作家は社畜を主人公にした小説で心を掴む設定をどう描けばいいですか？

心を掴む設定の鍵は、日常のディテールを通して読者の共感を小さく積み重ねることだと考えている。僕はまず主人公の“ルーティン地獄”を具体的に描くところから始める。朝の満員電車や終わらない会議という既視感だけでなく、たとえば上司の決まり文句、無意味なフォーマットの書類、社内チャットのスタンプ文化といった細部を積み上げると、それだけで世界が生々しくなるからだ。

次に重要なのは、主人公の内面と外面をズレさせることだ。外向きには愛想笑いを振りまきつつ、心の中は小さな反逆心や疲労の蓄積で満ちている――そのギャップを短い独白や失敗のワンシーンで示すと、読者は「こういう人いるよね」と親近感を抱く。自分は『働きマン』のような仕事漫画から学んだように、仕事の細かい成功や敗北を小刻みに挟むことで、主人公の人間らしさを立体化するテクニックをよく使う。

構成面では、仕事そのものを敵にしないことを勧めたい。会社や業務は舞台装置にして、対人関係や選択の重みをドラマに据える。加えて、ユーモアと皮肉を織り交ぜれば読後感が軽くなり、重いテーマでも読み通されやすくなる。語り口は生々しく、しかし過剰な説明を避けて行間に余白を残すと、読者が自分の体験と結びつけてくれる。自分の経験も盛り込みつつ、読後に誰かに話したくなるようなシーンを一つは用意するといい。最終的には、仕事という枠を越えた人間ドラマを見せられれば、設定は強く心に残ると思っている。

設定を練るときにはまず“役割の重さ”を可視化するのが有効だと感じている。自分は新人時代を思い出しながら、業務負荷や評価制度、家と会社の距離感を地図化する。具体的には、主人公がどの程度寝る時間を削っているか、どんな簡単な楽しみを切り捨てているかを数値や短い日記の形で示すと、読者が実感を持ちやすくなる。

そのうえでドラマ性を作るには“選択のリアリティ”が欠かせない。主人公が嫌な仕事を断れない理由、例えば家族の事情やローン、過去の失敗――そうした重みを一つずつ明かしていくと、単なる愚痴にならず物語の推進力になる。自分は『ブラック会社に勤めてるんだが』のような作品を参考に、ブラックユーモアで読ませる手法を取り入れることが多い。辛さをそのまま出すのではなく、皮肉や誇張で読みやすくするのがコツだ。

登場人物のバリエーションも意識する。上司、同期、取引先、家族――それぞれが主人公に異なる圧力や救いを与えるよう設計する。会話や決定的な一言で関係性を変えるシーンを用意しておくと、読者の感情移入が進む。最後に、長い労働の日々の中で主人公が見つける小さな意味や希望を提示すると、物語は単なる愚痴に終わらず、胸に残る物語になると考えている。

現場感を大事にするなら、最初から大局を語らず“一場面”に絞って切り出すのが手だと思う。私のやり方は、まず象徴的な失敗や恥ずかしい出来事をワンシーンで描写して、そこから主人公の背景や職場文化を逆算して埋めていく方法だ。

具体的には、主人公が会議でプレゼンをふられて失敗する一連の描写を丁寧に描く。発注ミスの連鎖、担当者の言い訳、謝罪のメール文面などを積み重ねると、読者は自然に「なぜここまで追い込まれるのか」を理解する。私は『サラリーマン金太郎』の熱量や筋立てを参考に、個人の怒りや誇りを軸に物語を転がすことが多い。

また、主人公の小さな抵抗や機転を複数用意しておくと、読者の応援したくなる気持ちが生まれる。全てを変える大きな革命でなくても、毎日の小さな勝利――上司との会話で一歩譲らない、同僚を助けるために残業を引き受けるなど――が積み重なればキャラクターは深くなる。結末は必ずしも華々しい成功でなくてもよい。主人公が自分の価値観に気づく瞬間や、新たな選択肢を見つける瞬間を描けば、それだけで読後に満足が残ると感じている。