All Chapters of 元夫の結婚式を、私が担当することになりました: Chapter 151 - Chapter 160

170 Chapters

第151話 小さくなった花嫁

篠宮奈緒(しのみや なお)が持ってきたメモには、まず食事の時間が書かれていた。ゲスト15名。ホテルの中国料理店の個室。スーツ姿で。主賓の挨拶も歌もなし、30分ほど。紗月はメモをテーブルに置き、奈緒を見た。ベーカリーを3店舗経営しているという紹介とは違い、相談が始まってから、彼女はティーカップさえ落ち着いて持てずにいた。「ご家族で、お食事の場を設けたいということですね」「はい。ここまで来て、こんなお願いをしていいのかわからないんですけど。立派な式ではありませんし」奈緒は紙の角を折ったり広げたりした。用意してきた言葉をうまく話せているか確かめるように、何度も隣の男性を見る。彼は大丈夫だと手を伸ばしかけ、彼女がバッグを探ると引っ込めた。奈緒はスマートフォンでレストランの写真を探した。ドアを閉じれば、廊下から中が見えない部屋だった。「ここなら、ほかのお客様と顔を合わせることも、ほとんどないそうなので」紗月は画面から目を上げた。料理や眺めより先に、奈緒はドアの位置を説明していた。「小さなお式もお受けしていますよ。まずは、お2人がどんな時間を過ごしたいのか、伺いたいです」奈緒は安心したようにうなずいた。隣の藤沢奏介(ふじさわ そうすけ)も笑ったが、メモの『歌なし』という言葉を、少し長く見ていた。紗月は彼の見ていた箇所を確かめた。「奈緒さんが望んで、この内容になさったんですか? それとも、準備するうちに減らしたのでしょうか?」奈緒がジャケットの袖を触った。「私、2回目なので。娘もいますし」「お子さんも、一緒に出席されますか?」「はい。10歳です。杏奈といいます」奈緒は一度、喉を整えた。「母親が結婚式だと騒いでいたら、娘がどう思うか。学校で何か言われるかもしれませんし。静かに食事をするだけのほうが、いい気がして」奏介が、彼女の手の甲に手を重ねた。「奈緒さん、僕たちはそれでもいいじゃないですか。杏奈が安心できることが、いちばんですよ」奈緒が感謝を込めて彼を見た
last updateLast Updated : 2026-10-24
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第152話 2度目の花嫁だから

奏介は書いた言葉を隠さず、奈緒に読めるよう紙を真ん中へ置いた。「母に、衣装を見にいこうと誘われたんです。息子の結婚式で、留袖を着たかったんだと思います」「どうして、私に言ってくださらなかったんですか?」「奈緒さんの負担になるかと思って」彼はペンを転がした。「同僚も歌ってくれると言っていたので、式はしないと伝えるのは少し残念でした。でも、奈緒さんがつらいのに、僕の希望まで増やせなくて」奈緒がカップを持ち、置いた。奏介が急いで付け加える。「今すぐ変えたいと言っているんじゃないんです。食事だけでもいいのかもしれません。ただ、何も残念じゃないと言ったのは、本当ではありませんでした」奈緒がうつむいた。「奏介さんは、もともと結婚式に興味がないんだと思っていました」「僕も、ちゃんと話していませんでした」紗月は白紙を『したいこと』と『心配なこと』に分け、2人に見せた。奈緒はまず、心配なほうに娘の名前を書いた。奏介は隣に留袖と歌を書き、少し迷ってから、もう1つ加えた。『一緒に撮る写真』奈緒が、その文字を指先でたどった。「これも、私がやめようと言いましたね」「写真が残ると、娘さんが嫌な気持ちになるかもしれないと、おっしゃっていたので」「でも、本人には聞いていませんでした」ペン先を紙につけたまま、しばらく動かせなかった。「お母様には、留袖を着ていただきたいです。同僚の先生方にも、来ていただけたら。私だけが怖がって、何でも減らしてしまいました」「では、奈緒さんがしたいことは?」奏介に聞かれ、奈緒がためらった。ほかの人のために場所を空けることは言えても、自分の分を選ぶには時間がかかった。紗月が口を開く。「ドレスでもスーツでも、本当に着たい服があれば、一緒に見られますよ。白を除いて選ぶ必要はありません」奈緒が小さく笑った。「白いドレスを、また着てもいいのか。最初に、それを聞こうと思っていたんです」「着たいの
last updateLast Updated : 2026-10-24
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第153話 お姫様のスケッチブック

奈緒はフィッティングルームの入口で、薄いグレーのワンピースを手に取り、戻した。昨日は白いドレスを着てみると言ったのに、娘が隣にいると、また迷ってしまう。「ママ、それを着るの?」杏奈が尋ねた。黄色い帽子を膝に載せ、スケッチブックを抱えている。奈緒はすぐに答えられなかった。「まだ見ているところ」紗月は、どちらも試着できると伝えた。奈緒が服を選ぶ間、プランナーの小森杏奈が娘と座り、靴のサイズを確かめる。同じ名前だと聞いて、少女が少し笑った。「お姉さんも、杏奈なの?」「うん。小森杏奈。ややこしかったら、小森プランナーって呼んでもいいよ」娘の杏奈が、スケッチブックを膝に下ろした。開いたページの端に、白いスカートが見えた。紗月が目線を低くする。「絵を描いたの? 見せてもらってもいい?」少女は母を見てから、うなずいた。奈緒はただの落書きですと言いかけて、やめた。杏奈が自分でページをめくる。花冠を載せた母が、白いドレスを着ていた。隣には『世界でいちばんきれいなママ』と書かれていた。奈緒が椅子に座った。「これ、いつ描いたの?」「ママが結婚するって言ったとき」「ママに、こういう服を着てほしい?」杏奈がうなずいた。「ママ、きれいな服を見ていても、すぐ私の顔を見る。嫌だなんて言ってないのに」奈緒の手が止まった。杏奈は、色鉛筆を重ねたスカートの部分をこすった。「奏介さんが来ると、ママ、笑うでしょ。でも、結婚式の話になると、ごめんねって言う。どうして私に謝るの?」奈緒は答えを探し、娘の手を取った。「ママ、杏奈の気持ちを聞かないで、1人で心配していたんだね」「私、ママのドレスが見たかった」杏奈が絵を前に押した。奈緒はその紙を見ながら、目元を拭った。娘がティッシュを探そうとする前に、紗月が差し出す。奈緒は受け取り、娘に礼を言った。「ありがとう。でも、ママが選ぶ服が、その絵と少し違ってもいいかな?」「うん。ママが好きなのを着て」
last updateLast Updated : 2026-10-25
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第154話 招かれざる客

男は奈緒の元夫、真壁雅之(まかべ まさゆき)だった。娘に会いに来たと受付に告げ、待つように言われたのも聞かず、フィッティングフロアへ下りてきたところだった。「娘がここにいるんだろう。どうして入れないんだ?」紗月は男とカーテンの間に立った。背後では、小森プランナーが少女を奥の椅子へ連れていく音がした。「ご用件は伺いました。今はフィッティング中ですので、こちらの相談室でお話しください」「俺が誰かわかってるのか? マカベ・グローバルの真壁雅之だ。杏奈の父親だぞ」雅之は名刺をテーブルに投げた。紗月は目を通したが、道を空けなかった。受付のスタッフが、遅れて下りてきた。止められなかったと説明しようとすると、紗月は先に、奥で待つ顧客を別室へ案内するよう頼んだ。それを見た雅之は、さらに声を荒らげた。「人を呼んで、追い出す気か?」「ほかのお客様の準備を続けるためです。真壁社長のお話は、私が伺っています」紗月はカーテンの脇に見えていた小さな靴が、奥へ消えたことを確認した。「お父様でも、ご予約なしにフィッティングルームへは入れません」「娘の母親が再婚するのに、実の父親は来るなって言うのか?」折よく到着した奏介が、相談室の前で足を止めた。雅之を見ると、まず奈緒と娘の姿を探す。紗月に中にいると聞いて、少し肩を下ろした。雅之が彼に気づき、笑った。「お前が、あの学校の先生か。他人の子で父親ごっこをして、楽しいか?」「子どもに聞こえます。声を落としてください」「父親の俺に、お前が何を言うんだ?」奏介の顎に力が入った。紗月は向かい合う2人の間から、相談室のドアを開けた。「ここで続けられると、ほかのお客様の準備も止まります。お話があるなら、中でお願いします」雅之は不満そうに入り、ソファに座った。脚を組み、ネクタイを触る。奏介はドアの近くに立った。奈緒は小森プランナーに娘を頼み、ドレスの上からガウンを羽織って出てきた。それを見ると、雅之が口の端を上げた。「ずいぶん派手なことをするんだな。
last updateLast Updated : 2026-10-25
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第155話 その手で守るもの

「どけ。自分の娘に会おうとしてるんだ。お前が止めるな」雅之が、もう一度奏介の肩を押した。奏介はその手をつかんで外し、通路をふさいだ。力を込めかけたが、奥から少女の泣く声が聞こえ、手を緩める。「子どもの前で、つかみ合いはしたくありません。お帰りください」「学校の教師が、よその家庭に口を出していいのか?」「今、子どもを泣かせているのは、僕ではありません」紗月は警備担当者に、入口で起きていることを説明した。騒ぎを続けるなら、警察に助けを求めると雅之に伝える。スタッフが電話を持ち、出入口へ移動した。雅之が紗月を指さした。「俺が子どもを育てる権利まで、お前が決めるのか?」「私が決めることではありません。真壁社長がここで怒鳴っても、決まることではありません。その問題でお話があるなら、奈緒さんの代理人へご連絡ください」紗月は奈緒に頼まれ、律へ電話をつないだ。奈緒はカーテンの中で話し、自分の手元にある判決と支払いの記録を送ると伝えた。それを聞いて、雅之が声を張り上げる。「法律でやり合おうってことだな。式の日も人を並べて、止められるか見ものだ」奏介はまっすぐ彼を見た。「押しかけて脅すというお話は、スタッフの皆さんも聞いています。杏奈と会うことを、奈緒さんを怖がらせるために使わないでください」「何も知らないくせに、説教するな!」「夜、あの子が具合を悪くして病院へ行ったとき、いらっしゃらなかったでしょう。今からでも、何を怖がっているのか見てください」雅之が奥のカーテンを見た。その向こうの娘の顔は見えなかった。警備担当者が出口のほうへ1歩よけ、退室を促した。それ以上進めず、雅之は背を向けた。出ていく間も何度か振り返ったが、奏介と紗月は言葉を重ねなかった。スタッフがロビーまで付き添い、戻ってきた。奈緒は娘の隣に座っていた。ドレスの上のガウンが片側へずり落ちているのに、直すことも忘れていた。奏介が入口から声を落とす。「入っても、いいですか?」奈緒がうなずいた。杏奈は母の腕を握り、奏介を見た。
last updateLast Updated : 2026-10-25
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第156話 境界線を引くために

紗月は、奈緒から送られた招待客名簿を開いた。最初の相談で書いた15名の横に、新しい数字がある。両家合わせて120名。2人が数日かけて、自分たちで選んだ名簿だった。「ベーカリーのスタッフがいなかったら、寂しいなと思って。いつもお店を任せて出かけるのに、今回も仕事だけお願いするのは、違う気がしたんです」奈緒が名前の1つを指した。隣で奏介もうなずく。「僕の両親と、同僚の席も入れました。ただ、どちらも顔のわからない方まで増やさないことにしました」「では、深沢ハウスガーデンは、この人数で確定しますね。変更があれば、お2人へ一緒にご連絡します」真帆は2人が同じ名簿を見ているか、日付を照合したうえで、最終版をそれぞれに渡した。新郎側60席、新婦側60席。奈緒は自分の友人の名前をもう一度確かめ、署名した。紗月は、その下にあった雅之からの文書を出した。式の日に娘に会わせろという要求と、応じなければ無理にでも連れていくという言葉が届いていた。奈緒の手が名簿の上で止まる。「先生とはお話ししました。文書が届いたからといって、あの人の望みどおりにする必要はないと言われました。でも、当日も来るんじゃないかと思うと……」「そのために、出入りの計画を別に用意しました」紗月は会場図を回した。駐車場から花嫁の控室へは、正面玄関を通らずに行けた。娘の待機室も、その隣にある。「こちらは、登録されたご家族と担当スタッフだけが出入りします。来訪者の対応は正面で。奈緒さんを訪ねてきても、最初から控室の場所を教えることはありません」「杏奈は、外にパパがいると知ったら、飛び出していくかもしれません」「だから、隠すよりも、誰が一緒にいるか決めておきたいんです。不安になったら、すぐに入れる部屋も見せておきましょう」奏介が、図面の小さな部屋を見た。「ここに、僕の母が一緒にいてもいいですか? 杏奈と2人だと、よく編み物を教えているんです」「いいですね。ただ、ご本人にも聞いてあげてください。おばあちゃんといたいか、ママの近くにいたいか」奈緒がスマートフォンにメ
last updateLast Updated : 2026-10-25
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第157話 杏奈お姉ちゃんのパパ

蓮司が恐竜の本を開くと、湊が背表紙を押さえた。「それじゃない」「昨日は、これを読んでほしいって言っただろう?」「昨日と今日は違うもん」ソファに座った紗月が笑った。蓮司は別の本を取り、今度は開く前に息子を見る。湊がうなずいてから、最初のページをめくった。金曜の夜だった。紗月は明日会場に持っていくバッグを、玄関へ置いてきた。スマートフォンには最終人数や車の到着時間も届いていたが、今は画面を伏せてある。「明日、杏奈お姉ちゃんも来る?」湊が蓮司の膝の上で尋ねた。「うん。お姉ちゃんのママの結婚式だからね」「お姉ちゃんが結婚するんじゃなくて?」「お姉ちゃんは、まだ子どもだよ」湊はテーブルの写真を引き寄せた。奈緒と奏介が、娘の隣に座って撮ったものだった。家族が前にオフィスへ寄ったとき、湊は杏奈と恐竜の話をした。お姉ちゃんは、ティラノサウルスの名前を1回で聞き取ってくれた。「ねえ、ママ」「何?」「お姉ちゃんは、パパが2人いるの?」蓮司の手がページの上で止まった。紗月は、息子が何を知りたいのか、先に尋ねた。「奏介さんのこと?」「うん。お姉ちゃんは奏介さんって呼んでたけど、明日ママと結婚したらパパになるでしょ。じゃあ、前からいるパパは?」紗月は写真の3人を指した。「杏奈お姉ちゃんのママとパパは、別々に暮らしているの。奏介さんは、これからお姉ちゃんとママと、一緒に住むことになったんだよ」「じゃあ、お姉ちゃんは誰をパパって呼ぶの?」「お姉ちゃんが、呼びやすいように呼ぶの。すぐに変えなくてもいいんだよ」湊は自分の父親を見上げた。「ぼくは、パパって呼ぶよ」「知ってる。1日に何度も呼んでくれるよね」蓮司が息子の脇腹を指で軽くつついた。湊は身をよじって笑い、また尋ねる。「お姉ちゃんが、ずっと奏介さんって呼んだら、奏介さんは悲しい?」「それは本人に聞いてみないとね。でも、呼び方を変えなさいって、お姉ちゃんを急かし
last updateLast Updated : 2026-10-26
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第158話 ドアの外に置いていくもの

「すみません、僕たちは、ここでいいですか?」奏介の教え子たちが制服の袖を整え、前方の席を指した。小森プランナーは名簿を確かめ、横の通路へ案内した。生徒たちはバッグを前に抱え、花飾りに引っかけないよう通っていった。深沢ハウスガーデンの120脚の椅子が、少しずつ埋まっていく。ベーカリーのスタッフたちは、奈緒が休みを調整してくれたので一緒に来られたと笑っていた。真帆は到着人数を確認してから、花嫁の控室へ無線を入れた。本番は昼12時30分。紗月が奈緒のベールを直していると、正面玄関の担当者から短く連絡があった。「真壁雅之さんが到着しました。ほかに同行者が4名います」紗月はベールの端を下ろした。時計は12時10分を指していた。「入口で対応をお願いします。控室へは案内しないでください。私が行きます」奈緒が紗月の顔を見た。「来たんですか?」「正面で、スタッフが話しています。奈緒さんは、ここにいてください」奈緒は立ち上がりかけて、娘の手を握った。少女は鏡の中の母を見ていた。紗月は控室の担当者と目を合わせ、ドアを閉じて出た。正面玄関には雅之と、黒いコート姿の男たちが立っていた。雅之は案内デスクへ身を乗り出し、怒鳴っていた。「娘が中にいるんだぞ! 実の父親を入れない結婚式があるか!」警備担当者が、通路を空けるよう求めた。紗月はあとから来たゲストを別のスタッフに任せ、雅之の前に立つ。「事前にお伝えしたとおり、本日のご訪問はお受けしません。お子さんとの面会日程は、別途ご連絡ください」「俺に指図する立場か? 奈緒を呼べ。直接話す」「今は挙式の準備中です。私にお話しください」雅之が横から入り込もうとした。警備担当者に止められると、案内台の名簿をつかむ。紗月が置くように言っても、手を離さなかった。「俺が誰かわかってるのか? 客の見ている前で、こんなことをするのか!」「騒ぎを続けられているため、警察に助けを求めました。こちらでお待ちください」雅之が振り返る。連れの1人が近づき、声を落として何か
last updateLast Updated : 2026-10-26
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第159話 いちばん幸せな家族写真

奏介は、奈緒より先に少女の姿を見つけた。杏奈は母のドレスを踏まないよう、足元を見ていた。奏介は迎えに出る歩みを緩め、少女に手を差し出した。「ちゃんと、連れてきてくれたね」「ママが、ゆっくり行こうって言ったんです」「うん。ありがとう」奈緒の手も受け取る。彼を見た奈緒は笑おうとして、涙がこぼれた。奏介は待った。拍手が続く間に、奈緒はブーケの後ろで目元を拭い、顔を上げた。前の席から、教え子が声をかけた。「先生、おめでとうございます!」奏介が笑ってそちらを見た。生徒たちの隣には、両親が座っていた。母は奈緒と一緒に選んだ留袖を着て、両手で拍手していた。3人は一緒に壇へ上がった。少女の椅子は、花嫁にいちばん近い位置に用意されていた。杏奈は母の手を離す前に、奏介を見た。そばにいるよと伝えるようにうなずくと、安心した様子で座った。指輪を交換するとき、奈緒の手が少し震えた。奏介は指を伸ばしたまま待ってくれた。「急がなくていいですよ。後ろに列ができているわけじゃありませんから」マイクに入った言葉に、ゲストが笑った。奈緒も笑いながら、指輪を最後まで通した。同僚の教師たちのお祝いの歌が続いた。相談のとき、奏介がお願いしたいと言っていた曲だった。奈緒には、彼が歌詞を追って唇を動かしているのが見えた。腕に触れると、奏介が顔を向ける。「うれしいですか?」「はい。本当に」奈緒はそれ以上尋ねず、隣に立った。杏奈が手紙を読む番になった。小森プランナーは、少女が立つ前に目で確かめた。杏奈がうなずくと、マイクを低くした。手には、大きなスケッチブックではなく、折り畳んだ便箋が1枚あった。長い手紙は奏介に別に渡す。皆の前で読むのは、自分が選んだ2つの文だった。「奏介さん」奏介が少女の前にかがんだ。杏奈は紙を見てから、彼の顔を見た。「ママを笑わせてくれて、ありがとう。私も、奏介さんと長く一緒に暮らしたいです」最後は声が小さくなった。少女が紙を畳むと、小森プランナーはマイクを脇へよけた。続
last updateLast Updated : 2026-10-27
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第160話 2度目の結婚のぬくもり

土曜の遅い午後、奈緒たちを見送ったあとだった。ガーデンのベンチへ座ると、蓮司が紙カップを差し出した。コーヒーがこぼれないよう、ふたをしっかり押さえて閉めてある。湊は杏奈にもらった恐竜の風船を持ち、ベンチの前を行ったり来たりしていた。蓮司はひもを手首にきつく結ぶ代わりに、短く持たせながら言った。「走って手を離したら、飛んでいくよ」「離さないもん」「さっきは、帽子も離さないと言ってたけど」湊が何もない頭を触る。帽子は蓮司のバッグに入っていた。紗月は笑って取り出し、かぶせてやった。蓮司は奈緒と奏介が最後に挨拶していたほうを見た。「家族写真、よく撮れていたね」「見たんですか?」「湊が見たいと言うから、一緒に。娘さんが笑っている写真」紗月も思い浮かべた。奈緒が最初に選んだのは、きちんと正面を向いた写真ではなく、3人が顔を見合わせて笑う1枚だった。「私たちの温室の写真も、そうでしたね。湊がよそを見ているのが、いちばんよかった」「あれは、君が笑っていたからよかった」紗月が彼を見る。蓮司はコーヒーをひと口飲み、続けた。「あの日の俺は、固まっていただろう。水ばかり飲んでいた」「湊が、3杯飲んだと言っていましたよ」「数えていたのか」「ママが仕事をしないように見張って、パパが水を飲む回数まで数えて。忙しかったんですね」蓮司は笑って彼女の手を取った。紗月は親指で、彼の指輪の縁をなぞる。内側の文字は見えないけれど、何が刻まれているかは知っていた。「今撮ったら、少しは自然に笑えますか?」「撮ってみて」紗月がスマートフォンを上げると、蓮司は先に笑った。湊が風船を抱えて間に入り込む。画面には、人の顔より大きく恐竜の頭が写った。「湊、ママが見えないよ」「恐竜も、家族写真を撮らなきゃ」紗月はそのままシャッターを押した。蓮司の肩に寄りかかって笑う自分の顔が、画面の端に少し残った。***紗月は現場の機材を置きに、少しだけオフィスへ
last updateLast Updated : 2026-10-27
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