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湿度管理は収蔵環境で最も取り扱いに気を遣う項目の一つだと常々感じている。
紙と墨は吸湿で膨張し、乾燥で収縮する性質があるため、短時間で大きく変動する条件が最も危険だ。収蔵庫や展示室では概ね相対湿度(RH)を45〜55%あたりに安定させ、日変動を±5%以内に抑えることを目標にするのが安全だと考えている。温度も一緒に管理すると安定性が増すので、18〜22℃程度を維持することを推奨している。
私自身がやっている具体策としては、まずデータロガーを複数箇所に設置して長期の傾向を把握すること、次にHVACで大きな季節差を吸収しつつ、個別のケースや箱には調湿材(指示色付きシリカゲルや調湿性のあるパック)を入れて“マイクロクライメイト”を作ることを実践している。額装品はガラスやアクリルと作品の間にスペーサーを入れて直接接触しない工夫をする。新しく入った作品は箱の中で既存環境に馴染ませる“アクライメーション期間”を設けるのも効果的だ。
記録を残して閾値を超えたときにアラームが出るようにし、小さな変化でも原因を辿る習慣をつけておくと、長期的な保存性が格段に上がる。私の経験では、初期の小さな対策投資が将来の修復費用を大きく減らしてくれた。
短時間でも湿度が高くなってしまった場合の応急処置について触れておきたい。まず慌ててドライヤーや直接の熱源で乾かすのは避けるべきだ。急激な加熱は紙の収縮や墨の割れを招くことがあり、事態を悪化させることがあるからだ。私が以前見た事例でも、強制乾燥で墨が痩せたことがあった。
落ち着いて作品を通風の良い安定した場所へ移し、密閉容器に吸湿剤と共に入れて徐々に湿度を下げる方法が有効だ。吸湿剤は指示薬タイプのものを使うと状況把握がしやすい。カビが発生している疑いがある場合は、乾燥を優先しつつ接触を最小限にして専門家に相談するのが安全策だと考えている。急ぐ気持ちはわかるが、手順を守ることで後の損傷を防げる。
小規模な収蔵や個人コレクションで現実的にできる方法を中心に話すよ。まず、湿度計を複数置いて日々の変動を把握するところから始めるのが手堅い。私は安価なデジタル湿度計を数台購入して、作品の保管棚、展示室、搬入口の3点をチェックしている。
湿度が高くなる季節には、作品を密閉できる箱やケースにシリカゲルや調湿パックを入れて簡易的な調湿空間を作る。シリカゲルは指示薬タイプなら色で交換タイミングがわかるから気楽だ。逆に乾燥しすぎると紙が脆くなるので、過度に乾かさないよう注意する。私は実際に古い掛軸を季節の差で痛めかけたことがあり、その後は展示期間を短くし、展示替えごとに状態を確認するルーティンを導入した。
機器の導入が可能な場合は除湿機や小型の加湿器を湿度計と連携させ、設定範囲を超えたら自動で介入するようにすると安心感が増す。とはいえ、機械を置く位置や気流が直接作品に当たらないように配置する配慮は忘れないでほしい。私のやり方は大仰になりすぎず、でも着実に効果が出る方法を重視している。
紙と墨の微視的な振る舞いを考えると、湿度管理の理屈がすっきりしてくる。湿度が上がると繊維が水分を吸って膨張し、墨や膠(にかわ)を含む層が全体の寸法変化を引き起こすから、にじみや剥落、裏打ち材の膨張といった問題が生じやすくなる。逆に極端に低い湿度は紙の脆化やひび割れの原因となるので、安定した中間域を保つのが重要だ。
私は測定と制御の両輪が不可欠だと考えており、精度の高いデータロガーで長期間のログを取り、季節ごとのピークと谷を解析してからHVACや加湿器を調整する。密閉容器内のマイクロクライメイトは有効で、予め調湿材で所望のRHに落ち着かせた上でケースに収納すると変動が格段に小さくなる。調湿材を用いる際は素材の交換時期や露点管理を記録しておくと良い。
科学的な手法としては、湿度変化の速度を抑えることが最も有効だ。急激な変化が材料に与える応力は累積ダメージを招くため、数日〜数週間かけてゆっくりと環境を変える方が安全だと、実験と経験の両面から確信している。
制作側の視点から言うと、保存のことを頭に入れて紙選びや墨の濃淡を調整するだけで後の湿度トラブルをかなり減らせると思う。和紙は種類によって吸湿特性が違うから、長期保存を前提にする作品なら比較的安定した繊維構成や保存処理を施した紙を選んでおくと安心だ。私は重要な作品は裏打ちや中性紙のマウントを使って寸法安定性を高めることが多い。
保管では、作品同士が直接触れ合わないようにし、酸や揮発性のある物質を近くに置かない工夫をしている。重ね置きする場合は中性の間紙を挟み、荷重がかからないようにする。定期的に箱を開けて状態をチェックする習慣も大切で、湿度の微妙な変化を早めに察知できるからだ。こうした“作る時点での配慮”が、後の保存管理を楽にしてくれると実感している。