ちょっと面白い話だけど、
土手の伊勢屋という名前の由来について考えると、江戸の町並みと当時の商習慣がすっと頭に浮かびます。言葉を分解するとわかりやすくて、『伊勢屋』は文字どおり『伊勢』と『屋(店)』の組み合わせで、かつての『伊勢参り』や伊勢地方と関係のある商品や人を示す店名として広く使われていました。一方で『土手』は土手や堤防に面した場所を表す地名的な要素です。つまり『土手の伊勢屋』は、堤防沿いにある伊勢関連の商品を扱う店、あるいは伊勢出身の人が開いた店、といったイメージから生まれた名前だと考えるのが自然です。
江戸時代、伊勢参りは
庶民にとって大きな行事で、参拝客向けの土産物や便利な日用品を扱う店が発展しました。そうした店は「伊勢屋」と名乗ることで『伊勢参りの品を扱っています』『伊勢ゆかりの品が手に入る』という信頼感を出していたんですね。特に『伊勢木綿』のように地域特産が知られている場合、その産地名を店名に取り入れるのは有効な宣伝でした。さらに、江戸の町には同じような屋号がいくつもあって、場所を付けて差別化するのも普通だったので、『土手の〜』『橋の〜』『横丁の〜』という風に前置詞的な地名が付くことが多かったんです。
文化面でもこの種の屋号は印象深く残っているので、民謡や落語、絵本や浮世絵のなかに『伊勢屋』が出てくることがしばしばあります。そういう作品群の影響で『土手の伊勢屋』は単に一つの店名以上の、江戸の風情を象徴するフレーズとして親しまれてきました。個人的には、そうした屋号が町の景色や人々の暮らしと結びついている点がとても魅力的に感じられます。店名が持つ情報量の多さ──産地、商品、場所、信用──が一語に凝縮されているところに江戸の合理性が見えるようで、ついニヤリとしてしまいます。
結論めいた言い方をすると、『土手の伊勢屋』の名前の元は主に『伊勢参りや伊勢産品に由来する屋号(=伊勢屋)』と『その店がある場所を示す地名(=土手)』の組み合わせです。歴史や地域文化が混ざり合って出来た、とても日本的な命名様式の典型だと思います。