堕ちていく主人公を見るとき、同情をどう保つかは技術と感情の綱渡りだと思う。主人公の行為だけを列挙して裁くのではなく、その行為がどのように徐々に構築されたかを見せることが肝心だ。例えば『罪と罰』のラスコーリニコフを思い出すと、彼の論理や理想主義、孤独、そして自己矛盾が積み重なって犯罪に至る過程が緻密に描かれている。それがある種の理解を生み、単純な憎悪ではなく複雑な同情を呼び起こすのだ。
自分の経験で言うと、読み手に寄り添わせるためには小さな共感の種を頻繁に蒔くのが有効だ。幼少期の傷、家族との断絶、避けられなかった選択肢など、読者が「もし自分なら」と置き換えられる要素を挟むと、
堕落の瞬間でさえ読者は完全に引き離されない。また、犯した罪の結果と向き合わせる描写を丁寧に入れることで、単なる悪役化を避けられる。
最後に、言葉遣いや視点で微妙に同情の余地を残すことも忘れてはいけない。行為の説明に冷静さを保ちつつ、内面の葛藤や後悔の断片を断続的に提示する。そうすることで読者は非難と理解の間で揺れ動き、物語全体の濃度が増していくと感じる。