思い出の中にだけ、いてほしい父の心臓バイパス手術の日、心臓外科のエースである夫の横山竜也(よこやま たつや)は、欠勤していたのだった。
何十回も電話をかけたけど、返ってきたのは【手が離せない】という、そっけないメッセージだけだった。
手術室の外で、私はたった一人で渡された急変連絡書を見ながら、目の前がかすむほど泣きじゃくった。
そして、その日の明け方、竜也が指導している女性実習生のインスタで、キャンドルディナーの写真が上がっているのを見かけたのだ。
写真の中では、あのいつもメスを握っているはずの彼の手は、若い女性のために丁寧にステーキを切り分けているのだった。