描写の技術に注目すると、この小説は
十字軍の史実と緻密に折り重なっているのが見えてくる。年代や主要な戦役、外交関係といった骨格は史料に沿って配置されており、たとえば包囲戦や補給線の描写には当時の戦術や地形感覚が細かく反映されている。
その一方で登場人物の内面は虚構に委ねられ、実在の指導者たちの行動や決断を補完する架空の証言や書簡が挿入されることで、硬い史実に血肉が与えられている。私はその手法が好きで、事実と想像の境界を曖昧にすることで読者が歴史の空白を自ら埋める余地を残していると感じた。
最終的には、史実の忠実さを尊重しつつ物語的必然を優先するバランス感覚が光る作品だ。史料的リアリズムと物語上の寓意が互いに補完し合う構造になっており、歴史小説としてもフィクションとしても見応えがある。