篠宮奈緒(しのみや なお)が持ってきたメモには、まず食事の時間が書かれていた。ゲスト15名。ホテルの中国料理店の個室。スーツ姿で。主賓の挨拶も歌もなし、30分ほど。紗月はメモをテーブルに置き、奈緒を見た。ベーカリーを3店舗経営しているという紹介とは違い、相談が始まってから、彼女はティーカップさえ落ち着いて持てずにいた。「ご家族で、お食事の場を設けたいということですね」「はい。ここまで来て、こんなお願いをしていいのかわからないんですけど。立派な式ではありませんし」奈緒は紙の角を折ったり広げたりした。用意してきた言葉をうまく話せているか確かめるように、何度も隣の男性を見る。彼は大丈夫だと手を伸ばしかけ、彼女がバッグを探ると引っ込めた。奈緒はスマートフォンでレストランの写真を探した。ドアを閉じれば、廊下から中が見えない部屋だった。「ここなら、ほかのお客様と顔を合わせることも、ほとんどないそうなので」紗月は画面から目を上げた。料理や眺めより先に、奈緒はドアの位置を説明していた。「小さなお式もお受けしていますよ。まずは、お2人がどんな時間を過ごしたいのか、伺いたいです」奈緒は安心したようにうなずいた。隣の藤沢奏介(ふじさわ そうすけ)も笑ったが、メモの『歌なし』という言葉を、少し長く見ていた。紗月は彼の見ていた箇所を確かめた。「奈緒さんが望んで、この内容になさったんですか? それとも、準備するうちに減らしたのでしょうか?」奈緒がジャケットの袖を触った。「私、2回目なので。娘もいますし」「お子さんも、一緒に出席されますか?」「はい。10歳です。杏奈といいます」奈緒は一度、喉を整えた。「母親が結婚式だと騒いでいたら、娘がどう思うか。学校で何か言われるかもしれませんし。静かに食事をするだけのほうが、いい気がして」奏介が、彼女の手の甲に手を重ねた。「奈緒さん、僕たちはそれでもいいじゃないですか。杏奈が安心できることが、いちばんですよ」奈緒が感謝を込めて彼を見た
Last Updated : 2026-10-24 Read more