秋の気配が深まる都心の夕暮れ。ガラス張りのカフェテラスで、紬は目の前に置かれた手帳を見つめたまま、凍りついたように動けなくなっていた。「……久しぶりだな、藤咲」低く不躾な声が、耳奥を汚すように響く。そこに立っていたのは、かつて紬が勤めていた金融機関の元上司――相沢だった。数年前、紬にプロジェクト漏洩の濡れ衣を着せ、彼女の尊厳もキャリアもすべて奪い去った真の首謀者。「あ……相沢……さん……」血の気が引き、紬の視界がぐらりと歪む。忘れようと必死に蓋をしてきた過去の絶望と恐怖が、津波となって押し寄せてきた。指先が激しく震え、呼吸が浅くなる。相沢は薄汚い笑みを浮かべながら、紬の向かいの席へと強引に腰を下ろした。「相変わらず地味で冴えない顔をしてるな。だが……噂によると、今は鷹司グループの副社長に取り入っているそうだじゃないか。大層な出世だな?」「違います……! 私はただ、秘書として……」「白々しい。お前が昔やってくれた『データの切り売り』の技術でも買われたのか? それとも、あの顔で男を唆したのか?」「違っ……私はそんなこと……っ!」声を出して否定したいのに、過去のトラウマで喉がキュッと絞まり、言葉が続かない。周囲のカフェの客たちの視線が自分に向けられているような錯覚に囚われ、紬は小さく体を丸めた。「お前がどれだけ否定しようと、あの時の証拠はまだ俺の手元にある。鷹司副社長にバラされたくなければ――」相沢が紬の腕を強引に掴もうと、薄暗い手を伸ばした――その瞬間。「――その汚い手を離せ」氷点下を遥かに下回る、圧倒的な低温の声がカフェの空間を切り裂いた。「なっ……!?」相沢の手首が、強い力で掴み上げられる。 振り返った相沢の顔が、恐怖で一瞬にして蒼白になった。そこに立っていたのは、漆黒のスーツを隙なく着こなし、全身から冷酷な殺気を滾らせた鷹司葵だった。「あ……葵副社長……!?」「俺の女に、許可なく触れるなと言っている」葵の指にぐっと力が込められ、相沢の口から「ひっ……!」と悲鳴が漏れた。葵はそのまま相沢の手首を投げ捨てるように振り払うと、背後に立ち尽くす紬の華奢な肩を、抱き寄せた。「葵……さん……っ」「遅くなってすまん、紬」葵の手が、震える紬の背中を優しく、力強く撫で上げる。その手の温もりを感じた瞬間、紬の目からボロボロ
Last Updated : 2026-09-21 Read more