午前7時55分。図書館の返却ポストの前で、私は1冊の本を持ったまま立っていた。返却期限は今日。返せばいい。それだけなのに、少し惜しい。短いエッセイ集。全部読んだ。気に入ったページには付箋まで貼った。もちろん、付箋は全部外した。借りた本だから。「返さないんですか?」後ろから声がした。振り向く。60代くらいの女性。布のトートバッグに本が3冊。「返します」「今、かなり迷ってた」「気に入って」「じゃあまた借りればいいじゃない」簡単に言われる。「でも、次いつ借りられるか」「予約すれば?」「そこまででもない気もして」自分でも面倒だと思う。女性が笑う。「好きなのに、そこまででもないの?」「買うほどではないけど、返すとちょっと寂しい」「分かる」意外と分かってくれた。彼女もポストへ1冊ずつ入れる。すとん。すとん。最後の1冊だけ止まる。「あれ?」今度は私が見る。「そちらも?」「これは途中までしか読んでないの」「延長すれば?」「予約入ってるみたい」「じゃあ返さないと」「分かってる」お互い様だった。2人で本を持ったまま立つ。朝から何をしているんだろう。図書館はまだ開館前。返却ポストだけ使える。女性が本の表紙を撫でる。「昔はね、読み終わらないと返すの悔しかったの」「今は?」「途中でも返す」「もったいなくない?」「読みたいところまで読んだなら、それでいい本もあるよ」少し驚
Last Updated : 2026-10-21 Read more