桐生彰人は、瑞城コンサルティングという名前を聞いても、まばたきひとつしなかった。「昔の委託先まで、私が覚えている必要があるのか?」蓮司は専務室のテーブルに、契約書の写しを置いた。「5億2,000万円の契約です。ご自身で決裁されています」「桐生リゾートのイベント代行だろう」「イベントは開催されていません」彰人が椅子にもたれた。「会計監査を通った費用なら、担当者に聞いてくれ」「担当者は、当時の専務の運転手です。今は海外にいます」「疑いの目で見れば、誰だって怪しく見える」蓮司は別の書類を出した。瑞城から紗月名義の口座へ、5億円が入金された履歴だった。彰人の目が、ごく一瞬止まった。「なぜ、これを私の机に?」「5年前、私はこの残高証明書を見て、妻を捨てました」「それは君たち夫婦の問題だ」「会社の資金が使われています」蓮司が持参したのは契約書の原本ではなく、裁判所の定めた証拠保全手続きによって確保した写しだけだった。監査チームの2名と外部弁護士も、扉の外で待っていた。親族同士でひそかに収める話ではないと、最初から明確にするためだった。「瑞城の法人印は、設立から廃業までに3度変更されています。2度目の変更申請書に記載された連絡先は、専務秘書室の番号でした」彰人は書類を見もせず、笑った。「秘書室の番号は、何十もの系列会社が使っている」「だから断定せずに、お尋ねしているんです。この会社と、どんな関係があったんですか?」「ない」「そのお答えも記録します」蓮司が録音機の時刻を確認すると、彰人はようやく自分の法務担当を呼んだ。外部弁護士は、聞き取りを中断して正式な監査日程を組むと告げた。蓮司は引き止めなかった。答えを強いるより、拒否した事実を残すことが大切だった。「会社の資金だという証拠は?」「リゾートの業務委託費が、同じ日に瑞城の口座へ入っています」彰人はゆ
Last Updated : 2026-09-22 Read more