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幾千の想いが春風に散る時

幾千の想いが春風に散る時

作家:  春日ヤマナ完了
言語: Japanese
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概要

切ない恋

逆転

ひいき/自己中

クズ男

不倫

「結婚式から逃げたいの……お願い、助けてくれない?」 病室の中、天野未幸はスマホをぎゅっと握りしめていた。氷のように冷えた指先は真っ白になっている。 まさか人生どん底のこのタイミングで、かつてのライバルに助けを求めることになるなんて、夢にも思わなかった。 電話の向こうからは、くすっと小さな笑い声が聞こえた。 「……は?あれだけ健之のこと好きだったくせに。やっと向こうが結婚しようって言ってきたのに、なんで今さら逃げる気になったわけ?」 未幸は、自分の手首を包む分厚い包帯に目を落とし、力なく笑った。 「……ただ、目が覚めただけよ。 浩史……お願い、助けて。もう、どうしようもないの」 必死なその声に、東雲浩史はしばらく言葉を失った。そしてようやく、短く告げた。 「……帰国したら、迎えに行く。待ってろ」

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第1話

第1話

「結婚式から逃げたいの……お願い、助けてくれない?」

病室の中、天野未幸(あまの みゆき)はスマホをぎゅっと握りしめていた。氷のように冷えた指先は真っ白になっている。

まさか人生どん底のこのタイミングで、かつてのライバルに助けを求めることになるなんて、夢にも思わなかった。

電話の向こうからは、くすっと小さな笑い声が聞こえた。

「……は?あれだけ健之のこと好きだったくせに。やっと向こうが結婚しようって言ってきたのに、なんで今さら逃げる気になったわけ?」

未幸は、自分の手首を包む分厚い包帯に目を落とし、力なく笑った。

「……ただ、目が覚めただけよ。

浩史……お願い、助けて。もう、どうしようもないの」

必死なその声に、東雲浩史(しののめ ひろし)はしばらく言葉を失った。そしてようやく、短く告げた。

「……帰国したら、迎えに行く。待ってろ」

通話が切れた後、未幸は手首の包帯をじっと見つめた。

三日前、彼女は藤崎健之(ふじさき たけし)の目の前で自殺を図った。

深く切った手首からは大量の血が流れたけれど、運命は彼女をこんなみじめな形でおわらせることさえ、許してくれなかったようだ。

生死の境界をさまよったあの瞬間、すべてがはっきりと見えた。健之を愛したことが、人生最大の過ちだったと。

病室のドアが突然開かれ、ぼんやりとしていた未幸は我に返る。顔を上げると、健之が立っていた。

まさか彼が病院に来るとは思っていなかった。

自殺した日でさえ、健之は救急車に同乗すらしてくれなかったのだから。

「サインしろ」

金縁の眼鏡越しに彼の手が差し出してきた分厚い書類。その表紙に、未幸は自然と目を奪われた。

――婚前契約書。

未幸は書類を受け取り、さっと目を通す。どの項目も、あまりにも一方的で彼女に不利な内容だった。

「夫の私生活への干渉を禁止」、「財産分与なし」、「結婚後は別居」、「離婚時、妻は一切の財産を持ち出せない」……

ひとつひとつの条項が、鋭く彼女の心を刺した。手首の痛みも再びじんわりと蘇る。

しばらく沈黙した後、未幸は皮肉げに笑った。

結婚式が間近に迫り、きっと健之が外で付き合っている「彼女」が、我慢の限界に達したのだろう。

その子をなだめるために、わざわざこの契約書を用意したのだ。

自殺する前にも、この契約書を見たことがあったが、その時ははっきりと拒否した。

けれど、今はもうどうでもよかった。

健之は淡々と言葉を続けた。

「一度口にした約束は守る。だが、お前が雅美とうまくやって、問題を起こさなければな。約束通り、結婚はする」

まるで感情のないような声音。それでも、視線は冷酷だった。

未幸は涙をこらえながら、黙って署名した。

その姿を見て、健之は少し意外そうに付け加えた。

「結婚後は、毎月六千万円の生活費を支給する。不足があれば秘書に言え」

「うん、分かってる」

書類を回収した健之は、ふと未幸の手首に目をやり、一言。

「今日はうちの母の誕生日だ。雅美も来てる。お前の退院手続きは済ませた。あの成人式で自殺騒ぎを起こした件は、水に流すから、雅美の前でちゃんと謝れ」

未幸は目を見開いた。ついさっき看護師から、「退院までは最低あと一週間」と言われたばかりだったのに。

あの日の記憶が、まざまざと脳裏に浮かぶ。唇を噛みしめ、かすれた声で、絞り出すように言った。

「行きたくない……」

健之の顔が一気に険しくなる。

「わがまま言うな。お前に選ぶ自由なんてない。

身支度を整えて、駐車場まで来い」

それだけを言い残し、彼は振り返ることもなく病室を出ていった。

未幸の身体は冷たくこわばり、震える手を必死に握りしめる。そして、涙が、ぽろぽろと頬を伝ってこぼれ落ちた。

……そう、彼女には「選ぶ自由」なんて、最初からなかったのだ。
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