復元された映像は、無音で始まった。赤い非常灯の下で、白石澪が乗客の救命胴衣のベルトを締めていた。画面は激しく揺れていたが、顔はわかった。次の場面では、けがをした船長を支えていた。年配の女性を先にいかだへ乗せ、床に倒れた乗組員を起こしていた。鷹宮怜司の記者会見とは、正反対だった。「音声は?」澪が尋ねた。鑑識班の責任者が波形を拡大した。「風の音が強すぎます。人の声の帯域だけを分離しているところです」映像が一度乱れ、戻った。怜司が最後の救命胴衣を莉香に着せていた。澪の唇が動く。――私も、けがをしてる。かすかな声がよみがえった。続いて、怜司の声が聞こえた。――おまえは泳げるだろ。澪は膝の上の毛布を握った。記憶の中で繰り返されていた声が、スピーカーを通して、また病室に入り込んできた。北村雅彦は眼鏡を外し、机に置いた。黒瀬隼人は腕組みをほどき、画面の前へ一歩進んだ。映像は、最後の非常用ボートへ移った。澪が船から飛んだ。手がゴムの縁をつかんだ。乗組員が近づこうとすると、怜司が止めた。――一斉に動いたらひっくり返る!静止した画面には、乗っている11人と、前方の救助ロープが同時に映っていた。「海洋工学チームの再現結果も、添付してください」澪は言った。「怜司が私と入れ替わった場合と、救助ロープを使った場合。それぞれ検証を。危険度がどう変わるかも」「すでに依頼しています」隼人が答えた。画面の中で、怜司が身をかがめた。その手が、澪の手首をつかんだ。最初は引き上げようとしているように見えた。だがフレームが続くと、真実が現れた。親指で澪の人差し指を押し、指を一本ずつ縁から外していく。心拍モニターの数字が急上昇した。澪の手のひらに冷たい汗がにじみ、耳にはまた波音が響いた。隼人がすぐに再生を止めた。「ここまでにしましょう」「続きを」「医師には、安静が必要だと言われています」「法廷で何度再生されるかわかりません。今見られなければ、そのときも見られない」澪はゆっくり呼吸を数えた。目の前の病室と海の中を区別しようと、テーブルの角、窓の光、隼人の黒いシャツを順に確かめる。「私は今、病室にいます。映像は、あの日の記録です」自分に聞かせるように言って、リモコンを押した。画面の手が、また動いた。今度は目をそらさなかった。シーツを握りしめた
Zuletzt aktualisiert : 2026-09-16 Mehr lesen