All Chapters of じじばばにゃんこと異世界奇譚: Chapter 171 - Chapter 180

182 Chapters

開戦…閉じるもの

北方監視砦。 崩れた古代遺跡の中央。 巨大な石門の前で、黒い異形が咆哮していた。 グォォォォォォォォォォォッ!!! 空気が震える。 兵士達が思わず後退した。「来るぞ!!」『ミーコ!!』『うん!!』 魔力が集まる。 タマが双剣を構える。 フィルニアも竜槍を握り直した。 異形はさらに膨れ上がる。 黒い霧が周囲へ溢れ出し、地面を這う。 草が枯れた。 石が黒く変色する。『まずい……』 ユキが顔を強張らせた。 その時だった。 トシオが前へ出る。「下がっとれ」 静かな声。 だが。 その一言だけでミーコ達は足を止めた。 トシオが右手を見下ろす。 手の甲。 蒼い紋章が淡く光っていた。 ブゥゥゥゥン…… 低い振動。 海鳴りにも似た音が響く。 光が集まる。 蒼い粒子が渦を巻き。 やがて一本の巨大な槍を形作った。 天裂海牙。 始まりの海槍。 蒼い紋様が脈打つように流れている。『じーちゃん……』 ミーコが息を呑む。 タマも目を細めた。 フィルニアはニヤリと笑う。「でたなっ!」 異形が咆哮する。 グォォォォォォォォォッ!! 次の瞬間。 突進。 黒い塊が一直線に襲い掛かった。 速い。 兵士達には追えない速度だった。 だが。 トシオは動かない。 ただ。 槍を軽く持ち上げる。 そして。 ブォンッ―――― 蒼い軌跡が走る。 ズバァァァァァァァッ!!! 異形の身体が真っ二つになった。 衝撃波が吹き抜ける。 兵士達が目を見開いた。「なっ……」「見えなかった……」 だが。 黒い霧が再び集まり始める。 ズズズズズ…… 裂けた身体が元へ戻る。『再生!?』 ミーコが叫ぶ。「面倒だな」 フィルニアが顔をしかめた。 異形は再び形を整える。 そして。 今度は無数の黒い腕を生み出した。 ゴギャァァァァァァッ!! 何十本もの腕が兵士達へ向かって伸びる。「ひっ……!」「逃げろ!!」 兵士達が青ざめる。 その時。 タマが飛び出した。『させるか!!』 ザシュゥゥゥッ!! 双剣が閃く。 数本を斬り飛ばす。 だが。 数が多い。 フィルニアも続いた。「どけぇぇぇぇっ!!」 ドゴォォォォォンッ!! 竜槍が炸裂する。 何本もの腕が吹き飛んだ。 それでも止まら
last updateLast Updated : 2026-09-22
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旅立ちの朝…

 石門での一件から三日。 王都レイシスは再び活気を取り戻し始めていた。 市場には威勢のいい声が響き、子供達は広場を駆け回る。 城壁では兵士達が見回りを続け、職人達は壊れた施設の補修に追われていた。 人々の表情から不安が完全に消えたわけではない。 それでも前へ進もうとしている。 それが王都全体から伝わってきた。         「じーちゃん!」 朝食を終えたトシオを見つけ、ミーコが駆け寄ってきた。「今日は何するの?」「今日は忙しいぞ」「忙しい?」「王様達は朝から会議じゃ」「また会議かぁ……」 ミーコが肩を落とす。 そこへフィルニアとタマもやって来た。「俺様達も呼ばれたぞ」『俺達まで会議か?』「違う違う」 ミーコが首を振る。「各国へ持って行く荷物の確認だって」「荷物?」 フィルニアの耳がぴくりと動く。「食料は大丈夫なのか?」『そこかよ』 タマが呆れる。「長旅になるなら保存食は大事だろ」『それは否定しない』「だろ?」 そこへユキも加わった。『みんな揃ってたんだ』「おう」『今日は出発準備みたいだね』 その言葉に全員の表情が少しだけ引き締まる。 次の旅は今までとは違う。 一国の問題ではない。 世界を巡る旅になる。          王城中庭。 荷馬車の前では兵士達が木箱を積み込んでいた。「慎重に運べ!」「それは精霊石だ!」「壊すなよ!」 慌ただしく人が動いている。 その中をフィルニアが歩く。「結構あるな」『全部持って行くの?』 ミーコが木箱を見つめた。 近くにいた補給隊長が笑う。「全部じゃありません」「各国への贈り物もあります」『贈り物?』「同盟を結ぶなら礼節も必要ですから」 フィルニアが頷く。「なるほど」 タマも周囲を見渡す。『武器だけじゃないんだな』「当たり前です」 補給隊長は木箱を指差した。「これは薬草」「こちらは保存食」「こちらはレイシス特産の果実酒……」「それはいらん」 トシオが即座に口を挟む。「酒は後で揉める」 兵士達が思わず吹き出した。「確かに!」「竜人族に渡したら全部無くなる」「海霊族も飲みそうですね!」 和やかな笑いが広がる。          一方。 王城の会議室では各国への使者について話し合いが進んでいた。
last updateLast Updated : 2026-09-22
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街道を流れる風…

 朝露に濡れた草原を、柔らかな風が吹き抜けていく。 野営地では焚き火の煙が細く空へ伸び、鳥達が一斉に羽ばたいていた。 一番先に目を覚ましたトシオは、川で顔を洗うと大きく背伸びをした。「今日もええ天気じゃ」 その声に続くようにテントの中から物音が聞こえる。「いい匂いぃ……」 最初に顔を出したのはフィルニアだった。 まだ眠そうな目を擦りながら鍋の方へ近付いていく。「朝飯か?」「まだじゃ」「じゃあ待つ」『待ちながら鍋を見るな』 タマが呆れたように言う。「見てるだけだ」『その顔は絶対につまみ食いする顔だ』「失礼だな」 そう言った直後。 鍋へ手を伸ばしかけたところを、ミツコが木べらで軽く止めた。「まだ熱いよぉ」「……危なかった」『熱さの問題じゃない』 タマが肩を落とす。 その様子にミーコとユキが笑い出した。          朝食を終えると、一行は荷馬車へ荷物を積み込む。 毛布。 保存食。 水袋。 薬草。 旅に必要な物を一つずつ確認していく。 ユキは帳面を片手に荷物を数えていた。『保存食よし』『薬草よし』『調味料……』「塩ならここだ」 トシオが木箱を持ち上げる。『ありがとうございます』 その横ではフィルニアが荷台へ寝転がっていた。『何してる』 タマが覗き込む。「乗り心地を調べてる」『寝心地だろ』「長旅だから重要だ」『そのまま寝る気満々じゃないか』「ばれたか」 ミーコが吹き出した。『フィルちゃんらしい』 荷造りを終えた頃には太陽も高く昇っていた。 トシオが手綱を握る。「ほれ」「出発するぞ」 馬がゆっくり歩き始める。 車輪が街道を軽やかに転がっていった。          街道沿いには麦畑が広がっていた。 黄金色へ色付き始めた穂が風に揺れている。 畑では農夫達が手を止め、一行へ大きく手を振った。「気を付けてなー!」 ミーコも笑顔で振り返す。『行ってきます!』 フィルニアも勢いよく両手を振った。「また寄るぞー!」 農夫達が笑った。「元気な旅人だなぁ」          昼前。 一行は街道沿いの宿場町へ立ち寄った。 石畳の道には露店が並び、多くの旅人で賑わっている。 焼き立てのパン。 果物。 香辛料。 珍しい布地まで並んでいた。「すげぇ!」
last updateLast Updated : 2026-09-22
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歪み………

 街道を吹き抜ける風は穏やかだった。 丘の上では風車がゆっくりと回り、黄金色の麦畑が波のように揺れている。 荷馬車は西へ向かい、のんびりと街道を進んでいた。「いい天気だなぁ」 フィルニアが荷台へ寝転がりながら空を見上げる。『寝てばかりだな』 タマが苦笑する。「寝てない」『目を閉じてるだけか?』「そうだ」『それを寝てるって言うんだ』 ミーコとユキが思わず笑った。 その笑い声を聞きながら、トシオは手綱を握る。 ミツコは隣で景色を眺めていた。「平和だねぇ」「ああ」 短い返事。 それでも二人には十分だった。 旅は順調だった。 少なくとも、その時までは。          昼を過ぎた頃。 街道脇に、一基の古びた石碑が建っていた。 高さは人の背丈ほど。 長い年月を経て風化し、文字もほとんど読めない。 その石碑を見た瞬間。 トシオの視線が止まる。「……」「どうしたのぉ?」 ミツコが尋ねる。「いや」 トシオは首を横へ振った。「何でもない」 荷馬車はそのまま石碑を通り過ぎる。 だが。 誰にも気付かれないまま。 石碑の亀裂が淡く黒く光った。          さらに街道を進む。 旅人達とも何度かすれ違った。 商隊。 吟遊詩人。 巡礼者。 誰もが穏やかな表情を浮かべている。 その中で、一人の老人が荷馬車へ近付いてきた。「旅のお方」 白い髭を蓄えた老人だった。 トシオは馬を止める。「どうされました?」「西へ向かわれるので?」「ああ」 老人は少しだけ空を見上げた。「最近、この街道では妙なことが続いております」 ミーコ達も耳を傾けた。「旅人が突然姿を消えたという話です」『姿を?』 ユキが聞き返す。「ええ」「争った形跡もなく」「荷物だけ残っていたそうです」 タマが眉をひそめる。『盗賊じゃないのか』「盗賊なら荷物を置いていきません」 老人は静かに首を振った。「噂でしかありませんが……」「道そのものが旅人を飲み込んだ、と」 フィルニアが腕を組む。「そんなことあるのか?」「誰にも分かりません」 老人は深く頭を下げた。「どうか、お気を付けください」 そう言い残し、ゆっくりと去っていった。          荷馬車が再び動き始める。 しばらく誰も口を開かなか
last updateLast Updated : 2026-09-22
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知らない空の下で…

 光が消えた。 何も見えない。 何も聞こえない。 ただ身体だけが、どこまでも落ちている。「――っ!」 ミーコは反射的に手を伸ばした。 誰かの手を探す。 フィルニア。 トシオ。 ミツコ。 タマ。 ユキ。 けれど、指先には何も触れない。「フィルちゃん!」 声を張り上げる。 返事はない。 どこまでも続く暗闇の中を、自分だけが落ちているようだった。 その瞬間。 遠くに小さな光が見えた。 それは徐々に大きくなっていく。 ミーコは目を細める。 光の向こうに何かがある。 山。 森。 そして――巨大な大地。「……え?」 落下していた身体が急に止まった。 次の瞬間。「きゃああああああっ!」 身体が勢いよく放り出された。 ドサッ!!「いったぁ……」 柔らかな草の上へ落ちる。 しばらく動けなかった。 頬へ草が触れている。 風が髪を揺らす。 鳥の声が聞こえる。「……生きてる」 ミーコはゆっくり身体を起こした。 周囲を見渡す。 見知らぬ森。 見知らぬ空。 そして。「フィルちゃん?」 返事はない。 ミーコは立ち上がった。「フィルちゃん!」 今度は少し大きな声を出す。 鳥達が木々から飛び立つ。 だが、人の声は返ってこなかった。「……どこ?」 ミーコの胸がざわつく。 さっきまで一緒だった。 ほんの少し前まで、同じ橋にいた。 それなのに。 今は自分一人。 ミーコは両手を握り締めた。「大丈夫」 自分へ言い聞かせる。「フィルちゃんも、みんなも……きっと無事」 そう言ってみたものの。 胸の奥に残った不安は消えなかった。         ◇ 同じ頃。 森の少し離れた場所。 巨大な木の根元へ、フィルニアが転がっていた。「……」 目を開く。 空が見えた。「……ここ、どこだ?」 ゆっくり起き上がる。 周囲には木々。 鳥の声。 遠くから水の流れる音。「ミーコ?」 立ち上がる。「おーい!」 返事はない。「ミーコー!」 もう一度叫ぶ。 やはり何も返ってこない。 フィルニアは頭を掻いた。「……まいったな」 いつもの軽い口調だった。 しかし。 その表情には少しだけ不安が浮かんでいた。「タマ達もいない」 橋で何が起きたのか。 思い出そうとする。 黒
last updateLast Updated : 2026-09-22
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森の道標…

 朝の森には、薄い霧が残っていた。 木々の間から差し込む陽射しが白い靄を照らし、葉の一枚一枚に残った露がきらきらと輝いている。 ミーコは古い集会所の中に立っていた。 床に刻まれた紋様は、もう光っていない。 けれど。 壁へ伸びていた緑色の光の線だけは、まだ消えていなかった。 細い光。 それは壁を抜け、森の奥へ向かっている。「この先に……フィルちゃんがいる」 ミーコは小さく呟いた。「そう言ったんだよね」 返事はない。 あの声は、もう聞こえなかった。 森精族の女性が、光の線をじっと見つめている。「私達には何も見えないわ」「え?」「あなたには見えているのね」 ミーコは頷く。「はい」「なら、案内してもらうしかなさそうね」 女性が弓を背負い直した。「行きましょう」 ミーコは扉の外へ出る。 森の空気を吸い込む。 昨日までの不安とは少し違っていた。 仲間達の姿は見えない。 声も届かない。 それでも。 完全に離れてしまったわけではない。 そんな気がしていた。         ◇ 一方。 森の反対側。 フィルニアは村の広場に立っていた。 周囲には森精族の村人達が集まっている。 皆、どこか不安そうな顔をしていた。「黒い光が出るようになったのは、いつからだ?」 フィルニアが尋ねる。 老人が腕を組む。「三日前だ」「最初は森の奥で、小さな光が見えただけだった」「次の日には村の近くまで来た」「そして昨日」 老人が言葉を止める。「一人の旅人が森へ入った」「戻ってきたのか?」「……戻ってこなかった」 フィルニアは黙り込んだ。 持っていた干し肉を口へ運ぶ気にもならない。「何か手掛かりは?」 リーナが聞く。 老人は首を横に振った。「ただ」「森の北側にある古い道が、昨日から光っている」 フィルニアの目が変わる。「古い道?」「昔、森の集会所へ繋がっていた道だ」「今は使われていない」「それが光ってるのか?」「そうだ」 フィルニアは立ち上がった。「そこへ行こう」「待って」 リーナが止める。「まだ朝だよ」「朝だからいいんだ」「夜まで待つ理由がない」「でも危険かもしれない」 フィルニアは少し考える。「だったら、なおさら行く」「俺様はミーコを探さなきゃならない」 その言葉を聞
last updateLast Updated : 2026-09-22
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西方都市…

 朝。 湖を包んでいた霧が、ゆっくりと晴れていく。 水面には薄い光が差し込み、昨日まで見えていなかった対岸の景色が少しずつ姿を現した。 ミーコは湖畔に立っていた。 昨夜見えた光の道は、まだ残っている。 緑色の細い線。 湖面から森の外へ伸び、その先へ続いていた。「これ……本当に道なのかな」 ミーコが呟く。「少なくとも、普通の道ではないな」 フィルニアが隣から答える。「俺様達が歩くと、ちゃんと光が前へ伸びていく」 試しに一歩踏み出す。 光の線が少しだけ明るくなった。 もう一歩。 また先へ伸びる。「面白いな」 フィルニアが笑う。「歩けってことだろ」『そうみたい』 ミーコも頷いた。 森精族達は少し離れた場所から二人を見ている。 案内してくれた女性が近付いてきた。「ここから先は、私達の村へ戻る道とは違うわ」「西方都市へ向かうなら、この道を使うといい」「どのくらいかかりますか?」「歩きなら半日ほど」 ミーコは頷く。「ありがとうございます」「こちらこそ」 女性はミーコの手を取った。「森を守ってくれてありがとう」「私は何も……」「あなたが木へ触れたことで、眠っていた道が開いた」「それだけでも、この森にとっては大きなことよ」 ミーコは少し照れたように笑った。「じゃあ……また来てもいいですか?」「いつでも」 フィルニアが横から口を挟む。「俺様もな」「あなたは少し静かにしていなさい」「なんで俺様だけ!」 森精族達から小さな笑いが起きた。 久しぶりに聞いた笑い声だった。 ミーコはその光景を見つめる。 昨日まで知らなかった人達。 けれど。 別れるとなると、少し寂しかった。「行こう」 フィルニアが言った。「ああ」 二人は森を抜ける。 緑の光に導かれるように。 西へ向かって歩き始めた。         ◇ 森を出ると。 景色が一気に変わった。 木々が途切れ、なだらかな丘が続いている。 遠くには白い城壁。 その向こうへ無数の塔が伸びている。 昨日、湖面に映っていた都市だった。 だが。 実際に目の前へすると、その大きさは想像以上だった。「でかいな……」 フィルニアが呟く。「王都より大きいかも」 ミーコも目を見張る。 城壁の外側にはいくつもの街道が伸び、商隊が行き交っ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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地下の声…

 地下全体が大きく揺れた。 天井から細かな砂埃が落ちてくる。 壁に掛けられていた古い灯りが、左右へ大きく揺れていた。 ミーコは足元を確かめながら、目の前に立つ黒い存在を見つめている。 フィルニアは一歩前へ出た。「ミーコ、下がってろ」『うん』 ミーコは素直に後ろへ下がる。 だが。 目は黒い存在から離さなかった。 さっき聞こえた声。 ――見つけた。 あの言葉が、まだ頭の中に残っている。「お前……何なんだ?」 フィルニアが問い掛ける。 黒い存在は答えない。 ただ。 胸元に浮かんだ小さな光だけが、ゆっくり明滅している。 その光は、黒い身体とは不釣り合いなほど淡かった。 フィルニアが拳を握る。「答えないなら――」『待って』 ミーコが止めた。「どうした?」『あれ……』 ミーコは胸へ手を当てる。「怖がってる」 フィルニアが振り返る。「……怖がってる?」『うん』「何が?」『分からない』 ミーコは首を横へ振った。『でも、さっきからずっと』『何かから逃げてるみたい』 黒い存在が、ゆっくり顔を上げる。 顔はない。 それでも。 ミーコには、その動きがどこか怯えているように見えた。 その時。 背後から声が飛んできた。「近付かないで!」 昼間に出会った女性だった。 その後ろには数人の兵士がいる。「ここは危険です!」「でも……」 ミーコが振り返る。 女性は黒い存在を見たまま、息を呑んでいた。「それは、この都市に昔から残っているもの」「知ってるんですか?」「詳しくは知らない」「私達が知っているのは、あの扉の向こうに何かが封じられていたということだけ」 フィルニアが黒い扉を見る。「だったら、何で今になって出てきた?」「分からない」「何年も動かなかったのに」 女性の声が震える。「今日になって突然……」 ゴン。 その時。 黒い存在が一歩前へ出た。 兵士達が一斉に武器を構える。「止まれ!」 黒い存在は止まらない。「撃て!」 弓が放たれた。 矢が黒い身体へ突き刺さる。 しかし。 傷口から黒い霧が噴き出すだけで、倒れる様子はない。「効いてない!」 兵士の一人が叫ぶ。 黒い存在が腕を上げる。 その瞬間。 廊下の壁から黒い亀裂が走った。 バキッ! 石壁が崩れ落ちる
last updateLast Updated : 2026-09-22
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西方都市との盟約…

 石柱に刻まれた文字を、ミーコはじっと見つめていた。 古い。 けれど。 完全に読めないわけではない。「……名前じゃない」 ミーコが呟く。 フィルニアが隣から覗き込む。「じゃあ何だ?」「分からない」 ミーコは指先を文字へ近付けた。「人の名前みたいに見えるけど……」 石柱の文字へ触れる。 その瞬間。 淡い緑色の光が広がった。 ミーコの目の前へ、いくつもの光景が浮かび上がる。 古い街。 今よりも低い塔。 まだ西方都市と呼ばれていなかった頃の景色。 そこへ様々な種族が集まっている。 何かを囲んで話し合っている。 そして。 一人の人物が石柱へ手を置いた。 声は聞こえない。 けれど。 何かを託している。 その人物が立ち去った後。 石柱だけが残った。 映像が消える。「……昔の記憶」 ミーコが目を開く。「この石柱は、何かを封じるために置かれたんじゃない」 女性が尋ねる。「では、何のために?」「残すため」「……残す?」「誰かがここに何かを残したんです」 ミーコは石柱を見る。「たぶん、記録とか……約束とか」 フィルニアが腕を組む。「じゃあ、地下にある扉も?」「扉は……」 ミーコが振り返る。 さっきまで黒い霧に包まれていた通路。 そこにはもう異変がなかった。 黒い存在も。 消えていた。「……いない」 ミーコが呟く。「どこへ行った?」 フィルニアが周囲を見る。 兵士達も辺りを探した。 だが。 どこにもいない。 ただ石柱の足元に。 小さな光が一つだけ残っていた。 ミーコがしゃがみ込む。 手を伸ばす。 光は指先へ触れた。 温かい。 それは一瞬だけミーコの手のひらで揺れ。 やがて消えた。「……ありがとう」 なぜそんな言葉が出たのか。 ミーコ自身にも分からなかった。         ◇ 地下から地上へ戻る。 都市はまだ騒然としていた。 空に浮かんでいた黒い亀裂は、すでに消えている。 街の灯りも少しずつ戻り始めていた。 人々は互いの無事を確かめ合っている。 ミーコとフィルニアも大通りへ出た。 女性が二人へ近付いてくる。「助かりました」「私達だけでは、あの地下へ入ることもできなかった」 ミーコは首を振った。「私達も何が起きたのか、全部分かったわけじゃあ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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黒い点の向こう側…

 夜が明けた。 西方都市を包んでいた霧もすっかり晴れ、朝の光が石造りの街並みを照らしている。 宿の一室。「まぁ……いいお天気ねぇ」 ミツコは窓を少し開け、朝の風を部屋へ招き入れた。 それから、部屋の隅に置いていた買い物籠を手に取る。「さて……何にしましょうかねぇ」 籠から取り出したのは、米と味噌そして漬物や卵  朝飯の支度を手慣れた調子で始める。 焼き魚に、卵焼き、味噌汁。 そして小鉢をいくつか。「トシオさん、ご飯できたわよぉ」「おう!」 その声に、トシオが振り向いた。「おっ、飯かっ!」「ええ」「ふふっ。トシオさんは朝から元気ねぇ」「朝は米に限る」「そうねぇ」 二人は向かい合って朝食を始めた。 トシオは白飯を頬張り、満足そうに息を吐く。「ふふふ」 ミツコは味噌汁を口にする。「昨日は遅かったものねぇ」「ああ」 トシオの箸が止まる。「……昨日の話なんだが」「閉じる者のこと?」「それもだ」 トシオは少し考える。「ワードルって爺さん……何か知ってると思わねぇか?」「そうねぇ」 ミツコは穏やかに頷く。「私も、そんな気がするわぁ」「かなり前から知ってる感じだった」「ええ」「でも、全部は話さない」「話せないのかもしれないわねぇ」 トシオがミツコを見る。「話せない?」「誰にでも話せることじゃないものも、あるでしょう?」「……まあな」 ミツコは小さく笑う。「急がなくても、少しずつ分かっていけばいいんじゃないかしらねぇ」「そうだな」 トシオも頷いた。「俺達には俺達のやることがある」「ええ」 朝食を終えると、ミツコは食器を片付ける。 そして何気なく買い物籠へ手を入れた。「それじゃあ、出掛ける準備をしましょうかねぇ」「おう」 籠から必要な物を取り出し、荷物を整えていく。 トシオはその様子を眺めながら、ふと思った。「……便利だよな、それ」「そうねぇ」「何でも入ってるし」「必要なものは入れてあるものぉ」「そりゃそうか」 二人は宿を出た。     ◇ 西方都市中央塔。 最上階。 ワードル=バイスは、一枚の古い地図を前に立っていた。 地図には、いくつもの印が残されている。 東。 西。 南。 北。 そして中央。 ワードルは、昨夜から何度も同じ場所を見つめてい
last updateLast Updated : 2026-09-29
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