All Chapters of ねえ、5分だけ付き合ってーーMorning Side: Chapter 31 - Chapter 40

65 Chapters

切手1枚、選ぶだけ

午前7時50分。月曜の朝。郵便局の前で、私は封筒を持っていた。久しぶりの手紙。正確には、友人への短いお礼状。メッセージで済ませてもいい。でも、もらった贈り物が嬉しかったので、なぜか紙に書きたくなった。窓口には40代くらいの女性局員。「普通郵便ですか?」「はい」重さを量る。「切手、通常のでいいですか? 季節の柄もありますよ」見る。小さなシートに、秋の花。コスモス。金木犀。どんぐり。「かわいい」「選べますよ」たった1枚。でも迷う。「どれが人気ですか?」「金木犀かな」「じゃあそれ以外にしようかな」局員さんが笑う。「人と違うのがいい?」「そういうわけじゃないけど、人気って言われると迷う」「分かります」「局員さんなら?」「私はどんぐり」即答。「なんで?」「丸くてかわいいから」理由が単純。私はどんぐりを見る。確かにかわいい。「じゃあ私もどんぐり」「影響されましたね」「かなり」切手を1枚出してもらう。「貼ります?」「自分で貼ります」小さな水のスポンジもあるけれど、シール式だった。便利。封筒の右上に貼る。少し曲がった。「あ」局員さんが見る。「曲がった」「大丈夫ですよ」「貼り直せない?」「無理しないほうがいいです」「じゃあこのまま?」「郵便は届きます」力強い。「これくらい曲がってても?」「ちゃんと料金分貼っ
last updateLast Updated : 2026-10-05
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そのまま、もう1歩

午前8時20分。駅近くの屋内ミニゴルフ場に入った。月曜の朝からゴルフ。自分でも少し変だと思う。でも、予定まで30分ほど空いた。カフェに入るより、何か違うことをしたかった。受付で短いクラブを借りる。コースは9ホール。人工芝。小さな坂。橋。トンネル。子ども向けかと思ったけれど、意外と難しい。1ホール目。打つ。強すぎる。ボールが壁に当たって戻ってきた。「今の、元気ですね」隣のコースから声。30代前半くらいの男性。黒いポロシャツ。彼も1人。「ボールが?」「打ち方が」「褒めてないよね」「かなり前向きに言いました」彼の番。構える。打つ。今度は弱すぎて半分までしか行かない。私は笑った。「そっちも」「慎重派です」「弱すぎ」「性格出ますね」知らない人同士で、急に勝負みたいになった。2ホール目。私が先。今度は慎重に。でも少し右。彼が言う。「もう少し左向いたほうがいいかも」「詳しいの?」「全然」「じゃあ黙ってて」「すみません」笑う。彼の番。今度は壁にぶつかって変な方向へ。「アドバイスする前に自分」「今学んでます」3ホール目で、彼が私のフォームを見る。「足、もう少し開いたほうが安定しますよ」「急に先生?」「見た感じ」「自分は?」「僕はこれから」信用できない。でも試してみる。
last updateLast Updated : 2026-10-05
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朝から味噌汁だけでも

午前7時45分。朝ごはんを食べる気力がなかった。お腹は空いている。でも、ご飯もパンも重い。そんな朝。駅前の小さな味噌汁専門カウンターが目に入った。メニューは3つ。豆腐。なめこ。豚汁。私は豆腐を選んだ。「味噌汁だけでもいいですか?」店主は70代くらいの男性。白い帽子。無表情。「もちろん」それだけ。助かる。カウンターに座る。大きめの椀。湯気。ねぎ。豆腐。一口。「ああ」声が出た。店主が見る。「熱い?」「おいしい」「ならよかった」それだけ。隣には30代くらいの女性客。彼女の前にも味噌汁だけ。目が合う。少し笑う。「私もこれだけです」「仲間」「朝、固形物無理で」「分かる」店主が聞いている。「無理なら無理でいいよ」「店主さんが言うと助かる」隣の女性が言う。「朝定食とか勧めないんですか?」「食べたい人は食べる。いらない人はいらない」シンプル。「昔は朝食べないとだめって言われましたけど」私が言うと、「人による」「それだけ?」「それだけ」気持ちいい。味噌汁をもう一口。豆腐が柔らかい。「味噌、何使ってるんですか?」隣の女性が聞く。店主が説明し始める。赤味噌と白味噌を少し混ぜているらしい。「毎日同じ?」「季節で変える」「へえ」「夏は少
last updateLast Updated : 2026-10-06
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声、もう少し近くでお願いします

午前8時20分。駅ビルのイベントスペースで、小さなラジオ番組の公開収録をやっていた。朝の情報番組らしい。通り過ぎようとしたら、スタッフに小さなカードを渡された。〈今日のひとこと募集〉テーマは、「朝に聞きたい言葉」。私は何となく書いた。〈今日はほどほどでいい〉箱に入れる。それで終わりのつもりだった。5分後。司会の男性が言った。「では次、こちら。『今日はほどほどでいい』。書いてくれた方、もしよければマイクで読んでもらえますか?」嫌な予感。スタッフがこちらを見る。逃げたい。でも周りの人も見る。私は小さく手を上げた。拍手。なんで。ステージ横のマイクへ。司会は30代前半くらい。白いシャツ。ヘッドホン。声が低くて落ち着いている。「ありがとうございます」「まさか呼ばれると思ってなくて」「みんなそう言います」「先に書いておいてください」彼が笑う。「じゃあ、この言葉をそのままお願いします」マイクを見る。近い。緊張する。「今日は……ほどほどでいい」声が小さい。司会が耳を少し近づける。「もう少しマイクに近く」1歩前。「これくらい?」「もう少し」さらに。「近い」私が言う。彼が笑う。「マイクにですよ」「分かってます」またやった。観客が少し笑う。恥ずかしい。「じゃあもう1回」司会が少し横へ来る。私の耳元に近い位置で、
last updateLast Updated : 2026-10-06
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鞄はまだ捨てなくていい

午前7時45分。バッグの持ち手が、少し裂けた。完全に切れたわけではない。でも、このまま使うのは怖い。3年くらい使っている革のバッグ。気に入っている。ただ、そろそろ寿命かな。駅前の鞄修理店が開いていたので、持ち込んだ。店主は50代くらいの男性。濃い茶色のエプロン。眼鏡。無口そう。「これ、直せますか?」バッグを渡す。彼は持ち手を曲げ、裏返し、縫い目を見る。「直せます」即答。「ほんと?」「はい」「買い替えたほうが早い?」「どっちでも」商売っ気がない。「修理だとどれくらい持ちます?」「使い方によります。でも、今よりは持ちます」現実的。「3年使ったんです」「じゃあ、よく使ってますね」「傷も多いし」「使ってるから傷むんです」言われて止まる。店主はバッグの底を見る。角が少し擦れている。「ここも補色できます」「新品みたいになる?」「なりません」また即答。「そこは頑張って」「新品にしたいなら、新品買ったほうがいいです」正しい。「修理は新品に戻す仕事じゃないので」「じゃあ何?」「使えるように戻す仕事」少し好きな言い方。私はバッグを見る。確かに、傷は嫌いじゃない。旅行にも持っていった。雨の日も使った。少し色が濃くなったところもある。「このままの傷でいいかも」「じゃあ持ち手だけ直します?」「うん」店主が見積もりを出す。思ったより手頃。「今日できます?」
last updateLast Updated : 2026-10-07
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あと1駅ぶん、話します?

午前8時05分。いつもの電車が少し混んでいた。ホームの反対側を見ると、小さな水上バス乗り場。前から気になっていた。目的地の近くまで行くらしい。次の便まで3分。私は少し迷って、改札を出た。たまには違う道でもいい。朝の水上バスは空いていた。船内には10人くらい。私はデッキへ出た。風が少し冷たい。川の上から見る街は、いつもと違う。ビルの裏側。橋の下。自転車の人。「朝、いいですよね」隣から声。30代前半くらいの男性。薄いグレーのコート。片手に紙カップのコーヒー。「よく乗るんですか?」「週1くらい」「通勤?」「気分転換」「朝から?」「朝だから」最近この答え多い気がする。彼が川を見る。「電車より遅いですけど、景色あります」「確かに」橋の下へ入る。一瞬、音が変わる。反響。抜けると、朝日。ちょっと気持ちいい。「初めて?」「はい」「じゃあ次の橋、見てください」「何があるの?」「何も」「え?」「でも下から見るときれいです」期待させない人。少しして橋が見える。確かに。鉄骨が朝日に照らされている。普段、上を通るだけ。下から見ると全然違う。「ほんとだ」「でしょう」彼が少し嬉しそう。「何で週1だけ?」「毎日だと特別じゃなくなるので」「なるほど」「あと、ちょっと高い」現実的。私は笑う。
last updateLast Updated : 2026-10-07
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1曲だけ、隣いいですか

午前7時18分。大きな駅のコンコースに、ピアノの音が響いていた。朝から珍しい。急ぐ人ばかりの時間なのに、その一角だけ妙に時間がゆっくり流れている。コーヒーを片手に歩く人も、スーツケースを引く人も、少しだけ音のほうを見る。私も足を止めた。弾いているのは、30代前半くらいの男性。白いシャツに薄いグレーのジャケット。横顔だけなら、かなり上手そうだった。でも。「あ、また」同じところで間違えた。3回目。思わず声が漏れた。彼の手が止まる。そして、こっちを見た。「今、またって言いました?」しまった。「言ってません」「言いましたよね」「気のせいです」「3回目だな、みたいな顔もしてました」顔まで見られていたらしい。彼は少し笑った。「じゃあ、どこが違うか教えてもらえます?」「どうして私が」「3回とも聞いてた人だから」逃げられない。曲は昔、習ったことがある。私はピアノの横へ行った。「ここ。左手が1音違う」鍵盤を指す。彼がもう1度弾く。また違う。「そこじゃなくて、こっち」思わず隣から手を伸ばした。「弾けるんですね」「昔ちょっとだけ」「じゃあ、1回だけ付き合ってください」「朝から知らない人と連弾?」「僕も初めてです」断る理由を考えている間に、彼が少し横へずれた。ベンチの半分が空く。「1回だけですよ」「はい」隣に座る。思ったより近い。彼が弾き始めた。私は右手の旋律だけ合わせる。最初はぎこちなかったけれど、数小節で音が重
last updateLast Updated : 2026-10-08
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朝のスープは急がない

午前7時32分。駅へ向かう途中、小さなスープスタンドの前で足が止まった。湯気が見えたからだ。朝はまだ少し冷える。丸い椅子が3つだけの店。カウンターの向こうには、60代くらいの女性がいた。「いらっしゃい。今日はかぼちゃとミネストローネ」迷う。どっちもおいしそう。「どっちがおすすめですか?」店主が私の顔を見る。「寒い日はかぼちゃ。腹が立ってる日はミネストローネ」思わず笑った。「じゃあ、かぼちゃで」「今日は平和なのね」そこまででもないけれど、そういうことにしておこう。端の席に座る。数分後、私より少し若そうな女性が入ってきた。「ミネストローネください」店主が聞く。「腹立ってる?」「かなり」即答だった。私は吹き出しそうになって、慌ててスプーンを口に入れた。彼女と目が合う。「すみません」「いえ。私も今の答え方おかしいと思ったので」店主が平然と言う。「朝から怒ってる人は、酸味あるもの食べたほうがいいの」私が聞く。「根拠あります?」「ない」また笑った。かぼちゃのスープは、とろっとして甘い。温かいものが喉を通るだけで、少しだけ体の力が抜ける。店主が小さな皿を2つ出した。ゆで卵。「サービス」「いいんですか?」「今日、仕入れすぎた」隣の女性が卵を見る。「私、半熟苦手なんです」「これは固ゆで」「なら好きです」さっきまで少し険しかった顔が緩む。ゆで卵1個で機嫌が変わるなら、それはかなりいいことだと思う。「朝ごはん、い
last updateLast Updated : 2026-10-08
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5分だけ、腕ください

午前7時30分。駅前の小さな時計修理店が、もう開いていた。腕時計が昨日から少し緩い。時間は合っている。壊れてもいない。でも、歩くたび手首でくるくる回る。地味に気になる。店へ入る。「ベルト調整できますか?」奥から男性が出てきた。30代後半くらい。黒いシャツ。細いフレームの眼鏡。手には小さなドライバー。「できますよ。5分くらい」「お願いします」時計を外そうとする。金具を押す。開かない。もう1回。だめ。彼が少し見ている。「固いですか?」「今日は機嫌悪いみたいです」「時計が?」「たぶん」彼が手を差し出す。「腕、貸してください」その言い方に、一瞬止まる。「時計だけじゃなく?」「時計が腕についてるので」当然だった。私は左腕を出した。彼が手首を取る。指が思ったより温かい。「ちょっときつい?」「最近逆に緩くて」「手首細くなりました?」「どうだろう」彼が時計と肌の間に指を入れる。「かなり余ってますね」少しくすぐったい。「動かないでください」「はい」低い声で言われると、なぜか素直に止まる。金具を外す。時計を取ったあとも、彼は私の手首を見ていた。「赤くなってますね」「どこ?」親指で軽く触れる。「ここ」ほんの少し。それだけなのに、そこだけ意識する。「時計の跡
last updateLast Updated : 2026-10-09
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次の停留所まで

金曜の朝7時45分。珍しく路面電車に乗った。地下鉄より遅い。バスより少し揺れる。でも今日は、いつもより5分だけ時間がある。窓側の席に座る。向かいには、小学生くらいの男の子と70代くらいの女性。おばあちゃんと孫らしい。男の子はずっと窓の外を見ている。発車して数分。突然。「あ!」大きな声。車内の人が少し振り向く。「富士山!」全員がつられて窓を見る。私も見る。でも。見えたのは、白い高層マンションだった。おばあちゃんが静かに言う。「あれはマンション」男の子が黙る。3秒。「じゃあ、あの雲!」「それは雲」「富士山どこ?」「今日は見えないねえ」車内の何人かが笑った。男の子は不満そう。「昨日テレビで見えたのに」「テレビは静岡だったでしょ」「東京にもあると思った」大胆だ。次の停留所で、少し人が降りる。窓の向こうに小さな公園。桜の木が1本だけ咲き始めていた。男の子がまた言う。「あ!」今度は誰もすぐ見ない。さっき騙されたから。「桜!」おばあちゃんが窓を見る。「今度は本物」男の子が得意そうな顔をした。私も窓を見る。枝の先に、淡いピンク。本当に少しだけ。「1番咲いてる!」男の子が言う。思わず私も、「ほんとだ」と言った。男の子がこちらを見る。「お姉さんも見た?」
last updateLast Updated : 2026-10-09
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