当時ヨーロッパで比較的詳細に紹介された記録として、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが残した文章が真っ先に思い浮かぶ。彼の著作『Historia de Iapam』には、本能寺の変をめぐる出来事が、現地の宣教師や日本人から聞き取った話として生々しく記されている。燃える寺、慌ただしい逃亡、そして明確でない動機の断片――そうした断章が織り合わさって、読んでいると情勢の混乱が伝わってくる。
個人的に興味深いのは、フロイスが日本の武士社会や宗教観を自分の価値観で解釈しようとする点だ。彼はしばしばキリスト教的な善悪や背信という枠組みで事件を説明しようとしたため、現地の政治的背景や複雑な家中の事情が簡略化されている場面がある。だからこそ、彼の記述は一次情報としての価値が高い一方で、読み手としては裏取りや日本側史料との対照が不可欠だと感じる。結局のところ、フロイスの文字からは当時の国際的な関心と、それを通じた誤解の両方が見えてくる。