愛の残り火が消えるとき「離婚届の準備をお願いします」
柳沢悦子は淡々と弁護士とやり取りを終えると、静かに電話を切った。
結婚して五年。別室で寝るようになってから、もう三年が経つ。
彼女と深見凌の夫婦関係はとうに終焉を迎え、もはや続ける理由はなかった。
そのとき、不意に小さく柔らかな体が、彼女の膝に飛び込んできた。
「ママ、本当にお引っ越ししちゃうの?」
甘えるような声で娘が尋ねる。
悦子はすぐに答えず、そっと娘を抱き上げ、自分の膝に乗せた。
無垢な娘の顔を見つめると、胸の内に複雑な思いが込み上げる。
「でもパパ……今日、おじさんが抱っこしてくれたの。私のこと、ちょっとだけ好きになってくれたんじゃない?」
娘の切なる期待を込めた眼差しに、悦子は思わず鼻の奥がツンとした。
どう説明すればいいのだろう。
娘が「親しみ」と受け取ったその仕草は、彼の初恋――葉山若葉の突然の帰国によって、一瞬だけ向けられた幻だったのだと――