この作風は、時折別の名作を思い出させる。例えば『To Kill a Mockingbird』で示されるような、正義と同情の両立を目指す倫理観と通底している部分がある。ただし本作はさらに複雑で、許しが必ずしも忘却を意味しないことや、被害者と加害者の関係性が簡単には再構築されない現実を描く点で現実主義的だ。
倫理観の欠如した主人公が物語を牽引する作品は、読者に独特のスリルと中毒性をもたらしますね。『罪と罰』のラスコーリニコフのように、道徳の境界線を越えたキャラクターの心理描写は、人間の暗部に迫る鋭い考察となっています。この手の主人公が活躍する物語では、善悪の単純な二分法が崩れるところに真の面白さがあるのかもしれません。
現代のエンタメ作品なら『デスノート』の夜神月が典型的でしょう。当初は崇高的な目的から始めた行為が、次第にエゴの肥大化へと転じる過程は、読者を引き込みながらも背徳感を覚えさせる絶妙なバランス。『ブラック・ジャック』の無免許医師も、倫理を無視しながらも生命への真摯な姿勢を見せる複雑な魅力があります。
ゲームの世界では『The Last of Us Part II』のエリーの復讐劇が賛否両論を巻き起こしましたが、これはまさに倫理観よりも感情が優先されるキャラクター像。『GTA』シリーズの主人公たちも、犯罪を楽しむかのような振る舞いが特徴的です。こうした作品が人気を集める背景には、現実では許されない行動を安全に体験できるというエンタメの本質があるのでしょう。
大切なのは、単に倫理を無視するだけでなく、その先にどんな人間ドラマが待っているか。『ゴッドファーザー』のマイケル・コルレオーネのように、最初は善良だった人物が変貌していく過程こそ、深い余韻を残すのです。