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漫画『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』を読み返していて、登場人物たちの複雑な心情を表すのに『漫ろ』という言葉がふさわしいと思った。
この言葉は、古代から使われてきた由緒ある表現で、特に王朝文学で好まれた。『漫』の字が示すように、気持ちが散漫になる様子を表し、現代で言えば「そわそわ」や「もやもや」に近い感覚だろう。鎌倉時代の随筆には、月を見上げて物思いにふける様子を『漫ろごころ』と表現している。時代を超えて、人の心の揺れ動きを捉える言葉の力に感心させられる。
『漫ろ』という言葉に出会ったのは、古典文学の授業で『源氏物語』を読んでいた時だった。
この言葉には「なんとなく」「とりとめもなく」というニュアンスがあって、現代語で言う「ぼんやり」に近い感覚だ。語源を辿ると、『漫』の字には「みだりがわしい」「際限がない」という意味があり、『ろ』は接尾語的な役割を果たしている。平安貴族たちが使っていた雅やかな表現が、千年の時を超えて私たちの前に現れたような気がする。
特に印象深いのは、恋文を書く場面で「漫ろなる心」と表現されている箇所だ。当時の人々の繊細な心情を、これほど的確に表す言葉は他にないだろう。
ゲームのシナリオを書いていた頃、キャラクターの心情を表現するのに『漫ろ』という言葉をよく使った。例えば、戦いの後の静かな場面で「漫ろに夜空を眺める」といった描写だ。
語源的には、『漫』が「水が溢れる」様子を表すことから、感情や思考がまとまりなく広がるイメージに繋がっている。中世の和歌では、物思いにふける心情を表すのに重宝されたようだ。現代ではあまり使われないが、『徒然草』などの古典を読むと、この言葉が持つ儚げな美しさに気付かされる。
友人と『君の名は。』のラストシーンについて話していた時、「あの時の二人の気持ちを表す言葉はないかな」と聞かれて、思わず「漫ろ、って表現がぴったりかも」と答えたことがある。
この言葉には、明確な目的もなくただ心が揺れ動く様子が込められている。語源辞典で調べてみると、『漫』には「みだれる」という意味があり、そこから「心が乱れる」という意味に発展したらしい。平安時代の日記文学を読むと、恋人を待つ焦燥感や、季節の移ろいへの感傷を『漫ろ』と表現している例が多く見つかる。千年経っても変わらない人間の心情に驚かされる。