All Chapters of 元夫の結婚式を、私が担当することになりました: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話 溶けてしまったアイスクリーム

土曜日の2時間の面会は、外で過ごすことになった。行き先は、近所の子供科学館。入り口が狭く、週末は混む場所だったが、湊が自分で選んだ。蓮司は約束の10分前に着き、チケットを買おうとして手を止めた。紗月が来る前に、勝手に予定を決めないと約束していた。3人がそろってから、湊が券売機で恐竜展と光の実験室のどちらかを選んだ。長く悩んだ末に押したのは、光の実験室だった。「恐竜じゃなくていいの?」蓮司が聞くと、湊は答えた。「きょうりゅうは、こんどみればいいよ」蓮司は、その言葉を胸にしまった。展示室で湊は、懐中電灯を使って壁に影を作った。蓮司もうさぎをまねてみたが、耳が3本になった。「それ、うさぎじゃない」「何に見える?」「うちゅうじんのニワトリ」湊が笑い、紗月もついにこらえきれず笑った。蓮司は2人を交互に見た。この瞬間を撮りたくなったが、スマートフォンは出さなかった。写真には、許可がいる。湊に撮っていいか聞こうかと思い、やめた。展示に夢中になっているところへ尋ねるだけでも、楽しんでいる時間を途切れさせてしまうかもしれない。覚えておきたいと思ったからといって、毎回記録する必要はなかった。紗月は彼がスマートフォンをしまうのを見たが、何も言わなかった。尋ねずにこらえた行動を1つずつ褒めれば、また評価されるための振る舞いになってしまうかもしれない。見学を終えると、アイスクリームの店へ行った。湊はイチゴ、紗月はコーヒー味。蓮司は何も頼まなかった。「パパも、たべて」「大丈夫だよ」「じゃあ、ぼくの、とけそうだから、もってて」蓮司はアイスのカップを受け取った。そのとき、スマートフォンが鳴った。画面に出たのは、桐生グループの元財務担当役員の名だった。5年前の瑞城コンサルティングの資金の流れを知っているという人物だ。蓮司は出なかった。湊は実験室の土産店へ駆けていった。紗
last updateLast Updated : 2026-09-29
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第72話 家族参加授業

家族参加授業の日、幼稚園の正門はいつもより静かだった。警察と園の職員が外からの撮影を防ぎ、保護者はスマートフォンを透明な保管箱へ入れてから入場した。撮影の制限は、どの家族にも同じように適用された。園長は授業の前に、ほかの子供の写真を個人のアカウントに載せないこと、園内で撮った写真も配布前に確認することを案内した。湊1人を隠す行事ではなく、すべての子供の顔を守る授業にしたのだった。蓮司はスマートフォンを預ける際、会社からの緊急連絡も切った。今日の名札に書かれた役割以外は、教室に持ち込まなかった。湊は教室の前で紗月の手を握り、蓮司を探した。「パパ、おそい?」「約束の時間まで、あと3分あるよ」「ちかてつ、のれなかったのかな」1分後、廊下の向こうに蓮司が現れた。スーツではなく、濃いグレーのニットにコットンのパンツ。名札には『一ノ瀬湊の保護者 桐生蓮司』とあった。湊が名札を読んだ。「かいちょうさんじゃないね」「今日は、保護者だから」「うしろにすわって」「わかった」授業は、紙箱で家族が一緒に住む家を作る活動だった。湊はママと床を作り、蓮司には屋根を任せた。「パパ、やね、じょうず?」「作ったことないな」「かいしゃで、家、つくらなかったの?」「ホテルは建てたけど、自分で折ったわけじゃないからね」「だから、できないんだよ」湊は自信たっぷりに、のりのつけ方を見せた。蓮司は屋根の片側を、斜めに貼ってしまった。子供が剥がそうとすると、紙が破れた。湊の唇が、とがった。「だめになっちゃった」蓮司は新しい箱を取りにいかなかった。「ここに窓を作ったら、どうかな?」破れた部分を四角く切り取ると、小さな窓になった。湊が内側から顔を出した。「ここ、ぼくのへや」「じゃあ、屋根は?」「ななめでも、い
last updateLast Updated : 2026-09-29
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第73話 お弁当箱のふた

火曜日の夜、蓮司は小さな弁当箱を持ってきた。「なに、それ?」玄関で湊が聞いた。「おにぎり」「かったの?」「作ったんだ」蓮司は前日、湊が食べられない食材と、保存できる時間を紗月に聞いていた。ナッツ類は入れず、ご飯は訪ねる直前に用意した。最初に失敗した分は自分で食べ、2度目に作ったものを持ってきた。準備の話を聞いても、紗月は「よくできました」とは言わなかった。子供の食べ物を持参する前に保護者へ聞くのは、褒められる特別な行動ではなく、基本だった。紗月は弁当箱より先に、蓮司の指の絆創膏に気づいた。「包丁で切ったんですか?」「のりを切っていたら」「のりを包丁で切ったんですか?」「はさみが、どこにあるかわからなくて」湊が真剣な顔で言った。「はさみは、2ばんめのひきだし」「次は、覚えておくよ」食卓でふたを開けると、大きさの違う6個のおにぎりが、くっつき合っていた。いちばん大きいものは拳より大きく、小さいものはブドウ1粒ほどだった。湊が声を上げて笑った。「これ、パパの。おっきいの」「どうして?」「パパの手で、つくったから」蓮司はいちばん大きなおにぎりを皿に移した。味が片寄っていて塩辛かったが、黙って食べた。紗月は小さいものを1つ取った。「ごま油、入れすぎですね」「計量スプーンを、間違えました」「でも、食べられます」蓮司が彼女を見た。「感謝じゃありません。感想です」「受け取る範囲は、わかりました」湊が2人を交互に見て言った。「ママも、はんいって、いうようになった」「どうして?」「パパが、いつも、わかったっていうから」紗月は笑いをこらえ、水を渡した。食べ終わると、湊が幼稚園の遠足の案内を出した。保護者のお弁当も、一緒に持っていく行
last updateLast Updated : 2026-09-30
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第74話 絵の中の空白

湊は、新しく描いた家族の絵を冷蔵庫に貼った。ママと自分、蓮司が並んでいた。紙の端には、小さな四角が1つ、空いていた。「これは何?」紗月が聞くと、湊はクレヨンを探しながら答えた。「まだ、かいてないの」「誰を描くの?」「わかんない」子供は黄色と緑を、交互に持った。「みんな、おばあちゃんとか、犬とかも、かいてたよ」「湊が描きたい人を、描けばいいんだよ」「パパのママ、かいてもいい?」紗月は、すぐには答えなかった。湊が写真で見た雅子を思い浮かべることまで、止めたくはなかった。けれど、家族の絵の1枠が、面会を認める意味になってもいけなかった。「絵には、描いていいよ」「あうのは?」「それは、あとでまた話そう」「ママが、まだいやだから?」「うん」湊は意外にも、それ以上聞かなかった。四角の中に、人ではなく灰色のドアを描いた。「これは、ドア?」「うん。あけるかどうか、あとできめるの」紗月は、クレヨンを握る小さな手を見た。子供は、大人の言葉を自分なりに受け止めていた。その夜、紗月と蓮司、そして2人の弁護士は、提供されたメールのバックアップを一緒に開いた。オンライン会議の画面に、5年前の予定表が映った。ホテルラウンジ、1803号室。予約者は、彰人の秘書室。出席者のメモには、『文化財団 K.M./法務 I.M.』とあった。「桐生雅子、石崎雅人」黒川が言った。蓮司は次のファイルを開いた。会合後、財務担当役員に送られたメールだった。【瑞城コンサルティングの口座へ5億円を移動。受取人の本人識別情報は別途送付。会長の決裁ルートには回さないこと。K.A.】K.A.は、Kiryu Akito――桐生彰人のローマ字表記から取ったイニシャルだった。「元
last updateLast Updated : 2026-09-30
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第75話 高価な贈り物

雅子が送ってきた箱は、子供の背丈ほどもあった。玄関前の箱を見て、湊が目を丸くした。「ぼくの?」配達員が受領の署名を求めた。差出人は桐生文化財団。品名には『知育玩具セット』とあった。紗月は箱を家に入れなかった。「返送をお願いします」「ママ、なんなの?」「湊に送ってきた、プレゼント」「あけちゃだめ?」「誰から届いたのか、わかってから決めないと」紗月は差出人を隠さなかった。「パパのママが送ってきたの」湊は箱より先に、紗月の顔を見た。「ママが、きらいな人?」「うん」「ぼくも、きらいにならなきゃだめ?」その問いに、紗月は一度息を整えた。「ううん。湊は、まだよく知らない人だと思えばいいよ」「じゃあ、プレゼントは?」「まだ会っていない人から大きなプレゼントをもらうと、あとで嫌だと言いにくくなることがあるの」湊は、箱に描かれた華やかな恐竜を見た。「きょうりゅう、なのに」「それでもね」残念そうな顔をしたが、駄々はこねなかった。「しゃしんだけ、いい?」紗月は配達員に断り、箱の絵だけ撮ってあげた。荷物は、そのまま返送された。湊は写真を自分のアルバムに入れず、1度見てから消した。「あとでおばあちゃんにあったら、きょうりゅうがすきって、いっていい?」「湊が言いたければね」「そしたら、またプレゼントくれる?」「会うことになっても、プレゼントは先にママと相談するよ」子供は残念がりながらも、約束を理解した。会うと決めることと、物を受け取ると決めることも、別々だった。その日の午後、蓮司は雅子を訪ねた。「贈り物は送らないでくださいと言いました」「あの子に罪があるの? 教育にいいものを選んだだけよ」「子供に罪はないからこそ、母さんの気持ちに報いる義
last updateLast Updated : 2026-09-30
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第76話 監護に関する取り決めという脅し

裁判所からの郵便は、月曜日の午前に届いた。【親権者および養育者の変更に関する事前調停申立てのご案内】申立人の名は、桐生蓮司だった。紗月は最初のページを読んでも、すぐには蓮司へ電話しなかった。原本を黒川に渡し、まず事件番号を照会した。「正式に受理されているのは、間違いありません」黒川が言った。「ただ、代理人がおかしい。蓮司さんが委任したことのない、桐生グループの法律事務所です」申立書には、紗月が頻繁な海外出張や夜間勤務で子供を放置しているとあった。最近、幼稚園の前に記者が集まったことまで、『現在の養育環境の不安定さ』として挙げられていた。蓮司は代表取締役を退いたため、子供を世話する時間が十分にある、という主張も添えられていた。「本人の署名は?」「電子委任状です。グループの人事システムに登録されていた、以前の電子署名が使われています」紗月は乾いた笑いをのみ込んだ。5年前に自分の署名を写し取った人間たちが、今度は蓮司の名で監護に関する取り決めを求めている。蓮司は弁護士から連絡を受け、30分で来た。紗月のオフィスのドアの前で、入っていいか尋ねて待った。「この申し立て、あなたがしたんじゃないですよね?」「違います」「証明できますか?」蓮司は持参した資料を出した。最近委任した個人の法律代理人との契約書。桐生の法律事務所への委任解除通知。電子署名の利用停止申請。「グループのシステムで私の署名が使われた際の、接続記録も請求しました。私の意思によるものではないという陳述書を、今、作成します」黒川は電子申立ての記録を再び開いた。委任状が登録された時刻、蓮司は湊の相談センターにいた。携帯電話の位置情報も、センターの入退館記録も残っていた。接続元は、桐生本社の法務支援室が使う社内ネットワークと確認された。「取り下げるだけでは、いけません」蓮司は言った。「申立て自体が、私の意思とは無関係だったことを、裁判所の
last updateLast Updated : 2026-09-30
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第77話 公証した放棄

蓮司が持ってきたのは、『親権放棄の覚書』ではなかった。親としての権利や義務は、私的な紙1枚で法的に消せるものではない。その説明が、最初に添えられていた。代わりに、内容は具体的だった。紗月の同意なく、親権者や監護者の変更を求めたり、子供の海外渡航を妨げたり、転園の手続きを進めたりしない。桐生グループおよび家族が、子供の名前や肖像を企業活動に使用することには同意しない。子供名義の財産は、独立した受託機関と、紗月が指定する専門家の検討なく設定しない。紛争が生じた場合、裁判所への申立ての前に、指定した家族調整の手続きを経る。「なぜ、これを書くんですか?」紗月が尋ねた。「私の名前を、もう一度利用されないようにするだけでは、足りないと思いました」「あなたが考えを変えれば、この文書だって争えます」「わかっています」「公証したからといって、万能ではありません」「それも、わかっています」蓮司は書類を押しつけなかった。紗月が自分から手に取り、読むまで待った。「では、これで信じてほしいという意味ではないんですね」「違います。自分にできる行動を、先に制限しておくんです」「どうして?」「力のある側は、あとで善意で我慢すると言うより、今、できなくしておくほうがいい。そう学びました」紗月は最後のページをめくった。蓮司個人の弁護士と、独立した公証人の確認があった。桐生家の法律事務所にも効力を通知し、違反した場合は、子供と紗月に生じた損害を賠償する条項も設けられていた。「私が修正してもいいですか?」「はい」紗月は3か所を直した。『紗月の同意』を、『紗月および児童の専門家による検討』に変えた。面会交流の拡大については、年齢に応じた方法で湊の意思を確認することを加えた。文書の公表は、双方の合意なしには禁止した。黒川はさらに、有効期間と見直しの手続きを加えた。湊が成長すれば、
last updateLast Updated : 2026-10-01
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第78話 空になった椅子

幼稚園の最後の授業は、予定より早く終わった。仮処分が認められ、直ちに追い出される事態は避けられた。それでも園長は、学期の途中であっても移転したほうがいいと判断した。毎日、記者や所有者の顔色をうかがうより、1度引っ越すほうが子供にはいい、という説明だった。教室の片隅に、箱が積まれていた。湊は、自分の名札がついた椅子を拭いた。「これも、もっていく?」「新しい教室にも、椅子はあるんだって」先生が答えた。「じゃあ、これは、だれのになるの?」「ここに、置いていかないといけないみたい」湊は、背もたれの恐竜シールを剥がそうとして、手を止めた。長く貼ってあったシールは、端が白く毛羽立った。「剥がすと、破れちゃうね」後ろから蓮司が言った。保護者のボランティアとして、箱を運びに来ていた。ほかの親と同じ名札をつけ、警護の人間も連れていなかった。「じゃあ、どうする?」「写真に残そうか?」湊は紗月を見た。「とっていい?」「うん」蓮司は、子供と空の椅子を一緒に撮った。すぐに湊へ見せた。「シールも、うつった?」「写ったよ」そこでようやく、湊は椅子から手を離した。先生は子供たちを輪に座らせ、この教室で楽しかったことを、最後に1つずつ話してもらった。ブロックの城を作ったこと。雨の日に窓へ絵を描いたこと。給食にイチゴが2回出たこと。建物を失っても、思い出まで奪われないようにするための授業だった。1人の子供が、湊に言った。「新しいとこにも、いっしょにいけばいいじゃん」湊は答える代わりに、恐竜シールの写真をもう一度見た。友達が自分のせいにしなかった。それだけで、肩の力が少し抜けた。新しい場所の候補は、2か所だった。ホテル・オルヴィエの別館は清潔で、すぐ使えたが、ホテルの車両通路に近い。近所の閉園した施設は古いが庭があり、子供が歩いて通えた。園長と保護者は、後者
last updateLast Updated : 2026-10-01
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第79話 湊のせいじゃない

新しい教室へ初めて通う日の朝、湊はおなかが痛いと言った。熱はなく、吐いてもいなかった。紗月は無理に服を着せなかった。「今日は、お休みしたい?」子供は布団の端をいじった。「みんなが、ぼくのこと、きらいになったら?」「どうして嫌いになるの?」「ぼくのせいで、ようちえん、ひっこしたから」誰かが直接そう言ったわけではなかった。それでも子供は、大人の表情を思った以上に早く読む。保護者会で漏れたため息。箱に荷物を詰める先生の涙。湊は、それを自分の責任にしていた。紗月はベッドの横に座った。「湊のせいじゃないって、言ったでしょう」「でも、ぼくがいなかったら、ひっこさなかったかもしれないじゃん」一部が事実だからこそ、難しい問いだった。嘘で否定すれば、子供は自分が見たことまで信じられなくなる。「湊がニュースに出たことを利用して、ある大人たちが幼稚園を困らせたの」「だから、ぼくのせい」「違うよ」紗月はゆっくり言った。「湊がいることは、悪いことじゃない。パパに会ったことも、幼稚園に行ったことも、写真に写ったことも、湊が悪いことを選んだわけじゃないんだよ。悪いのは、子供を困らせれば、大人がほしいものを手に入れられると思った人たちなの」「その人たち、ぼくがきらいなの?」「湊を、1人の人として見なかったんだよ」子供は、まだよくわからない顔をしていた。紗月はカウンセラーに教わったように、言葉を変えた。「誰かが湊のおもちゃを取ったら、おもちゃが悪いわけじゃないでしょう?」「うん。とった子が、わるい」「湊が有名になったことを、悪いことに使った大人がいるの。悪いのは、その大人たちなんだよ」長く考えてから、湊はおなかに置いた手の力を少し抜いた。呼び鈴が鳴った。火曜日の面会時間よりずっと早い、午前中だった。紗月のほうから、蓮司に来てほしいと連絡し
last updateLast Updated : 2026-10-01
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第80話 明日も来る?

石崎雅人の要求は、断られた。刑事責任をなくしてやる権限はないし、供述の代金を払うつもりもなかった。黒川は代わりに、身辺保護の申請と、自主的に出頭する手続きを案内した。提出資料の価値に応じて、捜査機関が判断することだと明確に伝えた。石崎は丸1日、返事をしなかった。その間に、湊との初めての、2人きりの面会が近づいた。完全に2人きりというわけではない。紗月は同じ建物の1階のカフェで待ち、蓮司と湊は家で2時間過ごすことになった。子供のカウンセラーの助言に従い、緊急連絡のルールと、面会を終えたいときの合図も決めた。冷蔵庫には、湊のアレルギーと服用薬、紗月と相談センターの連絡先を貼った。玄関の暗証番号は、面会時間中だけ使える一時的な番号に変えた。蓮司は、予定外の客を呼ばないという確認欄に署名した。何より、2人だけの秘密を作らないというルールがあった。贈り物や外出の約束は、先に紗月へ確認する。子供にママには言わないでと頼まれても、危険に関わることは知らせることにした。「嫌になったら、ママに電話してね」紗月は湊の手首のキッズフォンを確認した。「さきに、パパにいってもいい?」「うん」蓮司はリビングで聞いていた。「湊がやめたいと言ったら、すぐ連絡します」「料理は、しないでください」「どうして?」「のりを切って、手を切った人だからです」湊が笑った。「ラーメンは?」「ラーメンも、だめ」結局、夕飯は用意しておいたカレーを温めることになった。紗月が出てドアを閉めると、リビングは少し静かになった。蓮司が尋ねた。「何からしようか?」「ゲーム」「どんなゲーム?」「ママにないしょでするの」蓮司が困った顔になった。「ママに内緒は、だめなんじゃないかな」「じゃあ、パパにないしょ」「もう、俺に言ったよね?」
last updateLast Updated : 2026-10-01
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