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あなたに薔薇を、私に自由を

あなたに薔薇を、私に自由を

作家:  愛されるママ完了
言語: Japanese
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概要

切ない恋

逆転

ドロドロ展開

愛人

ひいき/自己中

クズ男

後悔

スカッと

結婚七周年目の記念日。SNSで話題の動画が目に飛び込んできた。 コンサート会場の客席で、男が片膝をつき、白いワンピースの女性にプロポーズする。 一目見た瞬間、全身の血が凍りついた。 男が着ている白いシャツは、今朝、私・水瀬雫(みなせ しずく)が夫である西園寺律(さいおんじ りつ)のためにアイロンをかけたものだ。 胸元には、私のイニシャルの刺繍が入っている。 三時間前、律は申し訳なさそうに私の額にキスをしたばかりだった。 「急に海外と会議することになっちゃって。 ごめん、雫、約束してたコンサート、行けなくなった」 なるほど、会議ではなく、他の女と一緒にコンサートに行ったのだ。 インターホンが鳴り、アシスタントが朝露に濡れた白い薔薇の花束を抱えて立っていた。 「社長はどうしても抜け出せないそうで、奥様へのお詫びの品です」 息が止まりそうだった。 私は白い薔薇が大嫌いだ。 「もし愛がなくなったら、別れの合図として白い薔薇を贈って」と冗談めかして言ったことさえある。 花束を受け取り、テーブルの上の無駄になったコンサートチケットと一緒にゴミ箱へ投げ捨てた。 スマホを取り出し、弁護士に離婚協議書の作成を依頼した。

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第1話

第1話

結婚七周年目の記念日。SNSで話題の動画が目に飛び込んできた。

コンサート会場の客席で、男が片膝をつき、白いワンピースの女性にプロポーズする。

一目見た瞬間、全身の血が凍りついた。

男が着ている白いシャツは、今朝、私・水瀬雫(みなせ しずく)が夫である西園寺律(さいおんじ りつ)のためにアイロンをかけたものだ。

胸元には、私のイニシャルの刺繍が入っている。

三時間前、律は申し訳なさそうに私の額にキスをしたばかりだった。

「急に海外と会議することになっちゃって。

ごめん、雫、約束してたコンサート、行けなくなった」

なるほど、会議ではなく、他の女と一緒にコンサートに行ったのだ。

インターホンが鳴り、アシスタントが朝露に濡れた白い薔薇の花束を抱えて立っていた。

「社長はどうしても抜け出せないそうで、奥様へのお詫びの品です」

息が止まりそうだった。

私は白い薔薇が大嫌いだ。

「もし愛がなくなったら、別れの合図として白い薔薇を贈って」と冗談めかして言ったことさえある。

花束を受け取り、テーブルの上の無駄になったコンサートチケットと一緒にゴミ箱へ投げ捨てた。

スマホを取り出し、弁護士に離婚協議書の作成を依頼した。

……

署名を終え、ソファに座って壁掛け時計の針が進むのを眺めていた。

あの動画はさらに拡散されている。

コメント欄には羨望の声が溢れていた。

【素敵!コンサートでプロポーズなんてロマンチックすぎる!】

【彼女、幸せそう。嬉し涙に濡れた顔もキュート】

私は動画の中の女性を見つめた。知っている顔だ。

星野愛莉(ほしの あいり)、私の異父妹だ。

なんて滑稽な話だろう。

動画の中の律は赤い薔薇を捧げ、震える声で言っていた。

「愛莉、出会うのは遅かったけれど、これからの人生、君と一緒にいたい」

その深い愛情に、私の目頭が熱くなる。

七年前の蒸し暑い午後、律が私に告白した時の初々しい姿を思い出す。

少年の瞳は、夏の太陽よりも熱く輝いていた。

「雫、愛するのが怖いのは分かってる。

大丈夫、お前が俺を愛してくれるようになるまで、ずっと待ってるから」

ドアノブが回り、外の冷気をまとって、律が入ってきた。

「まだ起きてたのか?」

薄暗がりに座る私を見て一瞬驚いたようだが、すぐに何事もなかったかのように靴を履き替え、ネクタイを緩めた。

「待たなくていいって言っただろ?会議が手強くて、こんな時間になってしまった」

私は静かに彼を見つめた。視線はシャツの襟元についた口紅の跡に注がれる。

「会議は順調だった?」

律が抱きしめようと近づいてくると、ふわりと香りが漂ってきた。

甘ったるい薔薇の香水の匂いだ。

あれは愛莉の香水の匂いだ。

吐き気が込み上げ、私は思わず彼を突き放した。

彼は眉をひそめたが、我慢して説明した。

「順調だったよ、ただ疲れただけだ。

そういえば花は届いたか?特別に選ばせたんだよ」

喉の奥が引きつる。

「捨てたわ」

律の顔色が曇った。

「雫、何が不満なんだ?たかがコンサートだろ?

償いもしたのに、まだ足りないのか?」

「今日は七周年の記念日よ」

私は掠れた声で言った。

「そして、忘れたの?私は白い薔薇が一番嫌いだって言ったはずよ」

律はハッとした。

だが数秒後、苛立ったようにネクタイをソファに投げつけた。

「雫、いちいち感傷的になるなよ。ただの花だろ?

白い薔薇がどうしたって言うんだ?愛莉が……」

彼は口をつぐみ、視線を逸らした。

私は顔を上げ、冷たい声で聞いた。

「愛莉が何て?」

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第1話
結婚七周年目の記念日。SNSで話題の動画が目に飛び込んできた。コンサート会場の客席で、男が片膝をつき、白いワンピースの女性にプロポーズする。一目見た瞬間、全身の血が凍りついた。男が着ている白いシャツは、今朝、私・水瀬雫(みなせ しずく)が夫である西園寺律(さいおんじ りつ)のためにアイロンをかけたものだ。胸元には、私のイニシャルの刺繍が入っている。三時間前、律は申し訳なさそうに私の額にキスをしたばかりだった。「急に海外と会議することになっちゃって。ごめん、雫、約束してたコンサート、行けなくなった」なるほど、会議ではなく、他の女と一緒にコンサートに行ったのだ。インターホンが鳴り、アシスタントが朝露に濡れた白い薔薇の花束を抱えて立っていた。「社長はどうしても抜け出せないそうで、奥様へのお詫びの品です」息が止まりそうだった。私は白い薔薇が大嫌いだ。「もし愛がなくなったら、別れの合図として白い薔薇を贈って」と冗談めかして言ったことさえある。花束を受け取り、テーブルの上の無駄になったコンサートチケットと一緒にゴミ箱へ投げ捨てた。スマホを取り出し、弁護士に離婚協議書の作成を依頼した。……署名を終え、ソファに座って壁掛け時計の針が進むのを眺めていた。あの動画はさらに拡散されている。コメント欄には羨望の声が溢れていた。【素敵!コンサートでプロポーズなんてロマンチックすぎる!】【彼女、幸せそう。嬉し涙に濡れた顔もキュート】私は動画の中の女性を見つめた。知っている顔だ。星野愛莉(ほしの あいり)、私の異父妹だ。なんて滑稽な話だろう。動画の中の律は赤い薔薇を捧げ、震える声で言っていた。「愛莉、出会うのは遅かったけれど、これからの人生、君と一緒にいたい」その深い愛情に、私の目頭が熱くなる。七年前の蒸し暑い午後、律が私に告白した時の初々しい姿を思い出す。少年の瞳は、夏の太陽よりも熱く輝いていた。「雫、愛するのが怖いのは分かってる。大丈夫、お前が俺を愛してくれるようになるまで、ずっと待ってるから」ドアノブが回り、外の冷気をまとって、律が入ってきた。「まだ起きてたのか?」薄暗がりに座る私を見て一瞬驚いたようだが、すぐに何事もなかったかのように靴を履き替え、ネクタ
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第2話
律の眉間に苛立ちが浮かんだ。彼は私の視線を避け、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。指先で明滅する赤い光と紫煙が彼の顔を覆い隠した。彼の顔がはっきり見えなくて、まるで彼との間に、七年という距離が横たわっているみたいに。私は呆然とした。私だけを見ていたあの少年が、いつからこんな風に変わってしまったのだ。しばらくして、律は感情のない目で私を見た。「雫、愛莉の名前を聞いただけで、すぐに疑心暗鬼になるのはやめろ。道で偶然に会って、彼女が女の子はみんな白い薔薇が好きだって、純潔で縁起がいいからって教えてくれただけだ。善意でアドバイスしてくれただけだぞ!お前の育った家庭環境が良くなかったのは分かってる。だけど、そういう暗い過去をいつまで俺たちの生活に持ち込むつもりだ?トラウマだ何だと騒ぐ前に、自分の性格を見直したらどうだ?」大粒の涙が頬を伝う。私は目の前の男を、信じられない思いで見つめた。彼は私の過去を知り尽くしている。だからこそ、どうすれば私が一番傷つくかも知っているのだ。母は白い薔薇を愛していた。家には庭一面に植えられた純白の花畑があった。母は泥酔するたび、私の髪を掴んでその花畑に引きずり込んだ。私の顔を土に押し付け、鋭い棘が肉に食い込むのを強いた。それは幼少期の最も深い悪夢だ。だから私は白い薔薇を憎んでいる。私がまともな人間として生きられるようになるまで、どれほどの時間をかかったのか、彼は知っているはずだ。なのに今、彼は他の女を庇うために、私の傷口をえぐった。私はこみ上げる苦さを飲み込んだ。「あのプロポーズ動画、私が知らないとでも思った?」律の指が震え、瞳が一瞬泳いだ。だがすぐに平然とした表情に戻る。「あれはコンサートの余興だよ。愛莉はお前の妹だろ?帰国したばかりで一緒に見る人がいないから、義兄として付き合ってやっただけだ。卑屈な考え方をするな!」私は乾いた笑い声を漏らした。目が真っ赤になる。「義兄だって分かってるくせに。私がどれだけ愛莉を嫌いかも知ってるくせに!」幼い頃、母に酒をやめてと泣いて頼んでも、返ってくるのは暴力だけだった。そして、スーパーで酒を万引きさせられた時の、あの屈辱と恐怖だけだった。捕まるたびにいつも傷だらけにな
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第3話
胸が締め付けられる。昔から浴びせられてきた言葉だが、それでも、母親が自分の娘に向けていい言葉だろうか?「父がギャンブルの借金のために私を売り飛ばそうとした時、あなたは何をしてた?愛莉の誕生日パーティーをしてたじゃない!」私の叫びに一瞬言葉を失ったようだが、すぐに怒鳴り返してきた。「いつまで昔の話を蒸し返すの!最後は無事だったでしょ?警告しておくけど、愛莉と律の仲を裂くような真似をしたら、親子の縁を切るからね!」電話が切れた。流れる涙が、焼きつくように熱く、呼吸さえ奪っていく。縁を切る?私が娘だと思ってくれたことが一度でもあったの?その時、玄関のロックが解除される音がした。律が帰ってきたのだと思い、慌てて涙を拭った。惨めな姿を見せたくない。彼が心配してくれるとは思えないけれど。だが、入ってきたのは愛莉だ。彼女は笑顔でリビングを見回し、ゴミ箱の中の白い薔薇に目を留めた。「あら、律さんが選んでくれたのに、捨てちゃったの?」彼女は一輪拾い上げ、鼻を近づけて香りを嗅ぎながら挑発的な目を向けた。「まあ、お姉ちゃんみたいに掃き溜めで育った人間には、こういう上品なものは似合わないわよね。花は、愛されてる人間だけがもらえるものだよ」私は冷たく言い放った。「出て行って、二度と来ないで!」愛莉は軽く笑った。「昨夜、律さんがなぜ帰らなかったか知ってる?私のところにいたのよ。夫を家に帰らず義妹のところに来るような男にしてしまったなんて、妻として失格ね」私は吐き気がして、顔色が青ざめた。愛莉はさらに図に乗った。「律さんが昔あんたを口説いたのは、あんたみたいな冷たいタイプが珍しかったからよ。本気で愛されてるとでも思った?笑わせないで。あんたみたいの陰気な女、誰が好きになるのよ」我慢の限界だ。私は彼女の頬を叩いた。ほぼ同時に、玄関から怒声が響いた。「雫!何をしてるんだ!」律が帰ってきたのだ。手には朝食が持っている。仲直りしに来たのだろうが、最悪のタイミングだった。愛莉の反応は素早かった。彼女はわざとらしく後ろに倒れ込み、悲鳴を上げた。「痛い……お姉ちゃんに突き飛ばされて……」律が血相を変えて駆け寄り、私を突き飛ばした。無防備だった私
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第4話
あれから律と口を利かない状態が続き、彼は家に帰ってこなくなった。一方で、愛莉のSNSが更新された。写真には一杯のコーヒーと、男の手が写っていた。手首には、私が見覚えのある赤い組み紐が巻かれている。それは私が律のために祈願して手に入れた腕輪守だ。真夜中にお百度参りをして、数を数えながら石畳を何度も往復し、足が豆だらけになるまで願ってやっと授かったもの。いままで、私に優しくしてくれたのは彼だけだった。だから私は、精一杯の愛を注ぎ、自分のすべてを彼に捧げたかった。やっと手に入れたこの幸せを、手放したくなかった。だが、結局私に幸せは許されないのだろうか。画面を見つめるうちに、涙で滲んだ。涙を拭い、もうここを去る時だと悟った。だが、マイナンバーカードが見当たらない。焦って探していると、スマホが震えた。愛莉から写真が送られてきた。彼女の指先にあるのは私のマイナンバーカードだ。その下には真っ暗な穴が口を開けている。【お姉ちゃん、これが欲しい?地下のワインセラーに来て。遅れたら落とすわよ】私はスマホを握りしめ、指の関節が白くなるほど力を込めた。そのワインセラーは、かつて西園寺家がワインを貯蔵していた場所だが、今は使われていない。少し前、愛莉がローズオイルを作りたいと言い出し、律が彼女のために、花材置き場として提供した場所だ。裏庭に駆けつけると、地下への鉄扉が半開きになっていた。花の朽ちた濃厚な甘い匂いが鼻をつき、吐き気を催す。胃が痙攣し、足がすくんだ。「お姉ちゃん、遅いね」奥から愛莉の声が、不気味に反響して聞こえてくる。私は生理的な嫌悪感をこらえ、スマホのライトをつけて一歩ずつ降りていった。「返して」私は震える手を伸ばした。愛莉は私のマイナンバーカードをもてあそびながら、高らかに笑った。「あんたがいなくなったら、誰が私の幸せを引き立ててくれるの?あんたは私の引き立て役なんだから、行かせないわよ」「狂ってる!」問答無用で奪い返そうと飛びかかった。愛莉は身分証明書を隅に投げ捨て、私が拾いに走った隙に、素早く外へ飛び出した。重い鉄扉が閉まり、鍵がかけられる音が響いた。「愛莉!開けなさい!」扉を叩き、叫ぶ。外から彼女の悪意に満ちた笑い声が聞こえた。「お
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第5話
耳元で懐かしい声がした。「雫!しっかりして!」律だ。悪夢にうなされる夜、何度となく私を優しくなだめてくれた、あの声。私は完全に意識を失った。次に目を開けると、視界は真っ白だった。消毒液の匂いが鼻をつく。私は呆然と天井を見つめた。「雫、やっと目が覚めたか……心配したよ!」掠れた声がベッドの横から聞こえた。ゆっくりと首を回すと、律が座っていた。スーツはヨレヨレで、顎には無精髭が伸び、目は充血している。そのやつれた姿を見て、胸の奥が痛んだ。昔のことが思い出された。大学三年生の時、急性盲腸の手術をした夜、タクシーが捕まらず、彼があんなに焦っているのを初めて見た。私をおぶって病院まで走り、三日間一睡もせずに付き添ってくれた。彼は私の手を握り、何度も指先にキスをして言った。「雫、これからは絶対に悲しい思いはさせない」凍っていた心が溶け出し、最後にもう一度だけ説明しようと思った。「律、愛莉が私のマイナンバーカードを盗んで、私を罠にはめたの……」「あら、お姉ちゃん目が覚めたの?」言いかけた言葉を遮り、愛莉が入ってきた。彼女は律のそばに行き、自然な動作で腕を組んで、心配そうな声を作った。「お姉ちゃんも不注意ね、なんで中に閉じ込められちゃったの?私が律さんに頼んで見に行ってもらわなかったら、どうなってたかわからないの」心臓が凍りつく。「あなたが頼んだの?」律は愛莉の手をポンポンと叩き、感心したように言った。「そうなんだ、雫。昨夜の俺は頭に血が上っていて、お前を無視するつもりだった。だが愛莉が泣いて頼んできたんだ。もし狂言じゃなくて本当に事故だったらどうするのって。お前は姉だから見捨てられないって。見ろよ、愛莉はこんなに優しいんだぞ。お前はいつも彼女を敵視してるが、誰が本当に味方なのか分かっただろ?」頭の中で何かが切れる音がした。律が助けに来たのは、私を心配したからでも、愛しているからでもなかった。私を殺しかけた張本人が、気まぐれに慈悲をかけたからだ。滑稽すぎて笑えてくる。「律、彼女が鍵をかけたのよ!」「お姉ちゃん!ひどい!」愛莉は瞬時に涙を流した。「お姉ちゃんが仲直りしたいって言うからワインセラーに誘われたのに……」律の顔色
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第6話
大学三年生の時、私は学科首席の成績で唯一の交換留学の枠を勝ち取った。それは運命を変えるチャンスだった。再婚して以来会っていなかった母が、突然私の前に現れた。挨拶も気遣いもなく、ただ冷たく言った。「留学のチャンスを愛莉に譲りなさい」「どうして?彼女はまだ一年生でしょ、行けるわけないじゃない!私が頑張ってやっと手に入れたチャンスよ!なんで、彼女に……」私は泣き叫んだ。「あんたが気に入らないからよ!」母は私の頬を打った。「愛莉と張り合おうなんて思ったら、足をへし折ってやる!」結局、その枠は愛莉のものになった。継父の権力で、いとも簡単に私は全てを奪われ、逆に枠を奪おうとしたという汚名を着せられた。卒業するまで、まともな仕事に就くことさえできなかった。私は彼女に聞いたことがある。「何もかも持ってるのに、どうして私のものを奪うの?」その時の愛莉も、今と同じように笑って言った。「あんたのものを奪うのが楽しいからよ」私は歯ぎしりした。この偽善者の顔を引き裂いてやりたかった。母の愛を奪い、夫までも奪った。それは我慢できた。男などくれてやる。だが一番許せなかったのは、彼女が私の未来を壊したことだ。「愛莉、まだ遊び足りないの?」「もちろん」彼女は新しいネイルを眺めながら、退屈そうに言った。「あんたが持ってるものは全部壊したいの。あんたが苦しむ顔を見るとゾクゾクするわ」私は彼女を見上げた。彼女も見返してくる。視線が交錯し、私は彼女への憎しみが深まるのを感じた。愛莉は母の美貌を受け継ぎ、赤い薔薇のように派手な美しさを持っている。私は目尻の泣きぼくろ以外、母に似ているところはなかった。地味な顔立ちの中で、その艶めかしいほくろだけが不自然に浮いていた。母はこのほくろを一番嫌っていた。不釣り合いで、役立たずの父親にそっくりだと。空気が澱む。その時、律が電話を終えて戻ってきた。愛莉は瞬時に目を赤くし、声を震わせた。「お姉ちゃん……私のこと嫌いなのは分かるけど、律さんは本当にお姉ちゃんを愛してるのよ。律さんのことを犬だと言うなんて酷いよ!」律が入ってきて、ちょうどその言葉を聞いた。彼は立ち止まり、私との距離を保ったまま見つめてきた。しばらくして、掠
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第7話
母が飛び込んできて、問答無用で私に平手打ちを食らわせた。あまりの衝撃に耳鳴りがし、目眩がする。口の中が血の味で満たされた。母は鬼のような形相で、私を指差して罵った。「雫!この疫病神!自分の不注意を愛莉のせいにするなんて、死んじまえ!」私は熱を持つ頬を押さえ、震える声で言った。「死にかけたのは私よ。愛莉は無傷じゃない、目が見えないの?」「自業自得よ!」母は憎々しげに吐き捨てた。「日頃の行いが悪いからバチが当たったのよ!愛莉が無事だったのはただ運が良かっただけよ!これ以上愛莉をいじめるなら、今すぐあんたの酸素チューブを引っこ抜いてやるわ!」律が眉をひそめ、一歩前に出た。「義母さん、雫はまだ病気で……」「病気?どうせ同情を引くための仮病でしょ!」母は律の手を振り払った。「律くん、甘やかすのもいい加減にしなさい!こういう女は痛い目を見なきゃ分からないのよ!」律は沈黙し、私を一瞥してから顔を背けた。彼の後ろ姿を見て、心が粉々に砕け散り、二度と元には戻らない。ああ、そうか。私は永遠に、見捨てられる側の人間なのだ。私は唇を動かし、聞き取れないほどの小声で言った。「律、もう帰っていいよ、彼女たちも連れて行ってくれ……もう疲れたの……」律は私の言葉を聞いて、明らかに戸惑っていた。私がこれほどあっさりと愛莉を許し、静かになったことが意外だったのだろう。だが彼は深く考えず、私が気を引くために拗ねているだけだと思い込み、本当に愛莉と母を連れて病室を出て行った。私は自嘲気味に笑い、点滴の管を引き抜いた。手背から血が滴る。病衣のまま病院を抜け出し、沖縄行きのチケットを買った。発つ前に、母の元へ向かった。父はギャンブルで借金を重ね、挙句の果てに強盗未遂で捕まり、今は刑務所の中だ。母は今、星野家の豪邸で優雅に暮らしている。まさかそこに、律までいるとは思わなかった。律は愛莉の隣に座り、葡萄の皮を剥いてやっていた。その眼差しは、久しぶりに見る優しさで満ちていた。「雫?」私に気づいた母の顔から笑顔が消え、嫌悪の色が浮かぶ。「何しに来た?」愛莉も私に気づき、律の腕に馴れ馴れしくしがみついて挑発的な視線を送ってきた。「お姉ちゃん、律さんに会いに来
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第8話
私は南国へ行き、海の見える小さな家を借りた。ここには白い薔薇はない。あるのは、潮風に揺れるハイビスカスだけだ。SIMカードを抜いて海に投げ捨て、過去との繋がりをすべて断ち切った。ここに来て三ヶ月。ネットニュースで律の記事を見かけた。【西園寺グループ社長、深夜の泥酔。離婚の危機か?】噂では、律は狂ったように私を探しているらしい。帝都中をひっくり返し、刑務所にいる実父まで締め上げたと聞いた。だが、私にはもう関係のないことだ。あの日までは。庭で日向ぼっこをしていると、門扉が激しい音を立てて蹴破られた。入り口には、充血した目と無精髭だらけの律が立っていた。彼は随分と痩せていた。かつてパリッとしていた白シャツは、皺だらけで見る影もない。私を見つけると、彼の瞳に光が戻った。「雫……!」震えながら近づこうとする彼を、私の冷たい視線が釘付けにした。「どうしてここが分かったの?」律の喉が震え、目元が赤くなる。「カードの履歴を辿ったんだ……雫、ただの一時的な癇癪だと思ってた。なのに、どうしてこんな長い間に……」私は薄く笑った。「律、知ってる?私はあなたのその自信満々なところが一番好きだったの。まるで世界そのものがあなたの足元にあるそうだ。ずっと自分に自信がなかった私が、あんなに眩しい彼に惹かれないわけがない。「でも今は、全てが自分の思い通りになると思っているその傲慢さが一番嫌い」律は私の前に崩れ落ち、手を握ろうとした。「雫、俺が悪かった。お前がいない毎日は地獄だ。お前なしじゃ生きていけない。愛莉とはもう関わっていない。お前が嫌がるなら、二度と会わない。だからもう一度チャンスをくれ、頼む!」目の前で泣き崩れる男を見ても、私の心は湖面のように静かだった。「律、問題はそこじゃない。重要なのは、私と彼女の二択を迫られた時、あなたは毎回、迷わず彼女を選んだってことだ。私の傷口がどこにあるか知っていながら、彼女のためにそこに塩を塗り込んだってことだよ」律は必死に首を振り、涙をこぼした。「違うんだ、雫。俺はただ……彼女がお前の妹だから、世話を焼いてやっただけで……」私は思わず吹き出し、同時に涙がこぼれた。「世話?身を削るようなあの偏愛を、世話って言うの?
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第9話
私が消えて最初の一週間。律はようやく彼女の存在の重要さに気づき始めた。深夜、疲れ果てて帰宅しても、迎えてくれるのは死のような静寂だけ。いつも彼のために点いていた暖かな明かりも、酔い覚ましの薬も、口数は少ないが常に彼を目で追っていた雫も、もういない。そんな時、彼は本能的に愛莉に癒やしを求めた。だが彼を待っていたのは、冷徹な拒絶だった。「何しに来たの?」かつての崇拝や恋心は消え失せ、そこには露骨な苛立ちしかなかった。「愛莉、姉さんの行方に心当たりはないか?何か思い出してくれないか?」律は掠れた声で、すがるように言った。愛莉は鼻で笑った。「知るわけないでしょ。あの陰気な女のことだから、どっかのドブ川で野垂れ死んでるんじゃない?」律は眉をひそめた。目の前の女が別人のように思えた。「愛莉、姉さんのことになんてことを言うんだ。俺は本気で心配してるんだぞ」愛莉は高らかに笑った。「律さん、笑わせないでよ。あの芝居はあの女へのあてつけでしょ?観客がいなくなったのに、誰に見せるつもり?」律は雷に打たれたように立ち尽くした。「芝居?あれが全部芝居だったのか?」「当たり前でしょ?」愛莉は軽蔑しきった目で彼を見下ろした。「本気で私があんたなんかに惚れてると思った?あんたが雫の大事な旦那じゃなかったら、見向きもしなかったわよ。あの馬鹿女がいなくなった今、あんたにはもう用はないの。二度と私の前に顔を見せないで!」寒風の中、律の全身の血が凍りついた。あの棘だらけの赤い薔薇のために、自分だけを見てくれていた妻を突き放し、温かい家庭を自らの手で壊したのだ。結局、自分は愛莉が雫を傷つけるための道具に過ぎなかった。一番滑稽なピエロは、自分自身だったのだ。……律は地面に跪き、膝が泥に埋もれていた。「雫、俺が馬鹿だった。最低だった。愛莉に騙されていたんだ。あの子が純粋で優しいと信じ込んでいた……一度だけチャンスをくれ。償わせてくれ、頼む!」彼の声はボロボロで、迷子の子供のように許しを乞うていた。私は彼を見下ろした。かつてあれほど誇り高かった男が、今は塵のように小さく見える。胸の中に、氷水を吸った綿を詰められたように重くて冷い。「償いだと?律、知っているの?あな
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第10話
「そうよ、律、あの瞬間だ」私は自分の胸に手を当てた。「車の中にいるあなたを見て、私たちの間にあるのは車の窓ガラスじゃなくて、決して越えられない壁なんだって思い知らされた。私たちは住む世界が違う。結ばれる運命じゃなかったって、気づいたのよ。あなたは天上の雲、私は地べたの泥だ。雲は気まぐれに泥を憐れむことはあっても、泥が暗闇でもがく痛みなんて、永遠に理解できない」「違う!雫、聞いてくれ!」律は慌てて私の手を掴んだ。「あの時は……ただ、お前を手放したくなかったんだ!海外に行ったら、もっといい男に出会ってお前がいなくなるのが怖かった!あれは独占欲だ、愛だったんだ!」私は首を振り、彼の虚しい弁解を遮った。「律、相手の翼を折って籠に閉じ込めるのは、愛じゃないわ。あなたが私を口説き始めた時、校中の誰もが無理だと言ってくれたわ。西園寺家の御曹司が、ただの気まぐれで遊んでるだけだって。でも私は馬鹿みたいにあなたを信じてしまった。あなたがくれたほんの少しの温もりに、私は後先考えずに飛びついたの」涙が音もなく滑り落ち、頬を焼く。愛に飢えていた私にとって、律がくれたわずかな愛は、飛んで火に入る夏の虫になるには十分すぎた。けれど、先に近づいてきたのは彼だ。一生を誓ったのも彼だ。そして、先に背を向けたのも、彼だった。先に愛した彼が先に冷め、後から愛した私が深みに嵌まった。まるで、ようやく温まってきたスープを前に、相手に席を立たれたようなもの。残されたのは、冷めていく空席と、取り残された私だけ。私は立ち上がり、涙を拭った。「律、離婚協議書はもう弁護士に送ったわ。帰ってくれ。もう二度と現れないで。あなたとの最後の思い出まで、憎しみに変えさせないで」律はその場に座り込み、顔を覆って泣き崩れた。その絶望的な泣き声は、まるで世界が終わったかのようだ。だが今回ばかりは、どれほど彼が泣き叫ぼうと。彼を心から案じ、涙を拭ってくれたあの頃の雫は、もう二度と戻ってこない。離婚の手続きは滞りなく終わった。律は財産分与として、株や不動産、車など全ての資産を私名義に移した。彼が手元に残したのは、大学時代に買ったシンプルな指輪だけだった。去り際、彼は門の前で立ち止まり、私をじっと見つ
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