受話器を置いたあとも、手元に残る冷たい感触が拭えなかった。『君が『一人の人間』としての自分を取り戻すための選択だ』蓮の残した言葉が、静まり返った部屋の中で何度も反芻される。葵の過酷なまでの保護は、愛情ゆえのものだと分かっている。けれど、自分の意志や仕事、社会との繋がりをすべて絶たれ、ただ守られるだけの存在になることが、本当に二人の未来にとって正解なのだろうか。私は……葵さんの足手まといになりたいわけじゃない。葵さんの隣に、対等に立てるパートナーになりたいのに……。葛藤に胸を痛める中、重厚な玄関の電子ロックが解除される音が響いた。「ただいま、紬」コートを脱ぎながら入ってきた葵の瞳には、深い疲労と、紬の姿を認めた瞬間の安堵が滲んでいた。葵はまっすぐに紬へ歩み寄ると、そのまま包み込むように強く抱きしめた。「葵さん……お帰りなさい」「ああ……。お前の顔を見るだけで、一日の緊張が解けていく」葵は紬の首筋に顔をうずめ、深く息を吸い込んだ。その抱擁はどこまでも温かく、愛おしさに満ちている。けれど、同時に逃げ場を一切与えない強い力で固められていた。「葵さん……あの、少しお話しがあります」紬は葵の胸の中に埋もれたまま、意を決して言葉を紡いだ。「私、やっぱり秘書としての仕事を再開したいです。社に戻るのが危険なら、リモートでも構いません。私のデータ分析で、葵さんや会社の役に立ちたいんです……」葵の体が、ピタリと固まった。ゆっくりと体を離した葵の黒瞳から、先ほどまでの温もりがスッと消え去っていく。「……まだそんなことを言っているのか」「葵さん……」「外に出れば神楽が牙を剥く。社内ですら誰が裏で繋がっているか分からないんだぞ。なぜ俺の言う通りに『安全なここ』にいてくれない?」葵の手が、紬の両肩を強く掴む。その力加減には、紬を失うことに対する狂気的なまでの恐れが混ざっていた。「俺の手の中にいれば、お前は誰も傷つけられない。何も奪われない。……俺の愛だけを見ていればいいんだ、紬」「葵さん……それは愛じゃなくて、私を縛り付けているだけです……っ!」思わず口をついて出た言葉。葵の目元がショックと激しい憤怒で歪んだ。「……俺の愛が、お前には『縛り付け』に見えるのか」葵は冷ややかな声で呟くと、紬の丸メガネを指先でそっと外し、サイドテーブルへ
Last Updated : 2026-10-08 Read more