All Chapters of 完璧社長の過剰な執着~隠れ優秀秘書は、二人のハイスペに奪い尽くされる~: Chapter 21 - Chapter 30

68 Chapters

第21話

秋の気配が深まる都心の夕暮れ。ガラス張りのカフェテラスで、紬は目の前に置かれた手帳を見つめたまま、凍りついたように動けなくなっていた。「……久しぶりだな、藤咲」低く不躾な声が、耳奥を汚すように響く。そこに立っていたのは、かつて紬が勤めていた金融機関の元上司――相沢だった。数年前、紬にプロジェクト漏洩の濡れ衣を着せ、彼女の尊厳もキャリアもすべて奪い去った真の首謀者。「あ……相沢……さん……」血の気が引き、紬の視界がぐらりと歪む。忘れようと必死に蓋をしてきた過去の絶望と恐怖が、津波となって押し寄せてきた。指先が激しく震え、呼吸が浅くなる。相沢は薄汚い笑みを浮かべながら、紬の向かいの席へと強引に腰を下ろした。「相変わらず地味で冴えない顔をしてるな。だが……噂によると、今は鷹司グループの副社長に取り入っているそうだじゃないか。大層な出世だな?」「違います……! 私はただ、秘書として……」「白々しい。お前が昔やってくれた『データの切り売り』の技術でも買われたのか? それとも、あの顔で男を唆したのか?」「違っ……私はそんなこと……っ!」声を出して否定したいのに、過去のトラウマで喉がキュッと絞まり、言葉が続かない。周囲のカフェの客たちの視線が自分に向けられているような錯覚に囚われ、紬は小さく体を丸めた。「お前がどれだけ否定しようと、あの時の証拠はまだ俺の手元にある。鷹司副社長にバラされたくなければ――」相沢が紬の腕を強引に掴もうと、薄暗い手を伸ばした――その瞬間。「――その汚い手を離せ」氷点下を遥かに下回る、圧倒的な低温の声がカフェの空間を切り裂いた。「なっ……!?」相沢の手首が、強い力で掴み上げられる。 振り返った相沢の顔が、恐怖で一瞬にして蒼白になった。そこに立っていたのは、漆黒のスーツを隙なく着こなし、全身から冷酷な殺気を滾らせた鷹司葵だった。「あ……葵副社長……!?」「俺の女に、許可なく触れるなと言っている」葵の指にぐっと力が込められ、相沢の口から「ひっ……!」と悲鳴が漏れた。葵はそのまま相沢の手首を投げ捨てるように振り払うと、背後に立ち尽くす紬の華奢な肩を、抱き寄せた。「葵……さん……っ」「遅くなってすまん、紬」葵の手が、震える紬の背中を優しく、力強く撫で上げる。その手の温もりを感じた瞬間、紬の目からボロボロ
last updateLast Updated : 2026-09-21
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第22話

相沢が逃げ去った夜。葵の自邸の広いリビングには、静かで穏やかな時間が戻っていた。バルコニーから吹き込む秋の夜風が、レースのカーテンを静かに揺らしている。紬は温かい紅茶の入ったカップを両手で抱えながら、ソファの隣に座る葵の横顔をそっと見つめていた。いつも自分を守り、包み込んでくれる圧倒的な存在。かつての自分なら、相沢の登場に怯えてただ涙を流し、誰かの陰に隠れることしかできなかっただろう。でも……今の私は、葵さんの秘書で……葵さんの愛する人なんだ。守られるだけの存在でいたくない。葵の隣に胸を張って立つために、自分も強くなりたい。胸の奥で静かに燃え上がった決意の芽が、紬の瞳に確かな光を宿していく。「……葵さん」「なんだ?」葵がゆっくりと顔を向け、紬の髪を愛おしそうに指先ですくった。「相沢さんの件……そして裏で糸を引いている神楽常務の件、私にも一緒に戦わせてさせてください」紬の真っ直ぐな言葉に、葵は少し驚いたように黒瞳を見開いた。「お前が戦う必要はない。お前は俺の背中に隠れていればいいと言ったはずだ」「いいえ。……今までずっと、過去から逃げてばかりでした。目立たないように、波風を立てないようにって……自分を殺して隠れていました。でも、それじゃあ葵さんの隣にいる資格がありません」紬は葵の手をぎゅっと両手で包み込んだ。「相沢さんが持っていた金融機関の極秘データ……当時の私には解析しきれなかった部分もありますが、今の私なら、どこに不正の証拠が隠されているか見抜けます。神楽常務が相沢さんを使って何を狙っているのかも……絶対に突き止めてみせます」逃げずに自分の過去と向き合うという宣告。葵はしばらく無言で紬を見つめていたが、やがてその口元が、誇らしげで甘い笑みに緩んだ。「……たく、生意気になったな。俺の教え方が良すぎるせいか」「あ、葵さん……っ」葵は紬の手を引っ張り、そのまま膝の上へと抱き上げた。隙間なく密着する体温。葵の顔が至近距離まで迫り、低く甘い声が紬の耳朶をくすぐる。「いいだろう。お前の力を貸してもらう。……だが、条件がある」「条件……ですか?」「無理をして倒れるような真似は許さん。そして……どんな時も、俺の視界から外れるな。お前に万が一のことがあれば、俺は世界を敵に回してでも正気を保てなくなる」重すぎるほどの愛と執着。
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第23話

秋晴れの空の下、都内最高級ホテルのコンベンションホールには、内外の報道陣や政財界の重要人物が詰めかけていた。鷹司グループの命運を賭けた『次世代エネルギー開発』における、欧州最大手エネルギー企業「アルヴァ・グループ」との共同事業調印式。壇上の前列には、仕立ての良いタキシードを纏った葵が、圧倒的な威厳とオーラを放ちながら座っていた。そのすぐ斜め後方には、いつも通りビシッとスーツを着こなし、書類を手にした紬が控えている。大丈夫……何度も確認した。葵さんの足を引っ張るようなミスは絶対にない。胸に手を当て、深く息を吸い込む紬。葵が微かに振り返り、紬だけにわかるように優しく目を細めた。その一瞬の目配せだけで、紬の心の中の不安は消え去り、澄み渡るような集中力が満ちていく。しかし、調印式が滞りなく進行し、両社の代表が契約書へサインを交わそうとしたその瞬間――。バタン、と会場の扉が大きく開かれた。「――待っていただこうか!」会場にどよめきが広がる。現れたのは、不敵な笑みを浮かべた神楽蓮だった。蓮はフラッシュを浴びながら堂々と壇上へ歩み寄ると、手にしたタブレットをアルヴァ・グループの代表役員に見せつけた。「アルヴァ社の皆さん、騙されてはいけません。鷹司グループが提示しているその技術特許……実は我が神楽グループが先行して国際特許を出願しているものです。もし今サインをすれば、貴社も特許侵害の巨額な損害賠償に巻き込まれることになりますよ」会場が騒然となる。記者たちのフラッシュが激しさを増し、アルヴァ社の幹部たちが顔を見合わせて困惑の声を上げた。「これはどういうことだ、鷹司副社長……!?」陣内常務経由で事前に契約書類のドラフトを入手していた蓮が、微細な技術記述の隙を突き、先手を打って特許の「二重出願」という嫌疑をかけてきたのだ。「フフ……どうした葵? 弁明もできないのか?」蓮が勝利を確信し、妖しく口元を歪めたその時――。「……違います」静かだが、凛とした通る声がマイクを通じて会場に響いた。 一歩前に出たのは、秘書である紬だった。「な……紬さん?」蓮が眉をひそめる。紬はメガネの奥の瞳を強く光らせると、手元のタブレットから会場の大スクリーンへ、即座に詳細な財務・技術比較データを投影した。「神楽常務がおっしゃる特許出願データ……確かに技術名称は酷似し
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第24話

調印式を巡る大波乱から数日。社内では神楽グループの不正や相沢の逮捕、そして新プロジェクトの正式始動のニュースが駆け巡っていた。しかし、当事者である二人がいる副社長室には、かつてないほど穏やかで甘やかな空気が流れている。「……副社長、本日の午後のスケジュールの確認です」デスクの前に立ち、書類を読み上げる紬。地味なスーツに丸メガネといういつものスタイルだが、その表情には以前のようなおどおどした影はなく、自信と充足感に満ちた柔らかな微笑みが浮かんでいた。葵は執務の手を止め、肘をついて紬をじっと見つめている。前髪の隙間から覗く黒瞳には、隠しきれない愛おしさが揺らめいていた。「……紬」「はい、何でしょうか?」「仕事の話は終わりだ。……こっちへ来い」葵が手招きする。紬が少し頬を染めながら執務デスクの横へ歩み寄ると、葵は迷いなく彼女の細い腰を引き寄せ、自分の膝の上にちょこんと座らせた。「あっ……葵さん、ここはオフィスです……! 誰かが入ってきたら……」「鍵は閉めてある。誰も邪魔はさせない」葵は紬の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。ウッディの香水と紬の甘い体香が混ざり合い、葵の吐息が熱を帯びていく。「調印式での活躍……本当に見事だった。お前が俺の隣にいてくれたからこそ、あの危機を完璧な勝利に変えられた」「いいえ……葵さんが私を信じて、守り続けてくださったからです。葵さんがいたから、私は強くなれました」素直に想いを伝える紬に、葵の目元が愛おしそうに細まる。葵の手が紬の丸メガネをそっと外し、デスクの上に置いた。露わになった紬の洗練された素顔を、指先で愛撫するように撫で上げる。「言葉だけのご褒美では足りないな」「え……?」「今週末、スケジュールをすべて空けた。……お前を連れて行きたい場所がある」「連れて行きたい場所……ですか?」葵は紬の耳元に唇を寄せ、低い声で囁いた。「二人きりで、誰にも邪魔されない場所だ。……そこで、お前を心身ともに俺のものとして完全に満たしてやる」「〜〜っ……!」甘いお仕置きとご褒美を予感させる言葉に、紬の顔が耳まで真っ赤に染まる。葵は逃がさないように紬の後頭部を支えると、唇を深く重ね合わせ、逃げ場のない情熱的な口づけで彼女の呼吸を奪っていった。週末。葵のプライベートセダンが向かったのは、都心から少し離
last updateLast Updated : 2026-09-23
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第25話

海沿いのヴィラで交わした愛の誓いから数日。紬の左手薬指には、眩い輝きを放つエンゲージリングが静かに収まっていた。「あ……あの、葵さん。社内ではさすがにこの指輪は目立ちすぎると思うのですが……」副社長室でスケジュール帳を開きながら、紬は落ち着かない様子で自分の手元を見つめた。最高品質のダイヤモンドが放つ存在感は、地味なスーツ姿の紬にはあまりにも華やかすぎた。執務デスクで書類に目を通していた葵がペンを止め、ゆっくりと顔を上げる。その黒瞳には、深い満足感と絶対的な独占欲が宿っていた。「外すことは許さん。お前が俺の婚約者であることを、社内にも社外にも誇示するためのものだ」「ですが、周囲の目が……」「文句がある奴には言わせておけばいい。お前は堂々と俺の隣にいればいいんだ」葵は椅子から立ち上がると、紬の元へと歩み寄り、彼女の左手をすっとすくい上げた。薬指の指輪へ愛おしそうに唇を落とすと、そのまま紬の引き締まったウエストを引き寄せ、自分へと密着させる。「それに……ただの『専属秘書』から『副社長夫人』になる準備をそろそろ始めてもらう」「ふ、副社長夫人……っ!?」あまりに規模の大きい響きに、紬の顔が一気にカッと赤くなる。「まずは……住まいだ。俺のマンションへ正式に引っ越して来い。もうお前の部屋の解約手続きは進めてある」「えっ!? か、勝手にですか……!?」「勝手ではない。お前の身の安全と健康状態を24時間体制で管理するための、当然の措置だ」呆れるほどの過保護さと強引さ。けれど、その瞳の奥には紬への深い愛しさが満ち溢れており、紬はもう抗う気力さえ湧かなかった。「……もう、葵さんは相変わらず強引なんですから……」ぽつりと溢した本音に、葵は嬉しそうに口元を緩めると、紬の額にそっと自分の額を重ね合わせた。「お前を二度と俺の手から離さないと決めたんだ。……これからは一生、俺の甘やかしに付き合ってもらう」その日の夜。正式に葵のマンションへと引っ越しを完了させた紬は、葵の広いキッチンで夕食の準備をしていた。エプロン姿でトントンと野菜を刻む紬の背後から、着替えを終えた葵がすっと近づき、迷いなくその腰に腕を回した。「葵さん、今はお鍋を見ていて危ないですから……っ」「いいからじっとしていろ。一日中、仕事にかこつけて触れ合うのを我慢していたんだ」首
last updateLast Updated : 2026-09-23
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第26話

秋の柔らかな朝陽が、最上階のマスターベッドルームに敷き詰められたシーツを白く染めていた。「ん……」小さく身をよじらせた紬は、全身を包み込む心地よい熱っぽさと重みに目を覚ました。目の前には、整いすぎた葵の素顔。力強い腕が紬の腰をしっかりと抱きすくめ、逃げ場をなくすように自分の身体へと押し引き寄せている。掛け布団の隙間から滑り込んでくる葵の肌の熱に、昨夜の甘く激しい情熱の記憶が蘇り、紬の頬が一瞬でカッと熱くなった。婚約を果たし、葵のマンションでの同居が始まって数日。葵の過保護さと執着心は、収まるどころか増す一方だった。……葵さん、全然離してくれない……。そっと腕を抜け出そうと試みた瞬間、腰を抱く手にぐっと力が込められた。「……どこへ行く」低く掠れた、まどろみの残る寝起き声。葵はゆっくりと黒瞳を開くと、目の前にいる紬を捕まえるように頭を引き寄せ、おでこに深々と唇を落とした。「あ……葵さん、おはようございます。そろそろ起きないと、朝食の準備が……」「朝食などどうでもいい。……もう少しこうさせろ」そう言って、葵は紬の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。紬の髪の甘い香りと湯上がりのような体温に、葵の呼吸が次第に深く熱くなっていく。「あ、葵さん……っ、朝からそんな……」「お前が可愛すぎるのが悪い。……同居を始めてから、毎朝お前が俺の腕の中にいる現実が、まだ夢のようだと思う時がある」耳元で囁かれたあまりにストレートな愛の言葉。社内では冷酷無比と恐れられる副社長が、自分の前だけで見せる甘く脆い素顔。そのギャップに、紬の胸はキュンと苦しいほど締め付けられた。葵の指先が紬のパジャマのボタンをゆっくりと解き、滑らかな鎖骨をなぞり降りていく。「葵さん……! 会社に遅刻してしまいます……っ」「俺が副社長だ。多少の遅刻など誰も文句は言わん」「私が困ります……っ! 秘書失格になっちゃいます……!」涙目で訴える紬の可愛らしさに耐えかねたように、葵はくすりと低く笑うと、最後に紬の唇へ深く甘い口づけを落としてから、名残惜しそうに腕を解いた。「……フ、冗談だ。お前にそう言われては仕方ないな」「もう……葵さんの意地悪……!」赤くなった顔を両手で隠しながらベッドを抜け出す紬。その背中を、葵は愛おしさと独占欲に満ちた眼差しで見つめていた。数時間後、
last updateLast Updated : 2026-09-24
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第27話

鷹司本家からの茶会の招待状――。それは、紬が正式に「鷹司葵の妻」として本家に認められるための最初の関門だった。「挨拶など、お前が気負う必要はない。俺がすべて仕切る」週末、本邸へ向かう前の準備として、葵は再び高級オートクチュールメゾンを貸し切りにしていた。鏡の前に立つ紬が身に纏うのは、葵自らが選んだ深みのある淡いボルドーの和モダンなドレス。上品な仕立てと控えめな露出でありながら、紬の細いウエストと白い肌の美しさを最大限に引き立てるデザインだった。「……あ、葵さん。ちょっと華やかすぎませんか? 本家のお義母様に生意気だと思われないでしょうか……」不安そうに眉を寄せる紬を引き寄せ、葵は鏡越しに彼女の肩を抱きしめた。「お前は鷹司葵の未来の妻だ。誰に対してもへりくだる必要はない。……それに、あまりに美しすぎて俺以外の奴に見せたくないくらいだ」「もう……葵さんったら……」耳元で甘く囁かれ、紬の頬がポッと赤く染まる。葵の過保護なまでの愛に背中を押され、紬の心にあった緊張は「葵の隣に胸を指して立ちたい」という誇りへと変わっていった。都心の喧騒から離れた一角に構える、圧倒的な格式を誇る鷹司家の本邸。手入れの行き届いた日本庭園を抜け、重厚な大広間へと通される。座敷の上座には、気品ある着物姿の大奥様・冴子と、親族の重鎮たちが顔を揃えていた。部屋に入った瞬間、親族たちの品踏みするような鋭い視線が集まる。「葵、久しぶりですね。……そちらが例の秘書さんですか」「秘書ではない。俺の婚約者の藤咲紬だ」葵は紬の手をしっかりと握りしめたまま、微塵もためらうことなく全員の前で宣言した。親族の一人が、探るような嫌味混じりの声を上げる。「葵様、噂は伺っておりますよ。過去にスキャンダルのあった方を専属秘書にし、挙句の果てに本家の嫁に迎えられるとは……鷹司家の血筋と体面に関わるのでは?」その言葉に、葵の黒瞳が氷のように冷たく光り、部屋の空気が一瞬で凍りついた。「口を謹んでもらおうか。彼女の過去はすべて無実の濡れ衣であり、彼女の圧倒的な才能と誠実さが我が社を救った。彼女を愚弄することは、俺の眼識と決断を汚すことと同義だ」冷酷なまでの威圧感に、口を開いた親族は言葉を失って引き下がった。だが、ここで紬は葵の背中に隠れ続けることはしなかった。紬はそっと葵の手を優しく握
last updateLast Updated : 2026-09-24
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第28話

本家での茶会から数日。鷹司本家から正式な認めを得たという知らせは、社内にも静かな波紋となって広まっていた。副社長室の空気も、以前とはどこか変わっている。紬が書類を抱えて社内を歩けば、すれ違う社員たちがどこか敬意を含んだ眼差しで「お疲れ様です、藤咲さん」と深々と頭を下げるようになった。かつて「地味で冴えない秘書」と揶揄されていた頃とは、まるで別世界だった。「……ふぅ」デスクに戻り、紬は小さく息を吐きながら自分の左手薬指を見つめた。光を受けて繊細に煌めくダイヤモンド。私……本当に、葵さんの奥さんになるんだ……。胸の奥からじわじわと込み上げてくる愛おしさと、ほんの少しの面痒さ。「何を見とれている」不意に頭上から低く甘い声が降り注ぎ、肩を優しく抱きすくめられた。振り返る間もなく、葵が紬の髪にそっと唇を寄せ、耳朶を甘噛みする。「あ……葵さんっ! オフィスです……! ドアのブラインド、まだ開いてます……!」「構わん。お前が俺の婚約者であることは、すでに全社が知っている」葵は悪びれもせず口元を緩めると、そのまま紬のデスクの縁に腰掛け、彼女の左手をすくい上げた。薬指の指輪へ愛おしそうに口づけを落とす。「週末の予定だが、ブライダルサロンの予約を取った。ドレスの試着と、挙式日程の打ち合わせに行く」「えっ……もう挙式ですか!? お仕事もまだお忙しい時期ですし、そんなに急がなくても……」「急ぐに決まっているだろう」葵の黒瞳が、逃がさないと言わんばかりに深く落ちていく。葵の長い指先が紬の頬を優しく撫で上げ、耳後ろの柔らかい肌をなぞった。「お前を完全に俺のものにして、法律的にも精神的にも誰の手も届かない場所へ囲い込みたい。……一秒でも早く『鷹司紬』という名のお前を抱きたいんだ」「あ、葵さん……っ」あまりにもストレートで濃密な独占欲の言葉。熱く見つめられ、紬の顔は一瞬で熟したリンゴのように真っ赤に染まった。社内では冷酷無比な氷の副社長と呼ばれる男が、自分だけに注ぐこの甘く重い情熱。それに抗う術を、紬はすでに失っていた。週末。都内の最高級ブライダルサロン。貸し切られたサロンの豪華なフィッティングルームで、紬は純白のウエディングドレスに身を包んでいた。繊細なシルクオーガンジーが重ねられた、気品あふれるAラインのドレス。デコルテを美しく
last updateLast Updated : 2026-09-25
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第29話

ブライダルサロンでのドレス試着を終えた帰り道。葵の愛車は都心の喧騒を離れ、静かな高級住宅街へと向かっていた。車内の後部座席で、紬は膝の上に置いた結婚式のパンフレットを愛おしそうになぞっていた。葵の手が自然な動作で紬の腰に回り、その身体を自分へと引き寄せる。「疲れたか?」「いいえ……全然です。すごく胸が一杯で……夢の中にいるみたいで」紬がふふっと微笑むと、葵はその柔らかい頬へ愛おしそうに唇を押し当てた。「夢ではない。……だが、今日のお前は綺麗すぎて、俺の理性を試すには十分すぎた」「あ、葵さん……っ」車内のパーテーションが閉じられているとはいえ、至近距離で囁かれる熱い言葉に、紬の耳たぶまでカッと赤くなる。車が最上階の自邸に到着すると、葵は車を降りるなり紬の手を強く握りしめ、そのままプライベートエレベーターへと向かった。部屋の扉が開いた瞬間、葵は紬を抱き上げ、リビングの大きなソファへと優しく押し倒した。「あっ……葵さん!?」ドレスから着替えたばかりの、柔らかいニットの衣服越しに伝わる葵の強い体温。葵は紬の両手をすくい上げ、ソファの上に優しく固定すると、上から閉じ込めるようにしてじっと彼女を見下ろした。「あのサロンで……参列者にも見せたくないほど美しいお前を見て、ずっと我慢していた」「葵……さん……」前髪の隙間から覗く葵の黒瞳には、強烈な独占欲と激しい情熱が揺らめいている。葵は紬の丸メガネをそっと外し、サイドテーブルに置くと、露わになった彼女の額、目元、そして唇へと、丁寧に愛を確かめるような口づけを落としていった。「ん……っ……」幾度も重ねられる熱い唇。 葵の指先が紬の髪を優しくすくい上げ、彼女の呼吸を確かめるように深く触れ合っていく。「……紬。お前はもう、俺から逃げることはできない」「逃げたり……しません。私はずっと、葵さんの側にいたいんです……っ」素直に想いを口にした紬に、葵の目元が緩み、より深く切ない愛おしさが込み上げる。葵は紬を抱き起すと、そのまま膝の上にすっぽりと収め、背中から優しく抱きすくめた。「お前が俺の妻になる日まで……いや、妻になってからも、一生こうしてお前を甘やかしてやる」「葵さんの甘やかし……最近、すごく過保護すぎます……」「自覚はある。……だが、止めるつもりはない」悪びれもせずに耳元で低く笑う
last updateLast Updated : 2026-09-25
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第30話

秋も深まり、街の街路樹が鮮やかな黄金色に染まる季節。鷹司グループの副社長室には、いつものように落ち着いた静寂が戻っていた。デスクに向かい、テキパキと来週の役員スケジュールの調整を進める紬。かつての気弱でおどおどしていた姿はそこにはなく、背筋をすっと伸ばし、落ち着いた佇まいで秘書業務をこなしている。副社長夫人としての認知が社内に広まってからも、紬は決して奢ることなく、真摯に仕事と向き合い続けていた。その真配りと仕事への完璧な姿勢は、今や社内の誰もが認める「副社長の完璧なパートナー」としての信頼を確立させていたのだった。「……副社長、来週の海外出張に関する資料の準備が完了いたしました」紬が書類を整えて執務デスクへ向かうと、葵は書類から目を上げ、柔らかい眼差しで彼女を見つめた。「ご苦労様。……だが、二人きりの時は『葵』と呼べと言っているだろう」葵はすっと立ち上がると、紬の手から書類を受け取りデスクへ置くと同時に、彼女の細い腰をすくい上げて引き寄せた。「あ……葵さん、仕事中ですよ……っ」「今は休憩時間だ。……それに、お前が完璧に仕事をこなす姿を見るたび、愛おしさと誇らしさで抑えが利かなくなる」葵は紬の丸メガネをそっと外し、露わになった彼女の額へ愛おしそうに唇を落とした。「式場との最終打ち合わせの資料だが、招待客のリストはこれで問題ないか?」葵が差し出したタブレットには、厳選された政財界の要人や、二人の大切な社内関係者の名前が整然と並んでいた。「はい……私の元いた部署の同僚たちや、冤罪の件でずっと味方でいてくれた方々も招待させていただけて、本当に嬉しいです」「お前を大切にしてくれた人間は、俺にとっても大切な客だ。当然だろう」葵の指先が紬の頬を優しく撫で上げる。過去の暗闇をすべて塗り替えるように与えられる、葵の無条件の肯定と温もり。紬の目元が少し熱くなった。「葵さん……私、本当に幸せです。葵さんの秘書になれて、葵さんの奥さんになれるなんて……」「俺の方こそ、お前を俺の人生に迎え入れられたことが、人生最大の成果だ」葵はそう囁くと、紬の唇へ深く、熱い口づけを重ねた。互いの体温と愛を確かめ合うように重ねられる唇。多忙な秘書業務の合間の甘いひとときが、二人にとって何よりの活力となっていた。週末。式場での最終打ち合わせを終えた二人。打
last updateLast Updated : 2026-09-25
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