All Chapters of 完璧社長の過剰な執着~隠れ優秀秘書は、二人のハイスペに奪い尽くされる~: Chapter 11 - Chapter 20

68 Chapters

第11話

都心の超高級ホテルのグランドボールルーム。眩いシャンデリアの光が注ぐ会場には、政財界の重鎮や大企業の幹部たちが集い、華やかな歓談の声が響き渡っていた。「鷹司副社長、お見えになりました」ドアマンの案内とともに葵が会場へ足を踏み入れると、一瞬で周囲の視線が集まった。完璧なタキシードを纏った葵の美貌と圧巻のオーラ。そして、その腕にそっと手を添える紬の姿に、会場からどよめきが起こる。仕立ての良いミッドナイトブルーのドレスに身を包み、メガネを外した紬は、誰もが息をのむほど洗練された美しさを放っていた。「あの方、鷹司副社長のお連れの方……?」「なんて綺麗な人……」ひそひそと交わされる感嘆の声。紬は緊張で身体をこわばらせていたが、葵がそっと彼女の手を強く握りしめた。「堂々としていろ。今夜のお前は、会場のどの女よりも美しい」「あ、葵さん……っ」耳元で囁かれた甘い言葉に、紬の頬がカッと熱くなる。葵は周囲に見せつけるように紬の腰へ手を回すと、エスコートしながら会場の奥へと進んだ。だが、その平穏は長くは続かなかった。「やあ、素晴らしい夜だね。……そして、想像以上の美しさだ、紬さん」グラスを片手に現れたのは、神楽蓮だった。漆黒のタキシードに身を包んだ蓮は、胸元を少し崩し、妖艶な笑みを浮かべている。蓮の視線が紬の素顔とドレス姿に注がれると、その瞳がギラリと危険な色に光った。「蓮。お前と交わす言葉はない」葵が即座に紬をかばうように前に出る。しかし、蓮は余裕の笑みを崩さず、葵の脇をすり抜けて紬へと一歩近づいた。「冷たいな、葵。僕は今夜、素晴らしいニュースを持ってきたんだよ」蓮はポケットから一枚の名刺を取り出し、紬の目の前に提示した。「紬さん。君が以前手掛けた国際財務プロジェクトの論文……拝見したよ。実に素晴らしい分析力だ。我が神楽グループでは、君のような本物の才能を求めている。葵の影に隠れているのは勿体ない。……僕の専属アドバイザーとして、僕の元に来ないか?」「え……っ!?」過去の功績を見抜かれていたことに、紬は息をのんだ。蓮の提案は引き抜きであり、同時に紬の隠された才能を正当に評価する言葉でもあった。「断る。彼女は俺の秘書だ」葵の低く殺気立った声が響く。葵の周囲の空気が凍りつき、周囲の歓談がピタリと止まった。だが、蓮はくすりと笑
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第12話

「紬はどこにも行かない。――俺の愛する女性を、貴様などに渡すと思うか?」静まり返るグランドボールルーム。葵が放った堂々たる宣言は、会場にいた政財界の重鎮たちの間に波紋のように広がっていった。「いま……『愛する女性』とおっしゃいましたか?」「あの鷹司副社長が……女性に対してあんな感情露わにするなんて……」ひそひそと交わされる動揺と驚愕の声。当事者である紬自身、あまりの衝撃に心臓が止まるかと思った。背中に回された葵の手から伝わる熱と強情なほどの力が、これが夢ではないことを告げている。「……くすっ、ハハハ!」沈黙を破ったのは、神楽蓮の低く楽しげな笑い声だった。蓮は手にしていたグラスを近くの給仕のトレーに置くと、不敵な笑みを深めて葵を見据えた。「これは驚いたな。冷徹無比で知られる鷹司グループの次期社長が、公の場で感情を爆発させるなんて。……だが葵、言葉で縛り付けようとすればするほど、彼女の才能は息苦しさを感じるんじゃないか?」「くだらん屁理屈を並べるな。彼女の才能を一番理解し、真価を発揮させられるのは俺だ」「どうかな。……紬さん、僕の申し出はいつでも有効だ。葵の嫉妬心に押し潰されそうになったら、いつでも僕の元においで」蓮はそう言い捨てると、紬に向かって妖しくウィンクをし、優雅な足取りで人ごみの中へと消えて行った。「……行くぞ」葵は蓮の背中を睨みつけたまま、紬の手首を強く掴むと、周囲の視線も構わずにパーティー会場を後にした。ホテルの車寄せに横付けされた、漆黒の高級外車。後部座席に押し込まれるように乗せられると、ドアが重厚な音を立てて閉まった。続いて葵が隣に乗り込み、車は雨の降る夜の高速道路へと滑り出す。車内には運転手との間にプライバシーガラスが上がっており、後部座席は二人きりの完全な密室となっていた。静寂の中で、葵の荒い呼吸だけが響いている。「あ……葵さん……っ。さっきのお言葉は、ちょっとやりすぎです……! あんな公の場で『愛する女性』だなんて言ったら、明日から社内でどんな噂が立つか……」パニックになりながら訴える紬の言葉を、葵は冷たい手で遮った。葵の手が紬の顎を強く掴み、自分の方へと力任せに向かせる。前髪の隙間から覗く葵の黒瞳は、これまで見たこともないほど暗く、激しい嫉妬の炎が渦巻いていた。「……噂などどうでもいい。あい
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第13話

タワーマンションの地下駐車場から専用エレベーターに乗り込むまでの間も、葵の手が紬の腰から離れることはなかった。重厚な玄関のドアが閉まった瞬間、カチャリと施錠される音が静かな空間に響く。靴を脱ぐ間さえ惜しむように、葵は紬の腕を引っ張り、そのままリビングのソファーへと押し倒した。「あ……葵さん……っ」「『お仕置きが必要だ』と言ったはずだ」上から覆いかぶさる葵の身体。タキシードのジャケットが床に滑り落ち、黒いシャツの胸元が乱れる。前髪の隙間から覗く葵の黒瞳には、車内で見せていた激しい嫉妬の残り火が揺らめいていた。葵の長い指先が、紬のドレスの背中にあるジッパーをゆっくりと滑り降ろしていく。すうっと冷たい空気に晒される素肌。それと入れ替わるように、葵の熱い手のひらが紬の腰筋を優しく、けれど逃がさない強さで撫で上げた。「あっ……!」「神楽蓮の言葉に揺れたか?」「揺れていません……っ! 私は、葵さんの秘書として……葵さんのそばにいたいって、さっきも……」「言葉だけでは足りない」葵の低く掠れた声が耳朶を刺激する。そのまま首筋から鎖骨へ、そしてドレスがはだけた胸元へと、葵の温かい唇が吸い付くように落ちていく。「あ……っ、んふ……葵、さん……っ」首筋に残る甘い痺れと痛み。何度も何度も、自分が葵のものであると刻み込むような激しい口づけ。紬は背筋を丸め、葵の乱れたシャツの肩口を細い指で必死に掴みしめることしかできなかった。「俺だけのものだ、紬。……誰にも触れさせない。才能も、その身体も、すべて俺に捧げろ」「はい……っ、葵さん……っ」甘く重い独占愛の渦に飲み込まれ、紬は夜が更けるまで、葵の激しい情熱にどこまでも身を委ねていった――。翌朝。カーテン越しに柔らかな差し込む光で目を覚ますと、全身を心地よい疲労感と熱っぽさが包んでいた。「ん……」小さく身を縮めると、背後から力強い腕が回され、すっぽりと葵の胸の中に引き寄せられた。「……起きたか」耳元で響く、低く甘い寝起き声。葵は紬の髪に優しく顔を埋めると、愛おしそうに幾度も唇を落とした。「あ、葵さん……朝です、会社に行かないと……」「今日は休め。……昨日あれだけお前を突き崩したんだ。身体が重いだろう」「えっ!? で、ですが、秘書としての仕事が……!」慌てて起き上がろうとする紬の肩を
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第14話

「……はい、出来たぞ。食べられるか?」葵が運んできたトレーには、丁寧に作られたフレンチトーストと、湯気が立つ淹れたての紅茶が載っていた。完璧なスーツ姿ではなく、グレーのニットを着た葵の無防備な姿に、紬の胸はキュッと小さく高鳴る。「あ、ありがとうございます……! 私が作らなきゃいけないのに、副社長に作らせてしまって……」「ここでは『葵』だと言っているだろう。それに、お前はまだ体に力が入らないはずだ」葵はベッドの縁に腰掛けると、フォークで一口大に切ったフレンチトーストを紬の口元へと運んだ。「あ……自分、自分で食べられますっ!」「ダメだ。お仕置きの後のケアも俺の仕事だ。……ほら、口を開けろ」至近距離で見つめられ、逃げ場を失った紬は、顔を真っ赤にしながら小さく口を開けた。甘い卵とバターの香りが口いっぱいに広がる。「……美味しいです」「そうか。お前が美味そうに食べる顔が見られたなら、早起きした甲斐があった」葵の口元が優しく緩む。社内では決して見せない、紬だけに注がれる甘く過保護な眼差し。紬は胸の奥がじんわりと熱くなり、昨日までの不安や緊張が溶けていくのを感じていた。葵は紬の頭を撫でると、彼女の隣に潜り込み、引き寄せるように強く抱きすくめた。「葵……さん……?」「しばらくこうしていろ。……お前を抱きしめていると、心が落ち着く」「あ……はい……」葵の胸に顔を埋めると、心地よい体温とウッディの香りが身体を満たしていく。二人は静かな午後を、誰にも邪魔されない甘い時間の中で過ごした。しかし、その穏やかな時間の裏で、暗雲が着実に立ち込めていた。都心にある高級ホテルのラウンジ。神楽蓮は、ワイングラスを傾けながら、対面に座る男――鷹司グループの取締役である常務・陣内(じんない)を見下ろしていた。陣内は、以前から葵の若き副社長就任を快く思っていない社内反対派の筆頭だった。「神楽常務……わざわざお呼び出しとは、何の用ですかな?」「単刀直入に言いましょう、陣内常務。……葵を副社長の座から引きずり下ろす準備が整いました」蓮は不敵な笑みを浮かべ、テーブルの上に一束の資料を滑らせた。「これは……?」「藤咲紬の過去の経歴です。彼女は数年前、前職の金融機関で極秘のプロジェクト漏洩疑惑をかけられ、事実上追放された経歴がある。……まあ、実際は上司になす
last updateLast Updated : 2026-09-18
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第15話

甘やかな休日が明け、再び日常が動き出した。副社長室の秘書デスクで、紬はいつもの地味なスーツと丸メガネを身につけ、真剣な眼差しでパソコンに向かっていた。葵さんの足を引っ張るわけにはいかない……。秘書として、もっと完璧にサポートしなきゃ。葵と過ごした甘い夜や過保護な態度の余韻が胸をかすめるたび、頬が熱くなる。だが、一歩仕事に入れば葵は完璧な「副社長」であり、紬もまたプロとしてその信頼に応えようとしていた。デスク越しに視線が合うと、葵が誰にも見えない位置で、微かに口元を緩める。二人だけの秘密の合図。それだけで紬の胸は温かさで満たされた。――しかし、その平和は午後からの緊急役員会議によって一瞬で打ち砕かれる。「――副社長! 大変です!」青ざめた顔で副社長室へ駆け込んできたのは、情報システム部の部長だった。「来月発表予定の我が社の目玉プロジェクト『次世代エネルギー開発』の入札見積もりデータが、競合である神楽グループに漏洩しています!」「何だと……!?」葵の表情が氷のように冷たく引き締まる。「システムのアクセスログを解析したところ……昨夜未明、副社長室の端末から、藤咲秘書のアカウントを使ってデータが外部へ送信されていました!」「っ……!? 私が……!?」紬の頭の中が真っ白になった。手足の血の気が引き、視界がぐらりと揺れる。「そんな……私、昨夜は一切システムにアクセスしていません! 何かの間違いです!」「とぼけるな!」怒号とともに副社長室へ足を踏み入れたのは、社内反対派の筆頭である陣内常務だった。後ろには数人の役員が控えている。「藤咲紬! 君の前職での経歴は調べてあるぞ! 数年前にもプロジェクトのデータ漏洩に関与し、事実上解雇されたそうじゃないか! 葵副社長、こんな過去のある女を独断で専属秘書にし、機密情報に触れさせていたとは……貴方の管理責任は免れませんぞ!」「……っ!」過去のトラウマ。冤罪だと分かっていても誰にも信じてもらえず、冷たい視線に晒されたあの恐怖が、津波のように紬の心へ押し寄せる。また……私だ。私が前に出ると、周囲を巻き込んでトラブルになる……。葵さんまで私のせいで……!震えが止まらず、紬が恐怖で瞳を伏せた、その時――。「口を慎め、陣内常務」静かだが、部屋全体を威圧する圧倒的な低温の声が響いた。葵が執
last updateLast Updated : 2026-09-18
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第16話

「泣くな、紬。お前の涙は、俺の前以外で流す必要はない」誰もいなくなった副社長室で、葵の長くて温かい指先が紬の頬に伝う涙をそっと拭った。冷たい疑惑と恐怖に晒され、縮こまっていた紬の心が、葵の力強い温もりに解きほぐされていく。「……葵さん、申し訳ありません。私の過去のせいで、副社長である葵さんまで巻き込んでしまって……」「何度言わせる気だ。お前が謝る必要などどこにもない。……それに」葵は紬の丸メガネをそっと外し、瞳を覗き込んだ。「お前は俺の専属秘書だ。お前の潔白を証明し、お前を陥れようとした奴らを叩き潰すのは、俺の義務であり権利だ」絶対的な肯定。孤独だった過去のトラウマを、葵の言葉が一つずつ上書きしていく。紬は強く頷き、涙を拭った。「私、逃げません。葵さんと一緒に、真犯人を突き止めます……! 私にも、何か調べさせてください!」「ふ……いい顔になったな」葵の口元が優しく緩んだ。反撃の第一歩として、二人は密かに漏洩したとされるログの解析を始めた。紬の本来の才能である、圧倒的な情報処理能力と財務データの洞察力が発揮される。紬はシステム部に残された数か月分のアクセス履歴と、社内ネットワークのトラフィックデータを並べ、不自然な点を探し出した。「葵さん、見てください。データが送信されたとされる昨夜未明、私のIDが使われていますが……同時に、別のアカウントで総務部のバックドアがアクセスされています」「総務部か。……陣内常務の直属の部下が所属している場所だな」「はい。さらに、このアクセス元のIPアドレス……社内端末ではなく、外部の仮想プロキシを経由しています。私の端末のIDとパスワードが、何者かによって事前に盗み出され、なりすましに使われた可能性が極めて高いです」「完璧だ、紬」葵は紬の頭を愛おしそうに撫でた。「お前のその圧倒的な分析力……やはり俺の目に狂いはなかった。犯人は社内の人間に成りすまし、お前に濡れ衣を着せようとしたわけだ」「はい。そして、このプロキシサーバーの暗号化形式……以前、神楽グループ関連のセキュリティレポートで見かけた特徴と一致します」陰謀の糸口が見えた。社内反対派の陣内常務と、競合他社の神楽蓮。二人が手を組み、紬を冤罪に嵌めることで、葵の管理責任を追及しようとした証拠だ。「よし。今夜、奴らが決定的な証拠を消去しよ
last updateLast Updated : 2026-09-19
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第17話

激動の役員会議が終わり、社内を揺るがした騒動はひとまずの収束を見せた。夕闇が街を包み込み、オフィス街の灯りがひとつ、またひとつと点り始める。嵐のような一日を終えた副社長室には、落ち着いた静寂が戻っていた。「……ふぅ……」デスクの書類を整理し終えた紬は、小さく息を吐いた。緊張の糸がほどけた途端、体の奥からじわじわと疲労感が押し寄せてくる。本当に……終わったんだ……。自分の過去のトラウマが蘇り、絶望の縁に立たされた数日間。もし葵が自分を信じてくれなかったら、今頃自分はどうなっていただろう。そう思うだけで、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。「疲れただろう」静かな声とともに、葵が淹れたての温かいハーブティーのカップを紬のデスクに置いた。湯気とともに、心地よいカモミールの香りが空間に広がる。「あ……葵さん。ありがとうございます。自分で淹れますのに……」「いいから飲め。今日は一日中、神経をすり減らしていたはずだ」葵は紬の隣に置かれた一人がけのレザーチェアに腰を下ろし、長脚を組んだ。スーツのジャケットを脱ぎ、スラックスに白シャツという少し崩した姿。社内の人間が見れば驚くようなリラックスした雰囲気に、紬の緊張もふっと和らいでいく。紬はカップを両手で包み込み、温かさを噛みしめるように一口口に含んだ。「……美味しいです。すごく、心が落ち着きます」「そうか。お前の顔に、少し赤みが戻ったな」葵の眼差しは、どこまでも優しく、温かい。紬はその視線から逃げるように、小さく視線を落とした。「私……本当に怖かったんです。また昔みたいに、誰にも信じてもらえないんじゃないかって。私のせいで、葵さんの立場まで悪くなってしまうんじゃないかって……」ぽつりぽつりと漏れ出す、偽りのない本音。自分を守るために固く閉ざしていた心の扉が、葵の前では素直に開いてしまう。葵は静かに立ち上がると、紬のデスクの脇に歩み寄り、彼女の手からそっとカップを取り上げてサイドテーブルに置いた。「あっ……」驚く紬の腕を優しく引き上げ、そのまま自分の胸の中へと抱き寄せた。すっぽりと収まる、いつもの温もり。葵の力強い鼓動が、紬の耳元で一定の刻みを打っている。「言ったはずだ。俺はお前を信じると」「はい……」「お前はもう一人じゃない。どれほど巧妙な罠を仕掛けられようと、俺がお前を
last updateLast Updated : 2026-09-19
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第18話

地下駐車場からプライベートエレベーターに乗り込み、最上階の自邸へと戻ってきた二人。静かな電子音とともに重厚なドアが開くと、静寂と都心の夜景が広がっていた。数前までの殺伐とした役員会議や疑惑の渦が、まるで遠い出来事だったかのように思えるほど、室内には落ち着いた時間が流れている。「……先に風呂に入れ。着替えはいつものを用意してある」葵はジャケットを脱いでソファの背もたれにかけると、紬の頭をぽんぽんと優しく撫でた。「あ、はい……ありがとうございます」促されるままバスルームへ向かい、温かいお湯に身を沈める。たっぷりとした泡と湯気が全身を包み込み、この数日間で体に溜まっていた緊張と疲労が、じんわりと湯の中に溶け出していくようだった。本当に……守られたんだ……。お湯に浮かぶ自分の両手を見つめながら、紬は小さく息を吐いた。過去のトラウマに囚われ、誰も信じられなくなっていた自分。そんな自分を、葵は「俺が信じるのは証拠ではなく彼女自身だ」と言い切り、堂々と庇ってくれた。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるほど愛おしさで満たされていく。お風呂から上がり、葵から借りたダボついたトレーナーに袖を通してリビングへ戻ると、葵がグラスを片手に夜景を眺めていた。黒いシャツの胸元が少し寛げられており、大人の色気が漂っている。「……上がりました」葵がゆっくりと振り返り、紬の姿を捉える。湯上がりでほんのり頬を赤くし、髪から甘い香りを漂わせている紬を見つめる葵の黒瞳が、静かに深さを増した。「こっちに来い」葵がソファを軽く叩いて促す。紬がおそるおそる隣に腰を下ろすと、葵は迷いなく長い腕を伸ばし、紬の身体をすっぽりと自分の胸元へと引き寄せた。「葵……さん……?」「『葵』でいいと言っているだろう」頭上から降ってくる低い声。葵の手が紬の少し濡れた髪にそっと触れ、丁寧な手つきで乾かしていく。その指先の優しさに、紬はうっとりと目を細めた。「……今日は、本当にありがとうございました。葵さんがいなかったら、私……」「何度もお前に感謝されると、調子が狂う」葵は髪から手を離すと、紬の顎をすっと掬い上げ、至近距離で瞳を覗き込んできた。「俺がお前を守るのは、俺がそうしたいからだ。お前はただ、俺の傍で笑っていればいい」「葵……」名前を呼んだ瞬間、葵の薄い唇が紬の唇に重なった
last updateLast Updated : 2026-09-19
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第19話

トントン、とリズム良くまな板を叩く包丁の音が、静かなキッチンの空間に心地よく響く。手際よく出汁を取り、みそ汁の湯気を立てながら、紬は小さく玉子焼きのフライパンを返した。ふんわりと焼き上がる黄色い玉子。サイドボードには、香ばしく焼けたサケと、小さく盛り付けられた季節の小鉢が並んでいる。葵さん、喜んでくれるかな……。昨朝は葵がフレンチトーストを作ってくれた。今朝はそのお返しとして、自分の得意な和朝食を用意しようと腕を振るっていたのだ。エプロンの紐をキュッと結び直し、お椀にお味噌汁を注ごうとしたその時、背後からスッと伸びてきた温かい腕に腰を包み込まれた。「っ……! あ、葵さん……!」「……いい匂いがする」まだ低く掠れた寝起き声。葵は紬の肩に顎を乗せ、後ろからすっぽりと彼女の身体を抱きすくめた。寝癖の少し残った前髪が紬の首筋に触れ、くすぐったさに身を縮める。「起こしちゃいましたか? もうすぐ準備が整いますので、座っていてください」「嫌だ。もう少しこうしている」葵は紬の首筋にそっと唇を押し当てると、そのままじっと紬の手元を見つめた。「お前が俺のキッチンで、俺のために朝食を作っている……悪くない眺めだ」「もう……お味噌汁が冷めちゃいますから……っ」顔を真っ赤にしながら照れる紬を見て、葵は満足そうに口元を緩めると、名残惜しそうに腕を解いてダイニングテーブルの席についた。手際よく並べられた和朝食を前に、葵は少し意外そうな表情を浮かべた。「お前の手料理か」「はい……あまり豪勢なものは作れませんが、お口に合えば……」葵が箸を伸ばし、玉子焼きを一口口に運ぶ。ほんの少しの静寂の後、葵の黒瞳が柔らかく細められた。「……美味い」「本当ですか……!?」「出汁が効いていて、優しい味がする。……毎日でも食べたいくらいだ」「毎日だなんて……そんな……」恥ずかしさで俯く紬だったが、胸の奥は溢れんばかりの幸福感でいっぱいになっていた。社内での冷徹な「副社長」ではなく、ただの「一人の男性」として自分に向き合ってくれる葵。事件を乗り越えたことで、二人の間には確かな絆と、穏やかな信頼が生まれつつあった。数時間後。鷹司グループ本社・副社長室。二人はいつものように秘書と副社長の顔に戻り、滞りなく業務を進めていた。陣内常務らの解任により、社内の過激
last updateLast Updated : 2026-09-20
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第20話

午後の柔らかな光が差し込む副社長室。紬はパソコンの画面に向かいながら、ふと胸の奥に引っかかるような奇妙な胸騒ぎを覚えていた。何だろう……この嫌な感じ……。陣内常務たちの不正が暴かれ、社内の雰囲気は以前よりも一層クリーンになったはずだった。秘書としての業務もスムーズに進み、何一つ問題はない。それなのに、指先が時折冷たくなり、背筋を小さな悪寒が撫でていくような感覚が消えない。「……紬」静かな声にハッとして顔を上げると、葵が執務デスク越しに自分を見つめていた。眉間にわずかな皺を寄せ、微かに懸念を孕んだ黒瞳。「あ……葵さん。どうされましたか?」「こちらの台詞だ。顔色が悪いぞ。どこか具合でも悪いのか」「いえ、そんなことは……! ちょっと考え事をしていただけです」慌てて首を振る紬だったが、葵の鋭い眼差しをごまかすことはできなかった。葵はすっと立ち上がると、足音もなく紬のデスクへと歩み寄り、彼女の小さく震える手を上からそっと包み込んだ。「嘘をつくな。……手が冷えている」大きな手のひらから伝わる圧倒的な熱。それだけで、紬の心の中に渦巻いていた得体の知れない不安が少しずつ溶けていく。「葵さん……」「お前は昔から、不安になると無意識に自分の右手首を掴む癖がある」「え……っ」指摘されて初めて、自分が左手で右の手首をキュッと握りしめていたことに気づく。「……俺に隠し事は許さんと言ったはずだ。何か気になることでもあるのか」「……いえ。具体的に何かがあったわけではないんです。ただ……過去の冤罪事件のことが解決したはずなのに、なんだか胸のざわめきが収まらなくて……」ぽつりと漏らした言葉に、葵の表情が一瞬で険しくなった。葵は紬の手を強めに引き寄せると、そのまま彼女を自らの胸元へと包み込んだ。「……過去の影など、二度とお前に触れさせはしない。何が起きようと、俺がお前の前に立ち続ける」「葵さん……」耳元で響く絶対的な宣言。だが、葵自身も感じていた。神楽蓮という男が、このまま大人しく身を引くはずがないということを。陣内常務の残したデータの中に、まだ解読できていない暗号化ファイルが残されていたことが、葵の胸にも小さな懸念の種として落ちていたのだ。葵は紬の華奢な背中に回した腕に、さらにぐっと力を込めた。「今夜も俺の家へ来い。……一秒たりともお
last updateLast Updated : 2026-09-20
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