去年と昨年の違いは?会話で自然に使い分けるコツ

2026-02-27 23:55:32 178

3 Jawaban

Nathan
Nathan
2026-03-01 22:44:08
この違いを考えるとき、いつも思い出すのが祖母の言葉だ。田舎の祖母は絶対に「昨年」とは言わなかった。「去年のクリスマスはね」と始まる話には、家族の歴史が詰まっている気がした。

現代ではSNSの投稿でも違いが見えて面白い。インスタのキャプションで「昨年訪れたパリ」と書くとフォーマルな旅行記みたいだけど、「去年のパリ旅」だとフランクで臨場感がある。短文になるツイートでは『去年』の方が圧倒的に多いね。文字数の制限も言葉選びに影響するんだなあと気付かされる。
Kayla
Kayla
2026-03-04 10:14:20
「去年」って言葉にはどこか親しみやすさがあるよね。地元の方言で「こぞ」って言ったりする地域もあるみたいだし、言葉そのものに温かみを感じる。一方の「昨年」は少し距離を置いた、客観的な響き。ニュースキャスターが「昨年起こった事件」って言うと、事実を淡々と伝えている感じがする。

使い分けのコツは、話している相手や場面を想像すること。幼い甥っ子に「昨年サンタさんから何もらった?」って聞くのは変だし、取引先の重役に「去年の契約内容」って話すのも違和感がある。言葉の持つ温度感を意識すれば、自然と適切な方が選べるようになると思う。
Zane
Zane
2026-03-04 16:46:48
「去年」と「昨年」の違いに気づいたのは、友人との会話で自分が無意識に使い分けていることに気付いたときだった。

実はこの二つ、厳密には同じ時間を指すけど、使う場面やニュアンスが微妙に違うんだよね。『去年』はカジュアルな会話でよく使われる。友達と「去年どこ行ったっけ?」って話すとき、『昨年』と言うとちょっと堅苦しい印象を与えるかもしれない。逆にビジネスシーンや改まった場面では『昨年』が自然。「昨年度の売上」とかね。

面白いことに、文学作品なんかでは作者の文体によって使い分けられていることが多い。村上春樹の小説だと『去年』が圧倒的に多いけど、宮部みゆきのミステリーだと事件の経緯を説明するときに『昨年』が使われる傾向にある。この違い、意識してみると結構楽しいよ。
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