月明かりの下、君はもういない結婚して5年。安西彩葉(あんざい いろは)は、ようやく夫である安西勲(あんざい いさお)が、自分のことを愛し始めてくれている、そう感じていた。
最初は他人行儀な勲だったが、時間の経過と共に、自分のアレルギーの薬を覚えてくれたり、手料理も食べてくれるようになった。それに、友人にも自分のことを「妻」として紹介してくれるようになったのだから。
一緒に過ごしていく中で、氷のようだった勲の心もようやく溶けたのだと、信じていた。そして、自分の亡き姉である入江柚葉(いりえ ゆずは)への想いも、勲は断ち切り、やっと自分のことを見てくれるようになった……そう思っていた。
そんなある日、諦めの悪い幼馴染みの中島英樹(なかじま ひでき)によって彩葉は役所の前まで連れ出され、彼からプロポーズを受けた。
彩葉が、自分は既婚者だと断ろうとした、まさにその時、職員の言葉が聞こえてきた。
「安西彩葉様。3日前、ご主人の安西様よって、すでに離婚届が提出されています」
その日の夜、勲は柚葉にそっくりな女性を家に連れてきて、笑いながらこう紹介した。
「彼女は山口渚(やまぐち なぎさ)。これから、うちで一緒に暮らすことになったから」
彩葉はついに悟った。どんなに頑張っても、決して届かぬ想いというものがあるのだと。
そして、毎年彩葉が離婚するのを待っていた英樹が、10回目のプロポーズに現れる。
「これで安西との関係も終わったんだ。今度こそ、俺のこと見てくれるよな?」
彩葉は英樹の手からバラの花束を受け取ると、二度と振り返ることなく、勲のいない新しい人生へと歩み出したのだった。