大事だろ」 フィルニアも毛布から顔を出す。「俺様も腹減った」 ユキがぽつり。「……通常運転」 ミツコがクスクス笑う。「朝ご飯食べに行こうかねぇ」 その一言で空気が動く。 数十分後。 一行は朝市通りへ出ていた。 グレイヴェル名物、西部朝市。 巨大だった。「うわぁ……」 フィルニアが素直に声を漏らす。 肉串。 焼き魚。 香草スープ。 果物。 干し肉。 雑貨。 鍛冶道具。 薬草。 人の熱気と匂いが混ざり合っている。 タマは既に屋台を見回していた。「絶対うまい店ある」『まず落ち着きなさい』「無理」 即答だった。 トシオは市場中央を見る。 魚市場がある。 かなり大規模。 ミツコが苦笑する。「見つけたねぇ」「魚は大事だろ」 シェリスが静かに言った。「分かりやすいですね」 ユキが小さく頷く。「……目変わってた」 トシオ本人は否定しない。 その時だった。「焼き立てぇ!!」「西部鹿串だ!!」 フィルニアの耳がピクリと動く。「串!!」 タマも反応した。「肉!!」 次の瞬間。 二人同時に走り出した。『ちょっ――』 止める前に消えた。 ミーコが呆れた顔になる。『速いのよ……』 ユキが静かに指差す。「……あそこ」 既に屋台前で揉めていた。「俺様こっち!!」「いや俺こっち!!」「同じだろ!!」「違う!!」 店主が爆笑している。 その間。 シェリスは周囲を観察していた。 兵士配置。 監視位置。 流通状況。 かなり細かく見ている。 ミーコが小声で聞く。『どう?』「……良くありませんね」 シェリスは市場全体を見る。「物資量は多い」「ですが偏っ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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西区画の古書店…

 リュナと別れた後。 一行は朝市を抜け、西区画へ向かっていた。 グレイヴェルは広い。 中央区。 商業区。 水路区。 工房区。 避難区。 階層みたいに街が分かれている。 西区画は、その中でも古い地区だった。 石畳は擦り減っている。 建物も古い。 歴史が残っていた。「なんか落ち着くな」 タマが周囲を見る。 派手な露店は少ない。 代わりに。 古道具屋。 書店。 薬屋。 工芸店。 年季の入った店が並んでいる。 ユキは少しだけ表情が柔らかかった。「……静か」 フィルニアは周囲を見回していた。「ここ飯屋少ねぇな」 ミーコが呆れた目になる。『結局そこなの?』「大事だろ」「生きる基本だぞ」 トシオが普通に頷いた。「食えなくなるのが一番困る」「じーちゃんは説得力あんだよなぁ……」 フィルニアが苦笑する。 その時。 シェリスが一軒の店を見上げた。「ここです」 看板には、【旧王都史料書庫・ベルン古書店】 と書かれていた。 かなり古い店だ。 窓硝子も少し曇っている。 ミーコの耳が動く。『ここって……』「昔からあります」 シェリスが頷いた。「王都系史料が多い店です」 タマが眉をひそめた。「こんな辺境に?」「だからこそ、です」 シェリスは静かに言う。「王都側が処分した資料が、西へ流れる事も多い」 ミーコは扉を見る。 古い木扉。 昔、来たことがある気がした。カラン…… 扉が開く。「いらっしゃいませ」 出てきたのは、小柄な猫獣人だった。 丸眼鏡。 白髭。 細い体。 だが。 目だけは鋭い。 店主は一行を見る。 そして。 ミーコ達を見た瞬間。 ほんの少しだけ、動きが止まった。 すぐに穏やかな笑みへ戻る。「旅のお方かな?」 シェリスが前へ出る。「少し資料を探していまして」「構いませんよ」 店主は静かに店内へ招いた。 中は本だらけだった。「うわ……」 フィルニアが思わず声を漏らす。 棚。 棚。 棚。 紙の匂い。 古い革表紙。 巻物。 地図。 王国史料。 かなり貴重な物まである。 ユキが静かに本棚を見る。「……すごい」 タマは天井近くまで積まれた本を見上げた。「崩れてきそうだなこれ」「お気を付けください」 店主が笑顔で言った。
last updateLast Updated : 2026-09-22
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水路街の夜…

 その日の夜。 一行は西区画から宿へ戻る途中、水路街を歩いていた。 昼間とは空気が違う。 グレイヴェルの夜は静かだった。 石橋。 細い水路。 灯火。 水面へ映る橙色の明かり。 遠くでは酒場の笑い声も聞こえる。 だが。 昼間みたいな喧騒は無い。 代わりに。 疲れた人達の生活音があった。「夜の方が落ち着くな」 タマが伸びをする。 フィルニアも頷いた。「昼うるさすぎんだよ」 ユキは水面を見ていた。「……きれい」 細い水路を水が流れていく。 澄んではいない。 けれど。 街を支えている水だった。 その時。 ミツコが立ち止まる。「あら」 視線の先。 水路脇で、小さな子供達が座り込んでいた。 三人。 獣人の子供達だ。 服はかなり古い。 避難民だろう。 タマが小声になる。「……飯無い感じか」 子供達は水を飲んでいた。 腹を誤魔化している。 フィルニアが眉をひそめた。「うわぁ……」 次の瞬間。 トシオはそのまま子供達の方へ向かった。 ミーコが察した。『あ、ダメだこれ』 止まらない時のじーちゃんだった。 トシオは子供達の前へしゃがみ込む。「腹減ってるか」 直球だった。 子供達が警戒する。 だが。 トシオは気にしない。「ミツコ」「はいはい」 ミツコは“買い物籠”から包みを取り出した。 まだ温かい。 昼に買ったパンだった。 しかも大量。 タマが目を丸くする。「そんな入ってたのかよ」「便利だねぇ」 ミツコは笑いながら子供達へ渡した。「食べな」 最初。 子供達は戸惑っていた。 だが。 一番小さい子が受け取る。 次の瞬間。「うまっ……!」 夢中で食べ始めた。 他の子も慌てて続く。 フィルニアが小声で呟く。「めっちゃ腹減ってたな……」 ミーコは周囲を見る。 似たような子供が多い。 水路脇。 橋下。 路地。 この街は大きい。 だから隠れやすい。 苦しい人間も。 見えにくくなる。 その時だった。「こら!!」 怒鳴り声。 兵士だった。 若い犬獣人兵。 かなり疲れた顔をしている。「また勝手に座り込んで!!」 子供達がビクリと震える。 だが。 兵士は途中で止まった。 トシオ達に気付いたからだ。「あ……」 気まずそうだった。「
last updateLast Updated : 2026-09-22
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