All Chapters of 完璧社長の過剰な執着~隠れ優秀秘書は、二人のハイスペに奪い尽くされる~: Chapter 41 - Chapter 50

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第41話

受話器を置いたあとも、手元に残る冷たい感触が拭えなかった。『君が『一人の人間』としての自分を取り戻すための選択だ』蓮の残した言葉が、静まり返った部屋の中で何度も反芻される。葵の過酷なまでの保護は、愛情ゆえのものだと分かっている。けれど、自分の意志や仕事、社会との繋がりをすべて絶たれ、ただ守られるだけの存在になることが、本当に二人の未来にとって正解なのだろうか。私は……葵さんの足手まといになりたいわけじゃない。葵さんの隣に、対等に立てるパートナーになりたいのに……。葛藤に胸を痛める中、重厚な玄関の電子ロックが解除される音が響いた。「ただいま、紬」コートを脱ぎながら入ってきた葵の瞳には、深い疲労と、紬の姿を認めた瞬間の安堵が滲んでいた。葵はまっすぐに紬へ歩み寄ると、そのまま包み込むように強く抱きしめた。「葵さん……お帰りなさい」「ああ……。お前の顔を見るだけで、一日の緊張が解けていく」葵は紬の首筋に顔をうずめ、深く息を吸い込んだ。その抱擁はどこまでも温かく、愛おしさに満ちている。けれど、同時に逃げ場を一切与えない強い力で固められていた。「葵さん……あの、少しお話しがあります」紬は葵の胸の中に埋もれたまま、意を決して言葉を紡いだ。「私、やっぱり秘書としての仕事を再開したいです。社に戻るのが危険なら、リモートでも構いません。私のデータ分析で、葵さんや会社の役に立ちたいんです……」葵の体が、ピタリと固まった。ゆっくりと体を離した葵の黒瞳から、先ほどまでの温もりがスッと消え去っていく。「……まだそんなことを言っているのか」「葵さん……」「外に出れば神楽が牙を剥く。社内ですら誰が裏で繋がっているか分からないんだぞ。なぜ俺の言う通りに『安全なここ』にいてくれない?」葵の手が、紬の両肩を強く掴む。その力加減には、紬を失うことに対する狂気的なまでの恐れが混ざっていた。「俺の手の中にいれば、お前は誰も傷つけられない。何も奪われない。……俺の愛だけを見ていればいいんだ、紬」「葵さん……それは愛じゃなくて、私を縛り付けているだけです……っ!」思わず口をついて出た言葉。葵の目元がショックと激しい憤怒で歪んだ。「……俺の愛が、お前には『縛り付け』に見えるのか」葵は冷ややかな声で呟くと、紬の丸メガネを指先でそっと外し、サイドテーブルへ
last updateLast Updated : 2026-10-08
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第42話

冷たい夜風が、薄手に羽織ったカーディガンを激しく揺らす。バルコニーの手すりに手をかけ、紬は眼下に停車する黒いセダンを見つめていた。街灯の影からこちらを見上げる神楽蓮。差し出されたその手に応じれば、葵の過酷なまでの拘束から逃れ、再び一人のデータアナリストとしての自由を手に入れられるかもしれない。でも……本当にこれでいいの……?脳裏をよぎるのは、昼間の葵の苦しそうな表情だった。自分を失う恐怖に怯え、必死に抱きしめてきたあの腕の温もり。葵のやり方は極端で、自分を『金の檻』に閉じ込めるものだったかもしれない。けれど、その根底にあるのは、間違いなく命を懸けた深愛だった。私は……葵さんから逃げたいんじゃない。葵さんに『守られるだけの存在』じゃなくて、隣に立てる自分になりたいだけ……!紬はキュッと唇を噛み締め、差し出された蓮の手から一歩、後ろへと引き下がった。その瞬間――。カチリ、とバルコニーの解錠センサーが微かな音を立てて復旧した。同時に、背後のベッドルームの扉が激しく開け放たれる。「……紬っ!?」乱れたシャツのままバルコニーへ飛び出してきたのは、青ざめた顔の葵だった。ベッドの隣に紬の体温がないことに気づき、跳ね起きるようにして追ってきたのだ。その黒瞳には、今まで見たこともないほどの激しい焦燥と絶望が揺れていた。「葵さん……」「なぜそこにいる……! 神楽の手を取ろうとしたのか……っ!?」葵はすさみ出ると、紬の腕を壊れるほどの強い力で引き寄せ、己の胸の中へ強く強く抱きすくめた。「頼む……どこにも行くな……っ! 俺を置いていかないでくれ、紬……!」傲岸不遜で冷酷無比と恐れられる鷹司グループの副社長が、まるで幼子のように声を震わせて紬にしがみついている。その腕の強さと震えから、自分がどれほど葵の心を追い詰めていたかを悟り、紬の目から涙が溢れ出した。「行きません……っ、葵さん! 私、どこにも行きません……!」一方、邸宅の下。バルコニーで抱き合う二人の影を見上げた神楽蓮は、車に身を預けたまま、忌々しそうに低く吐き捨てた。「……土壇場で葵を選ぶかい、紬さん」だが、蓮の瞳から諦めの色は消えていなかった。むしろ、奪えなかったという現実が、彼の胸にくすぶる危険な情熱をより一層激しく燃え上がらせていた。「フフ……いいだろう。簡単には手
last updateLast Updated : 2026-10-09
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第43話

秋の終わりの柔らかな陽光が、副社長室の大きな窓から差し込んでいた。デスクで端末に向かい、真剣な眼差しでデータ分析を進める紬。完全に密閉された自邸での拘束状態から一歩前進し、葵の「絶対的な安全管理のもと」という条件付きで、紬は副社長室限定での秘書業務へ復帰を果たしていた。葵さんの隣で、自分の手で仕事ができる……それがこんなにも嬉しいなんて。画面に並ぶ数字の列を素早く読み解き、来期の新規事業に関する市場予測レポートをまとめていく。かつてのように指示を待つだけでなく、自ら潜在的なリスクを洗い出し、先回りして提案資料を整えていく紬の動きには、秘書としての確固たる自信と成長が満ちていた。「……紬」デスクの反対側から、低い声が落とされる。振り返ると、書類から目を上げた葵が、どこか甘く切ない眼差しで自分を見つめていた。「はい、葵さん。何か修正箇所が……」葵は返事をせず、ゆっくりと立ち上がると紬のデスクの横まで歩み寄ってきた。そして、紬の手にしていたペンをそっと奪い取ると、そのまま彼女の細い腰を引き寄せ、自分の膝の上へと座らせた。「あ……葵さん、仕事中ですよ……っ」「いいんだ。今は休憩時間だ」葵は紬の丸メガネを指先で外し、デスクの上に置くと、露わになった彼女の首筋に深々と顔をうずめた。「こうしてお前が目の前で生き生きと仕事をしている姿を見ると……愛おしさと同時に、またどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、胸が締め付けられる」葵の低く掠れた声。強靭な腕が、逃がさないように、けれど痛めつけない絶妙な力加減で紬を抱きすくめる。事件を経て、過保護な拘束を和らげようと努力してくれている葵。けれど、その奥底にある「紬を失う恐怖」は、依然として深い傷として葵の心に刻まれたままだった。「葵さん……どこにも行きません。私は、葵さんを支えるためにここにいるんです」紬はそっと手を伸ばし、葵の整った髪を優しく撫で上げた。葵の手が紬の頬をすくい上げ、重なるように深く、甘い口づけが落とされる。互いの存在を確かめ合い、歩み寄りを深めていく愛おしい時間。だが――二人が互いの温もりに満たされているその裏で、悪意の網は静かに、そして着実に広げられていた。同刻。都心の地下に位置する、プライベートな会員制クラブ。暗がりのソファに身を沈めた神楽蓮は、手元のタブレット
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第44話

副社長室のソファーで、紬は葵の胸の中にすっぽりと収まっていた。窓の外では都心の街並みが夕闇に包まれ、美しい夜景が広がり始めている。膝の上に置かれた資料をめくる紬の丸メガネを、葵の指先が愛おしそうにすっと外した。「あ……葵さん、まだ資料のチェックが……」「目元が少し疲れている。少し休め」葵は制止を聞き入れず、紬の頬を両手で優しく包み込むと、そのまま唇を重ねた。先ほどの情熱的な口づけとは違う、触れ合うだけの優しく甘い感触。葵のどこまでも深い体温が、紬の心と身体をじんわりと満たしていく。「……葵さん、最近、すごく優しくなりましたね」「優しくなったのではない。……お前に逃げられないよう、甘やかして繋ぎ止めているだけだ」葵は低く囁くと、紬の首筋に愛おしそうに顔をうずめた。「秘書としてお前が隣にいてくれるのは誇らしい。だが……やはり、俺だけの『妻』として、誰の目にも触れない場所で愛していたいという欲求が消えることはない」言葉とは裏腹に、葵は紬の意志を尊重し、無理に閉じ込めるような真似を抑えてくれていた。その努力と葛藤が伝わってくるからこそ、紬の胸は温かい愛おしさでいっぱいになる。「私も……葵さんの奥さんになれる日を、心から楽しみにしています」紬がそっと葵の背中に腕を回し、小さな声を漏らすと、葵の体がピタリと強張った。葵は紬の顔を覗き込み、その黒瞳を狂おしいほどの愛おしさで満たした。「……今の一言は反則だな。今夜は眠らせないぞ」甘く濃厚な空気。 互いに歩み寄り、着実に信頼と絆を深めていく二人。この温かい日々がずっと続くのだと、紬は信じて疑わなかった。しかし、その穏やかな時間のすぐ裏側で、暗雲は確実に垂れ込め始めていた。翌日。葵が緊急の役員会議へ出席している間、紬は一人、副社長室でアナリティクス部門から送られてきた定期データの検証を行っていた。……あれ? この数字、少しおかしい……?紬の指先がキーボードの上で止まる。新規事業の投資計画書に記載されている収益予測と、アナリティクス部門のデータベースに残されている元データに、微小な乖離(かいり)が存在していた。一見すればただの入力ミスや丸め誤差に見えるほどのわずかな違い。だが、元データアナリストとしての紬の直感が、胸の中に小さなざわつきを生み出した。元データが書き換えられている……
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第45話

「副社長のIDが……使われている……?」受話器を握りしめる紬の指先に、じわりと嫌な汗が滲む。『ああ……。表向きはただの定例データの更新履歴になっているが、アクセスログの暗号化方式が通常と違う。何者かが副社長のマスターキーを流用して、来期の投資予測数値を意図的に書き換えた形跡があるんだ』電話の向こうで、元上司の部門長が声を潜めて語る。『紬ちゃん、君も知っての通り、この数値がそのまま次の取締役会で承認されれば、投資失敗によって会社は数百億円規模の損害を出すことになる。……そしてその全責任は、最終承認者である副社長に覆いかぶさるんだ』「そんな……っ! 葵さんがそんなことをするはずがありません! 何かの間違いです!」『もちろん私だって副社長を疑いたくはない! だが、システム上の記録はすべて副社長の端末から実行されたことになっているんだ……。私だってどうしていいか分からなくて、かつて優秀なアナリストだった君に頼るしかなかったんだよ』絶句する紬。頭の中に、あの神楽蓮の低く危険な声が蘇る。『葵は強い。まともにぶつかれば勝てないが……土台を一本ずつ抜き取っていけば、いずれ音を立てて崩れ去る』神楽常務……! 最初からこれが狙いだったの……!?葵を武力や拉致で屈服させるのではなく、彼が命を懸けて守ってきた「会社」と「社会的信用」を奪い、内部から崩壊させる。そして責任を問われた葵を失脚させ、無力化する――。あまりにも冷酷で、完璧なハメ技だった。「……部門長。この件、私に少し時間をください。元データのバックアップログを抽出し、侵入ルートを解析してみます」『た、頼むよ、紬ちゃん。もしこれが公になれば、副社長だけでなくアナリティクス部門全体もタダじゃ済まない……』電話が切れた後、紬はデスクに置かれた丸メガネをかけ直し、震える手で端末のキーボードに指を置いた。葵を助けたい。彼の冤罪を証明し、この罠を暴かなければ。元アナリストとしての血が騒ぐと同時に、背中に冷や汗が流れるのを感じていた。「……紬。何を深刻な顔をしている?」重厚なドアが開き、役員会議を終えた葵が副社長室に戻ってきた。「あ……葵さん……っ!」紬は咄嗟に画面のログ解析ウィンドウを最小化し、立ち上がった。そのわずかな動揺と不自然な挙動を、葵の鋭い黒瞳が見逃すはずもなかった。葵はゆっくりと
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第46話

深夜、副社長室に併設された執務用の応接室。隣の部屋で葵が緊急の海外役員との電話会談を行っている間、紬は膝の上に置いたノートPCの画面に集中していた。丸メガネの奥の瞳が、高速で流れる英数字のログデータを必死に追いかける。やっぱり……通常の外部アクセスじゃない。社内サーバーの最深部にある管理者ログが、意図的に改ざんされている……。紬の指先がキーボードを叩く。元アナリストとしての知識を総動員し、暗号化されたアクセス経路の偽装を一つずつ剥ぎ取っていく。侵入者は巧妙に葵のマスターキーを装っていたが、アクセスが実行されたタイムスタンプと、葵の実際の端末操作ログを突き合わせると、わずかな「ずれ」が存在していた。葵さんの端末からじゃない……!葵さんのID情報をコピーした『クローン端末』が、社内のどこかから接続されているんだわ……!この証拠さえ完全に復元できれば、葵の冤罪を証明できる。胸を撫で下ろしかけたその時、カチャリとドアが開く音がした。紬は咄嗟に解析画面を閉じ、通常のスケジューラー画面に切り替えた。「紬。まだ起きていたのか」電話を終えた葵が、上着を脱ぎながら入ってくる。その表情は疲れていたが、紬の顔を見た瞬間に柔らかい温もりが戻った。「あ……葵さん。お仕事、終わられたのですね」「ああ。……だが、お前がそんな時間まで起きている必要はない」葵は紬の前に屈むと、ノートPCをそっと閉じてサイドテーブルへ退けた。そして、紬の細い身体を軽々と抱き上げ、自分の膝の上へ乗せる。「……何か、隠しているな」葵の低い声が、耳元で響いた。抱きしめる腕の力は優しいが、その黒瞳は冷たく澄んでおり、紬の表情のわずかな動きも見逃さない。「え……? 隠し事なんて……」「お前の指先が、PCに触れる時に微かに震えている。……それに、最近の夜、俺が眠ったあとに何度かベッドを抜け出しているだろう」「っ……!」紬の息が止まる。葵は、紬が隠れて行動していたことを最初からすべて見抜いていたのだ。「俺に言えないこととは何だ? ……神楽から、また何か連絡があったのか」葵の声に、危険なまでの独占欲と激しい警戒心が混ざり始める。紬の手首を掴む葵の手の力が増し、逃げ場を塞がれる。「違います、葵さん! 神楽常務からではありません! 私は……ただ、葵さんの役に立ちたくて……っ
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第47話

壁際に追い詰められ、蓮の危険な熱を帯びた視線にさらされながらも、紬は決して瞳の光を絶たなかった。「神楽常務……どんなに汚い手を使っても、葵さんは絶対に倒れません」「……まだそんな顔で葵を庇うのかい?」蓮の手が紬の頬にそっと触れる。その指先には、冷酷な策略とは裏腹に、紬という存在に対する痛々しいほどの情熱が滲んでいた。「葵は君の翼を捥ぎ、自分の側から離さないように縛り付けているだけだ。君がどれほど優秀で美しいか、理解しようともせずにね。……僕の元へ来れば、君のその才能を世界に見せつけてあげられるのに」「私の翼を奪っていたのは、葵さんの過保護さだったかもしれません……」紬はまっすぐに蓮を見つめ返し、はっきりと告げた。「でも、その過保護さを愛だと知っているからこそ、私は葵さんの隣に立ちたいんです。守られるお人形ではなく、葵さんを支えるパートナーとして! あなたの誘いには、絶対に応じません!」凛とした強い拒絶。 蓮の目元が苦々しく歪み、掴んだ腕に力がこもる。「……愚かだな、紬さん。なら、絶望の中で葵が失脚する姿を見るがいい」その頃、最上階の特別会議室。緊迫した空気のなか、緊急の臨時取締役会が開かれていた。「副社長、説明していただきたい! 貴方の最高管理者権限を使って、新規事業の予測データが改ざんされていたという報告が上がっている!」反副社長派の役員たちが、ここぞとばかりに葵を糾弾する声を上げる。だが、長テーブルの端に座る葵は、脚を組み、静かに資料を眺めているだけだった。乱れひとつない完璧な仕立てのスーツ、冷徹極まる黒瞳。自分を追いつめようとする役員たちの罵声など、まるで耳に入っていないかのような余裕を漂わせている。「副社長! 黙っていないで何とか言ったらどうなんだ! このままでは我が社は数百億の損害を……!」「……騒がしいな」葵が低く呟いた瞬間、会議室全体が氷のように静まり返った。葵はゆっくりと立ち上がると、手元のタブレットを中央の大型モニターへリンクさせた。「君たちが言っているのは、この『クローンスマートフォンから実行された不正アクセス』のことか?」モニターに映し出されたのは、詳細なIPアドレスの追跡ログと、アナリティクス部門長の個人口座へ振り込まれた神楽グループからの巨額の送金記録だった。「な……何だこれは……!?」「
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第48話

神楽蓮の逮捕とアナリティクス部門の不祥事収束から数日。鷹司グループを揺るがした激震は静まり、本社最上階の副社長室には、穏やかで柔らかな時間が戻っていた。「……これで、すべての修正データの照合が完了しました、葵さん」紬はデスクの上の資料を綺麗に揃えると、ホッと胸を撫で下ろした。丸メガネの奥の瞳には、かつてのような怯えや迷いはなく、自分の力で危機を乗り越えた秘書としての確かな強さが宿っている。デスクの反対側で書類に目を通していた葵が、ゆっくりとペンを置いた。「よくやってくれた、紬。……今回の件、お前の迅速なログ解析がなければ、俺の手札もここまで完璧には揃わなかった」「葵さん……」葵は椅子から立ち上がると、まっすぐに紬の元へ歩み寄ってきた。そして、紬の華奢な腰をそっと抱き引き寄せると、彼女の額に愛おしそうに唇を落とした。「俺を信じて危険を冒してくれたことは、怒るべきなのか……それとも感謝すべきなのか、まだ胸の中で葛藤している」「怒らないでください……。私はただ、葵さんに守られるだけのお人形になりたくなかったんです。葵さんの隣で、一緒に戦いたかったから……」紬が直視して想いを伝えると、葵の黒瞳が切ないほど甘く揺れた。「……分かっている。お前は俺が思っている以上に強く、誇り高い秘書だ」葵の手が紬の丸メガネを優しく外し、サイドテーブルへと置く。露わになった紬の瞳に、葵の深く情熱的な眼差しが覆いかぶさる。「だが……今夜は秘書ではなく、俺の愛しい妻として扱わせてもらうぞ」「あ……っ」抗う隙もなく、葵の強靭な腕に横抱きにすくい上げられる。そのまま向かったのは、プライベートエリアの重厚なベッドルームだった。部屋の明かりが落とされ、シーツの上に優しく降ろされる。覆いかぶさる葵の体温と、ウッディな香水の香りが紬の感覚を心地よく麻痺させていく。「葵さん……」「お前を失うかもしれないという恐怖は……神楽が去った今でも、俺の胸から消えてくれない」葵の低い声には、普段の冷徹な副社長の顔からは想像もつかないほど、切実で脆い感情が滲んでいた。葵の手が紬のブラウスのボタンをひとつずつ外し、肌に熱い唇を滑らせていく。「だから……こうしてお前を抱き締め、俺の愛でお前を満たさなければ、正気を保てないんだ」「葵さん……逃げたりしません。私はずっと、あなたのも
last updateLast Updated : 2026-10-13
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第49話

神楽蓮の身柄が拘束され、社内の混乱が収束に向かう中、葵の自邸にはかつてないほどの穏やかで甘い時間が流れていた。「……葵さん、ネクタイが少し曲がっていますよ」朝の陽光が差し込むリビング。紬はつま先立ちになり、葵の首元に手を伸ばした。仕立ての良いシルクのネクタイを丁寧に結び直す紬の姿を、葵は愛おしくてたまらないといった眼差しで見下ろしている。「秘書としての手際も完璧だな。……だが、俺の前でそんな無防備な隙を見せるな」「え……?」結び終えた瞬間に腰を抱き寄せられ、紬は葵の広い胸の中にすっぽりと収まった。葵の手が紬の丸メガネをそっと外すと、露わになった目元や頬、そして唇へと、慈しむような口づけが何度も落とされる。「葵さん……朝からもう……っ」「朝だからだ。お前が秘書に戻ることを許した分、二人きりの時間は一秒たりとも無駄にはしない」甘く濃厚な抱擁。過保護な独占欲はそのままに、自分の一人の人間としての意志や仕事を認めてくれた葵の温もりに、紬は胸を熱くしながら身を委ねていた。「来月の結婚式のドレス……今日、試着のデザイナーが来る。お前の好きなデザインを選んでくれ。どれほど高価でも、世界に一着のものを仕立てさせる」「はい……楽しみにしています、葵さん」二人の絆は、確かなものとして深まりつつあった。しかし、その頃――。検察への移送を控えた警視庁の接見室。アクリル板の向こう側に座る神楽蓮は、手務書を着ていながらも、恐ろしいほど洗練された気品を漂わせていた。乱れることのない黒髪、どこか儚げで整った容姿。面会に訪れたのは、蓮の指示で動く海外ファンドの凄腕弁護士だった。「蓮様、保釈の手続きおよび警察内部への働きかけは完了しております。明日の移送ルートにて、正式に身柄を確保いたします」「ありがとう。……でも、そんなに大げさにしなくていいよ」蓮は脚を組み、細い指先で頬を支えながら、甘く切ない溜め息をついてみせた。その姿には粗暴さや暴力的な威圧感は一切なく、まるで悲劇の主人公のような美しさが満ちていた。「葵に負けたのは少し悔しいけれど……それ以上に、紬さんのあの澄んだ瞳が忘れられないんだ。葵の腕の中で強がる彼女も素敵だったけれど……本当の彼女の美しさを知っているのは、僕だけなのにね」蓮は指先で自分の唇をそっと撫でると、どこか愛おしそうに目を細めた
last updateLast Updated : 2026-10-14
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第50話

デスクに置かれた青いバラと、美しい筆跡のカード。そこから漂う甘く妖艶な香りに、紬の指先がかすかに震えていた。『近いうちに、また君のその綺麗な指先に触れさせてね』拘留されているはずの蓮からのメッセージ。蓮は力任せに奪おうとするのではなく、いつもこうして紬の心の隙間に滑り込むような、甘く危険な距離感で揺さぶってくる。「……何をみている」背後から掛けられた、氷のように冷ややかな声。振り返る間もなく、紬の肩が葵の強い腕によって引き寄せられた。葵は紬の手元にあるカードと青いバラに目を留めると、その整った涼やかな顔立ちから一切の感情を消し去った。「葵さん……」「……神楽か」葵は紬の手からゆっくりとカードを抜き取ると、手元で感情もなく二つに引き裂いた。そして、その破片と青いバラを迷いなくゴミ箱へと捨て去る。「あ……葵さん、警察に報告したほうが……」「必要ない。奴の逃走ルートも、手引きした人間もすべて特定している」葵は冷徹な黒瞳で紬をじっと見つめると、細い顎をすっと指先ですくい上げた。「……あいつの残した香りのせいで、お前が乱されているのが気に食わない」葵の瞳の奥で、静かな独占欲が蒼く燃え上がっている。葵は紬の丸メガネをそっと外すと、そのまま逃げ場を塞ぐように、激しく深く唇を重ねた。冷酷で完璧な葵が見せる、嫉妬に狂った執着。 蓮の香りを上書きするように、葵の体温とウッディな香りが紬の全身を包み込んでいく。「お前は俺のものだ、紬。……誰の言葉にも、誰の影にも心を動かすな」葵の低く冷たい声。けれど、抱きしめる手には紬を失うことに対する強い焦燥が感じられた。その夜。都心を見下ろす会員制クラブのVIPルーム。ガラス越しに夜景を見下ろしていた神楽蓮は、仕立ての良いジャケットのポケットに手を突っ込み、不敵な笑みを浮かべていた。背が高く、シュッとした細身のスタイル。少し崩したシャツの襟元や、どこかやんちゃでスリルを楽しむような危険な瞳――洗練された気品の中に、隠しきれない「野性味と色気」を漂わせている。「蓮様、警察の追っ手は完全に撒きました。海外ファンドからの準備も整っております」背後に立つ側近の報告に、蓮はフッと鼻で笑い、髪を乱暴にかき上げた。「葵の奴、相変わらず冷たい顔してカリカリしてんだろうな。……目に見えるようだよ」蓮はグラ
last updateLast Updated : 2026-10-14
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