言葉一つで人物の経験と老練さを表現するのは、本当に楽しい作業だ。
海千山千のキャラクターは台詞だけでなく“間”や“表情の省略”で語ることが多いから、まずは言葉を削ぎ落とすことを意識するといいと思う。余計な説明を避けて、短くて腹に落ちる台詞を作る。たとえば、長い説教ではなく『お前がそうするなら、後は勝手にしろ』のような無骨で投げやりな一言に、過去の蓄積が滲み出る。私がよくやるのは、台詞に過去の“事件”を匂わせる断片的な語を混ぜること。具体的に語らせずとも、聞き手が勝手に補完してしまう余地を残すと一気に深みが出る。
キャラクターの語り口は経験値そのものだから、言葉遣いとリズムを工夫するのが肝心だ。年季の入った人物なら敬語とタメ口を混ぜて振幅を作るとか、盟友には柔らかい語尾、敵にはシニカルな間を挟むといった具合。比喩は泥臭く、生きた具体物を使うと効果的だ。『刀の鞘みたいに扱いやがる』より『刃を抱えたまま寝てるようなもんだ』の方が血が通う。声の抑揚も描写に取り入れて、文字に“ため息”や“含み笑い”を添えると、読者は台詞の裏にある豊富な経験を感じ取る。台詞の前後に短い描写(指先の動き、目の光の変化)を入れるだけで、セリフそのものが重く響く。
場面作りでは、対比と報いを利用するのが好きだ。若さや正義感とぶつかる場面で老練さを見せると、キャラクターの立ち位置が際立つ。たとえば、若い仲間が理想を叫ぶ横で年長の人物が淡々と助言する――だが、その助言が実は厳しい真実を突いている、という構図。ラストの一言で過去の行動が回収されると読者はニヤリとする。実作業としては、セリフ候補を何種類か作ってみて、より短く、より含みを持たせたものを残していく。台詞同士の応酬をリズミカルにして、必ず一度は沈黙か視線の交換で“間”を作ること。静けさがあると、次の一言が重く落ちる。
仕上げに、台詞がキャラクターの価値観や生き様を示すかをチェックする。嘘をつけない誠実な老練さか、手段を選ばない
したたかさかで言葉の色は変わる。私はしばしば既存作品の名場面を読み返して、自分がどの瞬間に心を掴まれたかを分析してから台詞を書き直す。たとえば『ゴルゴ13』の無駄のない一言や、『賭博
黙示録カイジ』の一瞬の表情で決まる勝敗感はとても勉強になる。こうして削って、削って残った短い言葉が、海千山千の深みをしっかりと担ってくれるはずだ。