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5話. わざと外したスイング

作者: 6jay
last update 公開日: 2026-10-23 07:27:24

グラスから顔を上げた雅臣が、まだ玄関にいる紗良の全身を鋭く見渡した。額の薄い汗と、赤く上気した頬。彼はソファからふらつきながら立ち上がり、大股で近づいてきた。

紗良はゴルフバッグを脇へ寄せた。以前なら、自分から帰りが遅くなった理由を説明しただろう。今度は、何を言うのか最後まで聞いてから答えることにした。

「匂うな」

雅臣が紗良の首筋に顔を寄せ、鼻を鳴らした。口から漂う強いウイスキーの臭いの合間に、彼女の肌にかすかに残った隼人の汗と、シダーウッドの香りが混じった。心臓がひやりとした。それでも紗良は身じろぎせず、冷ややかに手を上げて夫の胸を押し返した。

「酔って絡まないで。1人用のゴルフスタジオで、夜の練習をしてきただけよ」

「そこまでして習うつもりか?」

雅臣はあきれたように鼻で笑った。

「昼間、投資家の前で恥をかいて、ようやく自分の程度がわかったか。何をしても、お前は生まれつきの運動音痴なんだよ、紗良。無駄金を使わず、おとなしく家にいろ」

そうあざけると、彼はよろめく足取りで主寝室へ入っていった。

バタン!

寝室の扉が閉じた。誰に習っているのかさえ、雅臣は聞かなかった。この無関心は利用できる。

そう思いながらも、紗良は予約のメッセージを画面に残さなかった。自分を見下しているからといって、疑いを抱かない男ではない。

鏡に映る手首は、まだ赤かった。痣を覆う代わりに、指をゆっくりと開いてみた。次に打席へ立ったら、誰の手も借りず、同じ方向に体を回せるだろうか。

***

3日後、夜10時。

南青山の路地裏にある、VIP専用のシミュレーションルーム。照明はほのかに落とされ、大型スクリーンの緑のコースだけが、幻想的な光を放っていた。紗良は体に沿う黒いゴルフスカートと半袖ニットを着て、打席に立っていた。

カチャリ。

防音扉が開き、隼人が入ってきた。黒いノースリーブのトレーニングシャツ越しに浮かぶ、たくましい肩と盛り上がった背中の筋肉が目を引く。彼は紗良の変わった装いと、緊張した体の輪郭をゆっくりと眺め、腕を組んで壁にもたれた。

「この3日間、少しは練習しましたか?」

「言われたとおり、毎日イメージトレーニングをしました」

紗良は彼をちらりと見てドライバーを握り、アドレスに入った。ところがバックスイングのトップへ上げたとき、頭に1つ、彼を誘うための思いつきが浮かんだ。

(この男は、私の味方になるかしら)

雅臣のことをどれほど知っているのか、まだ聞けていない。それなのに、近くへ来てほしいと思っていた。次のボールを置き、隼人を呼ぶ。今回はスイングを間違えたから呼ぶのではないと、自分でもわかっていた。

ダウンスイングに入ると同時に、紗良はわざと右手の力を抜いた。腰の回転を無理に止め、フェースを斜めに開く。スカッ――コツン。

当たり損ねたボールが床を力なく転がり、スクリーンの下にぶつかった。あまりにもひどいミスショット。隼人の濃い眉がぴくりと動いた。

「何をしているんです?」

「手に力が入らなくて」

紗良は何食わぬ顔でクラブを下ろし、隼人へ向き直った。その瞳には、獣を誘い出す狩人のような、ひそかな色香が揺れていた。

「1人だと、後ろからしっかり支えてもらった、あの感覚が全然なくて」

「奥様」

「夫の言うとおりなのかしら。私は一生運動音痴で、1人じゃボールもまともに打てない寄生虫だって」

紗良はゆっくり打席を下り、隼人の目の前に立った。手にしたドライバーのヘッドで、硬い胸を軽くつつく。

「困りましたね、黒瀬さん。グリップが滑ってしまうの……また、握り方を直してくださらない?」

隼人はすぐには近づかなかった。外したボールと、しっかり握られているグリップを見比べ、短く尋ねる。

「わざとだと、気づかないとでも?」

「わざとだなんて。あなたのあの無骨な手がないと、うまく振れないだけです」

甘い毒を含んだ赤い唇が、誘うように開く。隼人は彼女の手元を見下ろしながら近づいてきた。重い歩みが打席前のマットを踏むたび、床がかすかにきしんだ。

彼が、紗良のすぐ後ろで止まった。厚い胸から伝わる熱が、首筋を熱く包み込む。

「奥様、クラブはおもちゃではありません。人を誘惑する道具でもない」

「誰が遊びだと言いました? 私は今、命を懸けてここに立っているのに」

紗良は振り返り、すぐそばにある彼の顎の線から目を上げた。手を広げた幅の半分も離れていない。隼人の涼しい吐息が、危うく唇に落ちかかる。

「命を懸けて、ですか……」

彼の口から、低い嘲笑が漏れた。

「なら、打ち損じを口実にするのはやめましょう。俺に近くへ来てほしいのか、レッスンが必要なのか。まず、それを言ってください」

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