その夜、紗月はリビングのテーブルで、青い傘の写真を開いていた。中学の新学期初日、友人が撮ってくれた古い写真だ。突然の雨の中、怜司は傘をほとんど紗月のほうへ傾け、自分の制服の肩は半分濡れていた。あの頃は、不器用な親切だとしか思わなかった。大学のコンペで3晩続けて徹夜したとき、机に置かれていた缶コーヒーとチョコレート。初めての会社面接の朝早くに来た『いつもどおりでいい』というメッセージ。紹介された相手に会う前日になると、不思議に発生した怜司の急用。たどるほど、真心と意図が同じ場面の中で絡まった。紗月は写真を拡大し、また戻した。傘を差してくれた気持ちまで罠だったのか。それとも、好きだから優しくて、好きだから一線を越えたのか。どちらも、心の休まる答えではなかった。「まだ持ってたんだな、その写真」背後から声がした。紗月は驚かなかった。電話を置き、向かいのソファを指した。「座って。聞きたいことがある」怜司は袖をまくったまま座った。いつもなら先に結論を予測している目が、今日は紗月の言葉だけを待っていた。「傘を差してくれたのは、本当の気持ちだった?」「本当だった」「どういう気持ち?」「風邪を引くと思った。それと、一緒に歩きたかった」「コンペのときのコーヒーは?」「また朝食を抜くと思って」「私が誰かと会うたび、連絡してきたのは?」初めて、返事が遅れた。「邪魔をするため」紗月は短く笑った。うれしくない笑いだった。「どこまでが友達だったのか聞きたいのに、答えを聞くほど、わからなくなる」怜司は両手を組んだ。「行動は友人でも、理由は違った」「かっこいい話にしないで」紗月はすぐ遮った。「よくしてくれた思い出を、自分の執着の証拠にしないでよ。あのとき私が幸せだったことまで、奪われる気がする」怜司の目が下がった。「ごめん」「一度謝って、片付けようともしないで」「片付けない」紗月はもう一度画面をつけた。写真の中の14歳の怜司は、今よりずっと細い肩で傘を持っていた。「いつからだったの?」「好きだとわかったのは19歳の春。でも、それより前から、ほかの誰より先にお前が目に入った」「だったら、どうして告白しなかった?」「断られたら、友人の立場も失う気がした」「断るかどうかは、私が決めることだったでしょ」「ああ」怜司は言い訳せずに認
Zuletzt aktualisiert : 2026-09-16 Mehr lesen