トースターのチーンという甲高い音が、静かなキッチンに響いた。 陽菜は最後の牛乳を飲み干し、ぷはっと息を吐いて口元を袖で拭いた。 「陽菜」 私が静かに呼びかけると、陽菜は「なあに?」と無邪気な瞳を向けてくる。 私は膝の上で丸まったプリントを伸ばし、その毛羽立った「おとうさん」の枠を指で撫でた。 「この紙ね……もう、空欄にしなくていいのよ」 「え?」 陽菜が首をかしげる。 どう言えばいいのだろう。大人の都合で七年間隠し通し、勝手に離れ、勝手に再会した男の存在を、この小さな頭にどう伝えればいいのか。 私はゆっくりと息を吸い込み、陽菜の小さな両手を包み込んだ。 「陽菜のお父さんね……実は、近くにいたの」 「ちかく? どこ?」 「……玲司さんなの」 言ってしまえばたったそれだけの名前だった。七年間抱えてきた秘密も、玲司への怒りも、私の怖さも、その一言には入らない。だからこそ、余計な説明を続けるのを我慢した。まず陽菜が何を感じるのかを見たかった。 ペントハウスの空気が、ふっと止まった気がした。 陽菜の動きが完全に静止する。 フォークを持ったままの手が固まり、まんまるな瞳が、私の顔をじっと見つめた。 カチ、カチと壁掛け時計の針が刻む音だけがやけに大きく響く。 「……玲司さん?」 陽菜がひそやかな声で繰り返した。 「うん。玲司さんがね、陽菜のお父さんなの」 私はなるべく感情を挟まないよう、けれど嘘にならないよう、短い言葉を選んだ。 「一緒には暮らしていなかったけれど……陽菜が生まれた時から、お父さんだったの」 陽菜は瞬きも忘れたように私を見つめていた。 怒るでもなく、泣き出すでもなく、跳び上がって喜ぶでもない。 ただ、理解しようと脳みそをフル回転させているのが、小さな眉間に寄ったシワで分かった。 「玲司さんが……陽菜の、パパ?」 「そうよ」 「……」 陽菜は手元のフォークをコトンと皿の上に置いた。 そして、自分の両手を見つめたり、窓の外の空を見たり、部屋の隅に置かれたあのロボット図鑑に視線を送ったりした。 「……嘘だあ」 ぽつりと出た言葉は、小さく笑い混じりだった。 「だって、玲司さん、おっきいスーツ着てるし、お料理へただよ? たまごやき黒くしちゃうんだよ?」 「ふふ、そうね
最終更新日 : 2026-10-30 続きを読む