口元だけで感情がガラリと変わる瞬間が大好きで、僕はつい
口の描き方に時間をかけてしまうことが多いです。表現の要点は「形」「線の強弱」「見せる量」の三つに集約されると考えています。例えば喜びは口角の上がり具合と歯の見せ方、悲しみは口の幅と角度の微妙な下がり、怒りは口内の暗さと歯の鋭さで大きく印象が変わります。顔全体のパーツと噛み合うように口の微調整をするだけで、同じ顔でも別人のようになるのが面白いところです。
具体的な技法をいくつか挙げると、まず「口の形を記号化する」こと。感情ごとに典型的な形を決めておくと描き分けがラクになります。丸い“O字”は驚きや呆然、横に細長い“――”は無表情や
呆れ、片方だけ上がった“へ”は不敵な笑みなど。次に「歯と舌の見せ方」。歯をバーッと見せるときは、歯を一体化した塊として描くと読みやすく、リアルに個々の歯を描くのは感情の激しさや写実性を出したいときに有効です。舌を軽く見せると親しみや色気、舌先を見せるほど挑発的な印象になります。
線の使い方も重要で、上唇と下唇のラインの太さを変えるだけで立体感や湿り気が出ます。下唇の内側を太めに引いて影を入れると唇の厚みを感じさせ、笑いジワや口角の小さな線を足すと年齢感や表情の深さが増します。歯を見せた「食いしばり」は、短い横線を歯に重ねて「噛みしめ」を表現する方法が定番で、怒りや必死さを表現するのに便利です。唇を噛む描写は、上唇の端を少し引き込むように描いて小さな影を足すと生々しくなります。
また、デフォルメの度合いで技法を使い分けるべきで、デフォルメ強め(チビ・ギャグ寄り)なら単純な二画で笑顔を示し、白目や大きな口で誇張します。一方で青年漫画や劇画寄りなら口内の暗部、歯茎、唾液の光、唇のハイライトといった細かい描写が効きます。実践的な練習としては、同一キャラの口を5段階の感情(喜怒哀楽+無表情)で描き分ける、正面・3/4・横顔の各角度で同じ表情を保つ、といったドリルがおすすめです。少しのズレがキャラの別人ぽさに直結するので、反復して体に覚え込ませるのがコツです。
最後に、口だけで完結させず目や眉、頬のラインと連動させることを忘れないでください。口の形は感情の最終結果みたいなものなので、全てのパーツが同じ物語を語ると説得力が出ます。練習を重ねると、たった一筆で感情が伝わる瞬間が増えて、それが絵を描く楽しさに直結します。