深夜の静寂に、玲司のスマートフォンが発した振動音は不気味なほど大きく響いた。 画面に浮かんだ『黒瀬』の文字。七年前にも、父や兄の会話の中で耳にした名前だ。 名前一つで、七年前の家の匂いまで蘇った。父の怒鳴り声。床に散った書類。掌に食い込んだ星型のピン。忘れたのではない。思い出さないように、毎日の下へ押し込めていただけなのだ。 胸の中心を強く押さえつけられたようで、私は暗いリビングに立ち尽くした。 彼が今、何を調査しているというのか。莉央が陽菜の瞳を見てから、まだ数時間しか経っていない。まさか、もう動き出したのだろうか。 私は冷たい汗が背中を伝うのを感じながら、ソファでうなされる玲司を見下ろした。 「……ん……」 玲司が再び苦しげに寝返りを打つ。彼の額には、先ほどよりもはっきりと汗が滲んでいた。 私は迷った末、そっと手を伸ばし、彼の額に触れた。 熱い。 七年前のあの夜ほどではないが、明らかに正常な体温を超えている。 「……高遠さん」 私が小さな声で呼ぶと、玲司の長い睫毛が微かに揺れ、ゆっくりと淡い瞳が開かれた。 焦点の定まらない視線が、暗がりの中で私を探し当てる。 「……結」 掠れた声。 「熱があります。少し、待っていてください」 私は急いでキッチンへ向かい、氷をビニール袋に入れてタオルで包んだ。 ソファに戻ると、玲司は体を起こそうとしていたが、すぐに力尽きたように背もたれに沈み込んだ。 「……いい。ただの、過労だ」 強がる玲司の額に、私は強引に氷嚢を押し当てた。 「おとなしくしていてください」 玲司は少し驚いたように目を見開いたが、氷の冷たさに小さく息を吐き、そのまま目を閉じた。 私は玲司の隣に膝をつき、彼の熱い息遣いを聞きながら、氷嚢がずれないように軽く手を添えた。 彼の顔が、すぐ目の前にある。 整った鼻梁、少し薄い唇。 七年前、この唇が自分を激しく求めた記憶が、唐突に蘇る。 私は慌てて視線を逸らした。 こんな時に、何を考えているのか。彼はただ熱を出しているだけで、あの夜とは違う。それに、彼は婚約者がいる身だ。 私が心の中で自分を戒めていると、玲司が不意に口を開いた。 「……なぜ」 「え?」 「なぜ、逃げない」 閉じたままの瞳。しかし、その声ははっき
Dernière mise à jour : 2026-09-30 Read More