棚の並びやPOPを眺めているだけでも、『
凡愚』がどんな読者に刺さるかはおおよそ想像がつく。僕はじっくり読み進めることを厭わないタイプの読者に特に勧めたいと思う。言葉の選び方や間の取り方、人物の細やかな心理描写が好きな人には嬉しい手応えがあるはずだ。テンポの遅さを苦にしない、物語の余白や伏線を味わうのが好きな人に向いている。単純な娯楽作品ではなく、「考えさせられる」読書経験を求める人に手渡すと、お互いに良い会話が生まれることが多い。
さらに、読書会や文学の授業で議論を楽しみたい層にも向いていると感じる。登場人物の動機や倫理観について問い直す余地が多く、短い章ごとに意見が割れやすいからだ。例えば、重層的な人間関係や孤独の描写を好む人は、『ノルウェイの森』を評価してきたタイプと重なるところがある。ただし、エモーショナルなカタルシスを求める人や、速読向けの明快なプロットを好む人には薦めづらい。読み手に忍耐と反芻が求められるから、時間をかけて読む意志があるかどうかを軽く確認してから勧めるのが礼儀だと思っている。
結局、書店で見かける薦め方はざっくり二通りある。ひとつは、静かな共感を求める中年〜上の層、もうひとつは文学的な余韻を楽しみたい若い読者。どちらにも共通するのは、表面的な物語の動きよりも人物の内面に寄り添う読み方を楽しめることだ。そういう読者にとっては、『凡愚』は読み終わったあとも話題に尽きない一冊になるはずだ。