あの言葉を吐き捨てて自分を捨てた男が。 そして数日前、私が否定しても一枚の紙に縋るように距離を取り、泣きじゃくる陽菜を傷つけた男が。 今、目の前で、陽菜が自分の娘だという事実に打ちのめされている。 玲司はテーブルに両手を突き、深く頭を垂れた。 背広を着ているときはあれほど大きく見える肩が、今は目の前で縮こまっていた。背中が一度だけ強く揺れた。「俺は……俺は、何を……」 声は最後まで形にならず、部屋の静けさに途切れた。 私は彼を責める言葉を用意していた。けれど、何を言っても娘が流した涙の数が減るわけではない。 こうして頭を下げさせるために、一週間待ったのだろうか。もう一度顔を上げてほしいと思いかけて、自分に腹が立った。 私は彼の方へ行かなかった。あの子が「嫌いになったの」と聞いたとき、私だって何もできなかった。今ここで彼を慰めれば、陽菜の前で堪えた気持ちまで、なかったことになってしまう気がした。 洗面所から、バシャッと勢いよく水が流れる音が聞こえ、ドアが開く気配がした。「ママー! ピカピカに洗えたよー!」 陽菜の無邪気な声が、廊下に響き渡る。 その声を聞いた瞬間、玲司の身体が弾かれたように跳ね上がった。 彼は私に顔を向けることもできず、書斎へ歩いていった。扉が思いのほか大きな音を立てた。廊下で陽菜の足音が止まった。「あら、玲司さんは?」 洗面所から手を拭きながら出てきた陽菜が、首を傾げた。「……お仕事の電話みたいよ。さ、陽菜、お夕飯にしようね」 私は紙を畳み直して封筒の上に置いた。陽菜が椅子に上がろうとするので、手を添える。掌はまだ濡れていて、私の袖に小さな染みができた。 私は袖口を拭わなかった。◇ 深夜一時。 ペントハウス全体が、深い闇と静寂の中に沈んでいた。 主寝室の大きなベッドの上で、陽菜は掛け布団を蹴飛ばし、大の字になってすやすやと心地よい寝息を立てている。 その隣で、私は目を開
Last Updated : 2026-10-25 Read more