作品の中で
狡い伏線が「こっそり」回収されるときの美しさは、最初の一行や一枚の絵が後で鮮やかに響く瞬間にある。自分はいつも、その響きを計算しつつも不自然にしないことを最優先にする。具体的には、伏線は情報の匂いを少しずつ撒くこと、感情的な共鳴を同時に撒くこと、そして回収の瞬間に登場人物の内面的必然性が働くように配置することが重要だと考えている。
プロットを組み立てる際には三段階で考える。まず「蒔く」段階で、些細な所作、台詞のズレ、小物の反復などを目立ちすぎない形で置く。次に「育てる」段階では、それらの要素を別のシーンや別の視点から照らし合わせて関連付けを匂わせる。最後に「刈り取る」段階で、一見無関係に見えたビットが論理的かつ感情的に接続される瞬間を設計する。驚きは必要だが、驚きが“裏切り”に感じられないよう、読者の記憶に提示された情報だけで説明がつくようにしておくのがコツだ。
実例として、緻密な構成が光る作品として' Steins;Gate 'の時間遡行の伏線処理をよく参照している。初期のカットや台詞が、後の因果関係を裏付ける布石になっていて、回収の瞬間に「そうだったのか」と自然に膝を打てる。そのためには初期段階からのディテール管理と、回収時の情報量のコントロールが不可欠だ。自分はいつも、読者に後戻りして確かめさせたい欲求を抱かせるくらいの明瞭さを目指して書く。それができたとき、狡い伏線は単なるトリックではなく物語の深みを増す装置になると思うし、書き手としてそれが一番楽しい。