木曜日は、和樹くんの日でした。その日は結城家に親戚が来るとかで、新太くんも幸也くんも久遠くんも駆り出されたそうです。『親戚の相手させられてる。和樹だけ逃げた。そっち行くってさ』幸也くんからのメッセージには、そう書いてありました。 ◇和樹くんは、昼過ぎに来ました。「どこか行くか」「暑いです」「だよな」それで、話は終わりました。私たちは縁側に座りました。祖母が出してくれた麦茶を飲んで、扇風機を回して、それだけです。風鈴が鳴りました。庭の百日紅が、まだ咲いていました。祖母は奥の部屋でテレビを見ています。ときどき笑い声が聞こえました。畳が、日に焼けた匂いをしていました。扇風機が首を振るたびに、私の前髪が持ち上がって、また落ちました。和樹くんは、座布団の上で胡座をかいて、庭を見ていました。何も喋りません。私も喋りませんでした。時計の秒針が聞こえるくらい静かでした。麦茶の氷が溶けて、グラスの中で小さく崩れました。そうやって三十分くらい過ごしたでしょうか。長いようで、短く感じました。「あ」和樹くんが言いました。「猫」塀の上を、茶色い猫が歩いていました。それだけです。猫は塀の向こうに消えて、また静かになりました。私は、泣きそうになりました。猫が通っただけです。それを二人で見ただけです。それだけのことが、こんなに満たされるのだと、私はずっと前から知っていました。 ◇これが、私の知っている時間でした。和樹くんと過ごす時間は、いつもこうでした。どこかに行くわけでもなく、何かをするわけでもなく、ただ同じ場所にいる。話すことがないから黙っているのではなく、黙っていても平気だから黙っている。この人の隣では、沈黙が気まずくなりませんでした。おかしな話かもしれませんが、私はたまらなく、この時間が好きでした。三年間、私はこの時間のために生きていたようなものです。付き合い始めたころは、和樹くんを退屈させていないか気にしていました。もっと話したほうがいいのか、どこかに誘ったほうがいいのか。あるとき、和樹くんが言いました。「俺、しゃべらなくていい相手って、澪がはじめてなんだよ」それを聞いてから、私は黙っていられるようになりました。無理に相手を気遣って、盛り上げようとして疲れる必要が
Zuletzt aktualisiert : 2026-09-17 Mehr lesen