ただ、その表情は能面のように冷たく硬い。報道陣に向けて愛想笑いを浮かべることもなく、その目はどこか虚空を見据えているように見えた。 (……嫌なら、離れればいいのに) 私は唇を噛んだ。 玄関で彼が何を言いかけたのか、私は聞かなかった。聞けば、また信じたくなってしまう。それが怖かった。 今、莉央の手は彼の腕に添えられている。私には向けられなかったカメラが、その二人を追っていた。 彼の隣に必要とされているのは誰なのか。聞かなかった言葉より、目の前の光景の方が、ずっと確かなものに見えた。 ふと、玲司の視線が会場の隅へと動いた。 私の隠れている柱の方角だ。 探すような、何かを確かめるような鋭い眼差し。 私はビクッと肩を震わせ、咄嗟に柱の完全に裏側へと身を隠した。 見つかりたくなかった。 こんな惨めな気持ちで彼を見ている自分を、知られたくなかった。 鼓動だけが、周囲の拍手よりも大きく聞こえた。 拍手とざわめきが少しずつ遠ざかり、来賓の挨拶が始まる気配がした。私はようやく息を吐き出し、張り詰めていた肩の力を抜いた。 ここでの役目は終わった。これ以上、あの二人を見ている理由はない。 私は誰にも気づかれないよう、壁伝いにバックヤードへの扉を目指して歩き出した。◇ 喧騒から離れた、静かな廊下。 分厚い絨毯が足音を吸い込み、どこか別の世界に迷い込んだような錯覚を覚える。 私は控室に戻って荷物をまとめようと、少し早足で角を曲がった。「……思ったより、地味な格好なのね」 静かな廊下に、涼やかな声が響いた。 私の足が、床に縫い付けられたように止まる。 数メートル先。女性用のパウダールームの入り口に、純白のイブニングドレスを着た莉央が立っていた。 先ほどまで玲司の隣で微笑んでいた彼女が、なぜここに。 莉央は化粧直しの途中だったのか、手にした小さなリップブラシをケースにしまうと、ゆっくりと私の方へ歩み寄ってきた。 彼女の
最終更新日 : 2026-10-05 続きを読む