Alle Kapitel von 妊娠したと嘘をついたら、男友達に結婚を迫られました: Kapitel 21 – Kapitel 30

30 Kapitel

第21話 嘘を終わらせる日

翌朝、ホテルの記者会見場は満席だった。会社が用意した原稿には、『混乱』『誤解』『個人的な事情』といった言葉が並んでいた。嘘という言葉は、1度も出てこない。読んでいると、私が嘘をついたのか、ただ誤解されたのかさえ曖昧になった。私は原稿を半分に折り、演台の下へ置いた。「私は、妊娠していません」最初のひと言で、シャッター音が爆発した。「お見合いを避けるため、家族に嘘をつき、一ノ瀬律弁護士の名前を無断で使いました。訂正する機会はありました。それでも怖くなって、嘘を続けました」記者が手を挙げた。でも、用意した言葉を最後まで話した。「一ノ瀬弁護士は最初から事情を知り、私を助けるために加担しました。その選択にも責任はあります。ですが、始めたのは私です。家族と会社、この件で時間を費やしたスタッフの皆さん、報道をご覧になった皆さんに、お詫びします」「結婚は取り消されたのですか?」「はい」「一ノ瀬弁護士とも、別れたのでしょうか?」すぐ、別の質問が飛んだ。「一ノ瀬弁護士が結婚を望んだという発言も、嘘だったんですか?」私は一瞬、演台の下を見た。律の気持ちまで、自分の嘘のリストに入れたくなかった。「あの方の気持ちは、嘘ではありませんでした」喉が詰まった。それでも続ける。「私がその気持ちに甘え、利用したことも、お詫びします。その後の関係については、私的なことなのでお答えしません」「妊娠検査薬まで用意した理由は?」「黒瀬専務との縁談を断るために、黒瀬グループまでだましたということですか?」「ブランド責任者として、資格があるとお考えですか?」質問が一斉に飛ぶ。「ないと判断し、役職を退きました。弁解はしません」最後に、深く頭を下げた。カメラの音は止まらない。でも、最初の爆弾を落とした日から胸に載っていた石が、1つ下りた。壇上を下りると、脚から力が抜けた。兄が水のボトルを渡してくれる。「よくやった」「おばあさまは?」「見てないって。でも秘書室のモニターの前で、コーヒーが3回おかわりされてた」かすかに笑ったところで、会場のいちばん後ろに、見慣れた姿を見つけた。律だ。黒いスーツで、柱の横に立っている。目が合うと、ごく小さくうなずいた。近づいてこない。質問も止めない。私が1人で立つという約束を、守ってくれたのだ。私は口だけ動かした。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-17
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第22話 男友達じゃなく、弁護士として

律が送ってくれた資料を読んで、知らん顔はできなかった。私はいちばん形のいいフィナンシェを箱に詰め、彼の法律事務所へ向かった。受付の人は私の名前を聞き、2度まばたきしてから会議室へ案内してくれた。エレベーター脇のニュースモニターには、まだ『妊娠を偽り謝罪』というテロップが出ている。私は帽子を脱いだ。記者会見で全部話したくせに、ここで顔を隠すのもおかしい。律はネクタイもせず、書類の箱を持って入ってきた。「どうして荷造りしてるの?」「休暇」「私のせいで、クビになったんじゃないよね?」「パートナーに、頭を冷やしてこいって言われた。弁護士が公然と嘘に加担したんだ。いい宣伝にはならないから」胸が重くなった。「私のせいで……」「それを言いに来たなら、帰れ」「え?」「俺が選んだことまで、おまえの罪に加えるな。過剰な起訴だ」声は冷たかった。でも机の端には、会社が用意した会見原稿が置かれていた。どの文章にも、赤ペンの修正がびっしり入っている。私がそのまま読んでしまった場合に備え、法的な危険を減らそうと、夜通し手を入れた跡だった。「そう言いながら、まだ私のことばっかり見てるじゃない」「習慣だから」「15年ものの?」「簡単には直らないだろうな」律が向かいに座る。「資料、見た?」「うん。ありがとう」「個人のノートとメールを整理しただけ」不思議と、その言葉は以前よりずっと素直に受け取れた。「徹夜したんでしょ」「報酬をもらえばいい」私はフィナンシェの箱を押し出した。「今の私の、いちばん高い財産。これで勘弁して」律が1つ取り、ひと口食べた。それから私の手の甲にある小さなやけどの跡を見て、眉を寄せる。「オーブンで?」「代表は労災処理もセルフサービスなの」何も言わず、救急箱を持ってきた。軟膏を塗る手は、相変わらず小言より速い。「おいしくない?」「最初に焼いたやつじゃないだろ」「なんでわかるの?」「最初のなら、1人で全部食べて落ち込んでるから」やっぱり、知りすぎている男だ。「弁護士としての意見は?」「初期のレシピを個人で開発した記録は十分ある。ただ、会社の設備で仕上げた最終配合は争いになる可能性があるから、新しい配合比率を記録しろ。名前と包装は完全に変えること」「相談料は?」律がフィナンシェをもう1つ取った。「前
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第23話 今度は、私が呼んだの

明かりの消えた店内で、スマホのライトを頼りに契約書を開いた。以前なら、すぐ怜司に電話して悪態をついただろう。でも証拠もなく突っ込めば、相手の思うつぼだ。一ノ瀬律の個別指導の副作用で、私も順序というものを覚えた。大家は工事を理由に解約できると主張していた。でも契約書には、少なくとも7日前の書面通知が必要だとある。今夜出ていけという要求は、その条件を満たしていない。私は律に電話した。1コールで出た。『何かあった?』「弁護士が必要なの」『男友達は?』「そっちは、まだ待機」電話の向こうで、椅子を引く音がした。『住所を送って。すぐ行く』20分後、律が来た。ネクタイもせず、シャツの袖をまくっている。「契約書」挨拶より先に、手が出た。「久しぶりに会う彼女候補に、それ?」「けがはない?」彼が私の顔と手を素早く確認する。「2つ目の質問。契約書」私は賃貸借契約書、キャンセルのメッセージ、業者とのやり取りを見せた。律は条項を確認し、大家に電話した。「その一方的な解約は、契約上認められません。電気を戻さないなら、営業を妨害した損害も請求します。工事計画書と、安全点検の記録を送ってください」相手は声を荒らげたけれど、彼は揺らがなかった。「黒瀬グループとの取引を理由に、こちらの契約を切るよう持ちかけられたなら、その内容も保管してください。いずれ提出していただく可能性があります」電話が終わり、私は聞いた。「どうしてわかったの?」「バターの業者が送ってきたメール。転送履歴の宛先に、黒瀬系列の流通会社のアドレスが残ってる」画面を拡大する。転送する際、消し損ねたアドレスだった。「保存しておけ。ほかの業者にも、誰に、どんな条件を示されたのか、書面で確認しよう」以前なら、そのまま律に任せただろう。でも私は、業者ごとの時刻と回答を、自分で表にまとめた。10分後、電気がついた。「すごい」「報酬、高いぞ」「フィナンシェ、もう残ってない」律の視線が、一瞬私の唇に触れる。「ほかの支払方法も、検討できるけど」私は冷蔵庫を開け、その視線を避けた。中は空っぽだった。「問題はバター。明日の分が、全然ない」「別の仕入先を探そう」「こんな時間に?」律が早朝営業の卸売市場を検索する。「午前2時から開くところがある」「休暇中でしょ?」「
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-17
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第24話 『5時から』、開店します

販売停止の要請書を握る手が、冷たくなった。ガラスの向こうには、お客さんが待っている。ここで止めたら、夜通し手伝ってくれた人たちの時間まで、捨てることになる。律が素早く書類をめくった。「裁判所の決定じゃない」「え?」「仮処分でもない。会社名義の警告書だ。これだけで販売を止める法的な拘束力はない」「売っていいってこと?」「会社が訴えてくる可能性はある。でも、新しい配合の記録と初期のノートがある。争う根拠も十分にある」書類を返される。「決めるのは、代表だ」「弁護士としての意見は?」「法的には、開店できる」「彼氏候補としては?」律が少し黙った。「傷つくのが怖いから、閉めたい」「どっちを聞けばいいの?」「代表が選べ。俺は、そのあとを支える」最初に片膝をついた日とは違った。私の代わりに決めるのではない。私が決めたあとに、いてくれると言うのだ。外の列を見た。公開謝罪のあとでも、私のお菓子を食べに来てくれた人たち。怖いからといって、この信頼まで遠ざけたくなかった。「開けよう」花音が歓声を上げ、兄がシャッターを持ち上げた。「『5時から』、10時にオープンです!」「名前と時間が合ってないけど」美緒が突っ込む。「ブランドの理念は、柔軟なんだよ」扉が開くと、お客さんが順番に入ってきた。私は警告書の件を隠さなかった。会社と権利範囲を協議中で、今日の商品は新しく開発した配合だと、SNSで伝えた。最初のお客さんがフィナンシェを食べ、目を丸くした。「『午後4時』よりおいしいですね」「本当ですか?」「甘さは控えめなのに、バターの香りが濃い」近くの何人かもうなずいた。私は心の中だけで、ほっとした。1時間遅くした名前に、見合う味にはなったらしい。商品は、次々と売れた。律はレジでレシートを出し、美緒は椅子に座ったまま袋を渡す。兄が投稿したピンクのエプロン姿は、お菓子より先に話題になった。[偽装妊娠カップル、今度は本物のお店を営業中][一ノ瀬先生のエプロン、販売してください][別れたんじゃなかった? 目だけ新婚のままなんだけど]コメントを見た律が聞く。「俺たち、別れたんだよな?」「レジが詰まってますよ、アルバイトさん」昼前には、用意した商品の半分が売れた。そのとき、怜司が入ってきた。「通知を受け取っても、強行
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第25話 彼氏の正式契約書

「あちらとの結婚も、する気はないの?」祖母の質問に、店内の視線が一斉に集まった。律は電卓を持ったまま固まっている。ピンクのエプロン姿で、結婚の許可を待つ冷静な弁護士。一生に1度見られるかどうかの光景だった。「結婚は、まだです」律の顔から光が消えた。私は笑いをこらえ、続ける。「先に私からちゃんと告白して、ちゃんと付き合ってからにします」「15年待った人を、まだ待たせるの?」祖母が律の味方についたので、兄が感心した。「うちの権力関係、更新されたな」律がエプロンを外し、近づいてくる。「あと、どれくらい?」「1か月って言ったでしょ」「今日で11日」「本当に数えてたんだ」「分単位で」「仕事に戻ったら、困りそうね」私は彼の手を取った。「でも、減刑の可能性はある」律の目が、すぐ明るくなった。祖母はせき払いし、店を見回す。「明日の社員用のおやつに、全量注文しましょう」「予約の順番は守ってください」「割り込むと言っているのではなく、先払いするということです」「返金不可ですよ」「すっかり商売人ね」祖母が法人カードを差し出した。『5時から』初めての、大口注文だった。午後3時、用意した商品はすべて売り切れた。怜司側の法務からは、納入取り消しによる損害を補償し、録音資料を削除するという合意案が届いた。律がタブレットを差し出す。「受ける?」「公開謝罪までは要らない。その代わり、二度と私の事業や私生活に関わらないって条項を入れて」「代表のご指示どおりに」「それと、フィナンシェを1箱送って」「どうして?」「お金だけじゃできない商売も、食べてみないとわからないでしょ」「内容証明の代わりに、お菓子?」「お詫び兼、授業料」「味で反省してくれたら、成功だな」真顔で言うから、笑いがこぼれた。私たちは扉に『完売』の紙を貼った。美緒がおなかをなで、ぼやく。「嘘の妊娠のせいで、本物の妊婦がいちばん苦労したわ」「ずっと座ってたじゃない」「悪質なコメントを読む精神労働を、甘く見ないで」兄と花音が片づけを引き受け、私たちを裏へ押し出した。「代表は先生と、たまってる契約交渉を済ませてきてください」律と私は、店の裏の細い路地に出た。傾いた日に、看板の影が長く伸びている。自分で生地を作り、契約書を読み、失敗したお菓子を捨て
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第26話 今度は、全部覚えてる

完売を祝う打ち上げが終わったのは、夜11時だった。兄が律の肩をたたく。「紗奈をまた泣かせたら、次は監視カメラじゃなく、おまえの黒歴史を公開するからな」「悠真さんがお持ちのものより、俺のほうが紗奈の動画を持ってます」「2人とも、消して」美緒はタクシーに乗りながら、私にウインクした。「今日は私の検査薬が要らなくて済むように、気をつけてね」「美緒!」タクシーは、もう走り出していた。律が笑いをこらえ、車のドアを開けてくれる。「どちらまで、お送りしましょうか。代表」自分のワンルーム、と言うべきだった。でも今日だけは、1人で帰りたくなかった。「律の家」ドアにかけた彼の手が止まる。「本当に?」「うん」「飲んだだろ」「シャンパン半杯。アルコール検査する?」「後悔しないか、検査してる」私はネクタイをつかみ、引き寄せた。「15年待ったんでしょ。私から来たのに、なんであんたが怖がるの?」律の目が、一瞬で変わった。彼のマンションには、私の痕跡がまだあった。玄関のスリッパ。洗面所の新しい歯ブラシ。好きな桃の香りのクレンジングと、ヘアゴム。「いつ用意したの?」「たまに泊まるから」「3回だけだよ」「4回目を待ってた」リビングの棚には、古い写真が飾られていた。端に、20歳のころ失くしたと大騒ぎしたヘアピンまである。「なんで、これがここに?」「車の中で見つけた」「10年以上、返す機会なかったの?」「返したら、おまえのものが1つ減るだろ」むちゃくちゃな理屈なのに、彼にはかなり真剣な理由だったらしい。高校の卒業式、大学祭、私が初めてブランドを立ち上げた日。どの写真でも、律はカメラより私を見ていた。「知らなかったの、私だけか」「おまえは俺を、安全だと思いすぎてた」写真の隣には、映画の半券とメモが、小さな額に入っていた。20歳のころ、ナプキンに書いた『次はあんたがポップコーン買って』まである。「こんなのも、取っておくんだ」「おまえにもらったものの捨て方は、覚えなかった」15年が数字ではなく物として並ぶと、鼻の奥がつんとした。後ろから律に抱きしめられる。肩に顎が触れ、腰に両腕が回った。「今、見てくれたから。それでいい」私は振り返って、キスをした。玄関よりゆっくりで、観覧車より深い。律の手が腰をなぞり、止まる。
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第27話 プロポーズは、共同責任で

「紗奈。俺と、本当に結婚してくれる?」私は膝をついた律を見下ろした。「嫌」その顔が、一瞬で固まる。「どうして?」「あんただけが、プロポーズするのは」「どういうこと?」私は椅子を下り、向かいに膝をついた。焦げた卵の匂いがいっぱいの、キッチンの床。私は律のシャツを着て、彼もさっき拾ったシャツ姿。プロポーズにしては、ロマンより焦げた卵の存在感のほうが強かった。「最初は、律だけが責任を取るって言ったでしょ。今度は、一緒にしよう」彼の目が、ゆっくり大きくなる。「私も、律と結婚したい」「本当に?」「家族も会社も、嘘も関係なく。私が、そうしたいの」昨夜の彼の質問を、そのまま返した。律の目元が赤くなる。「録音しとけばよかった」「一生、繰り返し言ってあげるから。覚えて」ようやく、こわばっていた口元が上がった。「人を驚かせる才能は、相変わらずだな」「嘘の才能もあったし」「それはなかった。全国にばれただろ」律は何度も、私の答えを確かめた。「最初の『嫌』は撤回?」「律だけがするプロポーズについては、嫌」「結婚の意思は確定?」「はい」「撤回不可?」「律、口を閉じて」そこでやっと、長く息を吐いた。私をさらに強く抱きしめ、そのまま2人で床に座り込む。「私からのプロポーズの贈り物は?」「おまえでいい」「後悔しないでね。維持費、高いよ」「15年分、前払いしてる」彼が、私の指輪に口づけた。その夜、私たちはもう1度、両家の家族を呼んだ。同じ食卓で最初の婚約を取り消してから、半月もたっていない。祖母は話を聞いても、しばらく無表情だった。「妊娠したからでは、ないわね?」「違います」母が慎重に聞く。「検査薬とかは、ないのよね?」「ないってば!」兄がスマホを持ち上げる。「プロポーズの証拠動画は?」「ない」「妊娠を偽った前科者の単独証言で、結婚を承認してもいいんですか?」母が兄の背中を強くたたいた。「妹のお祝いの日に、わざわざそんなこと言わなきゃだめ?」「信頼回復の手順を提案しただけなのに」律が、焦げた卵の隣で撮った自撮りを見せた。2人とも髪はぼさぼさ。私はスプーンを持って笑っている。母はその写真だけで涙を拭い、玲子さんはテーブルをたたいた。「やっと、本当に親戚になれる!」玲子さんは最初の婚約時に買っ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-17
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第28話 今度は、私の陽性反応です

2本の線が出た検査薬を持って出ると、美緒が立ち上がった。「本当なの?」「不良品かもしれないじゃない」「さっき薬局で買ったばかりよ」「蒸発線ってことも……」「そんなにはっきりした蒸発線なら、メーカーが賞をくれるわよ」私は検査薬を明かりにかざした。最初の嘘のときに借りたものと、同じ2本の線。あのときは、ばれるのが怖くて手が震えた。今は、信じていいのかわからなくて震えている。「律に電話して」「だめ」「どうして?」「また信じてもらえなかったら?」美緒があきれた顔をした。「あの男なら、あんたが宇宙人の子を妊娠したって言っても、まず宇宙法を調べるわよ」「家族が信じてくれない」「見合いもないのに、何から逃げるためだと思うわけ?」「妊娠したって嘘をつく癖がついた、とか」自分で言っていて、ばかばかしくなった。信頼をなくした人間は、本当のことを前にしても、まず証拠を考えてしまう。美緒が検査薬を、あと3本買ってきた。私は水を飲み、待ってから、1本ずつ確かめた。4本全部、陽性だった。写真を撮って、消した。前のように証拠を作るより、先に律と喜びたかった。「私、お母さんになるのかな」口にすると、急に涙が出た。美緒が抱きしめ、背中をさすってくれる。「うん。本当にね」「でも、まだ病院へ行ってない」「じゃあ、今から行こう」「律なしで?」「さっきは、言わないって言ったじゃない」私が右往左往していると、トイレの外から聞き慣れた声がした。「紗奈?」律だった。「裁判が終わった。ケーキ、決まった?」私は検査薬をペーパーで隠した。美緒が口だけで聞く。言う?勢いよく首を横に振った。扉を開けると、律がケーキの箱を持って立っていた。青ざめた私を見るなり、眉を寄せる。「具合、悪いのか?」「違う」「吐いたって聞いたけど」「バター、食べすぎただけ」彼の視線が、後ろの洗面台へ向いた。体で隠したけれど、ペーパーの下から検査薬の持ち手が1つのぞいていた。「それ、何?」「何でもない」「前もそう言って、美緒の検査薬を持ってたよな」律が近づく。私は4本まとめて背中へ隠した。「今回も、美緒の?」「違う」「じゃあ?」もう、耐えられなかった。4本を一度に差し出す。「私の」律が、そのまま固まった。「4本とも?」「うん」
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第29話 本当のことには、4倍の証拠が要る

「今度は、何から逃げるつもり?」祖母の質問に、私は病院の検査結果を取り出した。「何からも逃げません。本当に妊娠したんです」母は紙を受け取り、光に透かした。「これ、本物?」「病院でもらったの」兄はスマホで、病院の印を調べた。「印は同じだな」「なんで偽造鑑定までしてるの!」律が密封袋に入れた検査薬4本を、テーブルに並べた。「今日、紗奈が自分で検査したものです」玲子さんは2本ずつの線を確かめても、すぐには喜べなかった。「前のも、陽性だったでしょう?」「あれは、美緒のでした」「今回は美緒に、尿まで借りたんじゃないわよね?」「玲子さん!」悔しい。でも、返す言葉はない。信頼を1度失うと、真実1つに、証拠が4つずつ必要になる。母が試すように聞いた。「赤ちゃんの呼び名は?」「まだない」「前もそう言ったわよ」「本当に妊娠したからって、呼び名が自動で降ってくるわけじゃないから!」兄が顎に手を当てる。「今回は、より悔しそうではあるな」「それ、科学的な基準なの?」祖母が立ち上がった。「病院へ行きましょう」「もう夜9時です」「救急外来は開いているでしょう」「妊娠の確認だけで行ったら、家族全員出入り禁止にされます!」結局、律が担当医に電話した。医師は私の同意を確認してから、検査結果が陽性だったと説明した。それでも祖母は、自分で直接聞くと言って、翌日、家族全員を病院へ連れていった。診察室の前に、祖母、母、兄、玲子さん、秘書まで並んで座る。ほかの患者さんが、私たちを見物していた。「ご家族が大勢なんですね」医師が言った。「妊娠したって嘘をついた前科がありまして」医師は意味がわからないまま、笑った。血液検査の結果まで確認して、ようやく家族の顔が変わる。「妊娠初期に合う数値です」母は3度も聞き直し、兄は結果の氏名と生年月日を照合した。祖母が院長に電話しようとしたので、私はスマホを取り上げた。「もう信じてください」「あなたの実績が、華々しいものだから」「1回だけです!」母が私を抱きしめた。玲子さんはバッグから、黄色い靴下を取り出す。最初に帰国した日に持ってきて、私に片方を渡したあと、大切に残していたものだった。「奇跡ちゃん、おばあちゃんですよ!」「まだ呼び名は決めてません」「先に押さえた者勝ちよ」兄が
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第30話 一生、責任を取ります

「新郎が消えた」兄の言葉で、ブライズルームが凍った。母はまず警察を呼ぼうと言い、玲子さんは息子が逃げるはずがないと、まず兄の襟首をつかんだ。「最後に見たのは、あなたでしょう!」「なんで僕が容疑者なんですか!」私はもう1度、律に電話した。[電源が入っていないため、留守番電話サービスに接続します]脈が速くなった。それでも、結婚式から逃げたとは思わなかった。15年待った男だ。いなくなったなら、理由がある。問題は、その理由がどうして開始10分前に発生したのか、ということだった。そのとき、『5時から』の花音から電話が来た。『代表、庭の入口で、ウェディングケーキの配送車が接触事故を起こしたんです。運転手さんが頭を打って……』「けがは? 大丈夫?」『ケーキが遅れてるので一ノ瀬先生が確認に出てきたら、事故になっていて。すぐ119番してくれました。運転手さん、意識はあります。ただ、先生のスマホが車の下に落ちて、壊れちゃって』全員が窓へ殺到した。庭の入口から、黒いタキシード姿の律が歩いてくる。片手には事故車から取り出したケーキの箱。白いシャツの袖には、土埃がついていた。扉を開けた律の胸を、私はブーケで1度たたいた。「人を先に助けたのは、よかった。でも伝言くらい残してよ!」「悠真さんに、伝えてもらうよう頼んだけど」全員が兄を見た。兄は撮影スタッフ用のイヤホンを片耳から外し、固まった。「僕に言った?」「ケーキの車が事故を起こした。運転手さんを確認して、すぐ戻るって」「僕、『ケーキの車が着いた。運転手さんに確認してくる』って聞こえたんだけど……」「元凶、発見」律が息を整え、箱を開ける。星形の砂糖細工を飾った白いケーキは、片側が少し傾いていた。でも崩れてはいなかった。「予備もあるでしょ。どうしてこれを持ってきたの?」「おまえが作った、最初のウェディングケーキだろ。助けられるなら、助けたい」それ以上、怒れなかった。律はケーキより先に、私の顔を見た。「驚かせた?」「新郎の捜索願、出すところだった」「先に弁護人を選任する」「一生、無料で引き受けて」律が私の手を握る。「その契約なら、今すぐ署名するよ」開始まで、あと3分。母と玲子さんがクリームを拭い、ネクタイを直した。兄はケーキを持って走り、美緒は一部始終を撮影する。「
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