読み終えた直後にふと胸が締め付けられる感覚が残った。僕は物語の構造を追うよりも先に、登場人物の選択に注目した。物語は『
玉無し』というタイトルが示すとおり、個人のアイデンティティを示す象徴が欠落することによる連鎖を描いている。風間蓮は消えた“玉”の穴を抱えながら周囲との摩擦を生み、そこから波及する小さな事件が町の雰囲気を変えていく。
佐藤絵里は蓮にとっての救い手であり、彼女自身にも秘密がある。絵里の振る舞いは柔らかいけれど芯があり、読んでいると彼女の行動理由が少しずつ透けて見える。大槻豪は外向きに強く出るが、実は欠落を恐れる人間で、彼の攻撃性は自分を守ろうとする歪んだ反応だと僕は解釈した。中村玲子は外部の視点を提供する存在で、物語の倫理的な問いを投げかける。
プロットの展開は派手さよりも心理描写に重きが置かれている。僕には特に、人が失ったものと向き合う過程で新しい関係が築かれる描写が強く響いた。結末は開かれた形で、読み手に想像の余白を残してくれる。個人的にはその余白こそがこの作品の魅力で、何度も思い返したくなるタイプの物語だった。