明成医大病院、本館9階の心臓集中治療室。コードブルーの呼び出しが、廊下に響き渡った。「蘇生チーム、902号室へ! アドレナリン1mgを準備、除細動器をつないで!」莉乃はベッドの上で体をよじっていた。唇は青く変色し、酸素マスクの内側に薄桃色の泡がついていた。移植から7日目。隠されていた境界域の抗体反応。その抗体が、移植された心臓の血管を攻撃していた。免疫抑制薬を増やしても、心機能は急速に低下していく。急性抗体関連型拒絶反応。緊急の心筋生検と血液検査で、移植心の微小血管の損傷と、ドナー特異的抗体が確認された。医療チームは血漿交換と高用量の免疫抑制療法を開始したが、すでに心臓は全身へ十分な血液を送れなくなっていた。心エコーの画面では、移植心の収縮力が目に見えて落ちていた。昇圧薬を使っても、血圧を維持できない。「心室細動です。200J、充電! 全員離れて!」ドン!電気ショックで莉乃の上体が跳ねた。モニターに短い波形が戻り、また乱れる。医療チームは胸骨圧迫を続けながら、体外循環装置の準備を指示した。そのとき、捜査官と病院の警備員に付き添われた怜司が、集中治療室の前に現れた。取り調べの途中、手術時の検査結果と免疫抑制薬の投与経緯を担当医に説明するよう求められ、連れてこられたところだった。「中へ入れてください。執刀したのは俺です」「診療は停止されています。質問にだけ答えてください」担当医が、手術記録を差し出した。「高瀬先生、このクロスマッチの結果を、いつ確認しましたか。手術開始前に、検査室は境界域の陽性反応を報告しています」怜司は答えられなかった。「なぜ、最終判定を待たなかったんです。検査室との通話記録には、結果の登録を遅らせるよう、あなたが指示した音声も残っています」ベッドの方から、激しい咳の音がした。心拍がいったん戻った莉乃が、酸素マスク越しに目を開いた。医療スタッフの間に怜司を見つけた瞬間、焦点の合わなかった目に、険しい光が宿った。「れい……じ、さん」怜司は反射的に、ベッドへ近づいた。「莉乃、動くな。治療すれば、抑えられる」莉乃は白衣の代わりに、彼のしわだらけのシャツの袖をつかんだ。「大丈夫だって……全部、うまくいくって言ったのに」「予想外の抗体反応なんだ。血漿交換と薬で……」「嘘つき」莉乃の爪が、怜司の頬をかすめ
Zuletzt aktualisiert : 2026-09-17 Mehr lesen