遅咲きの夢と、捨てた約束
東都の名門子息たちは皆、橘家が跡継ぎを絶やしたことを知っていた。
なぜなら橘透也(たちばな とうや)は、東都第一の名門である橘家の唯一の後継者でありながら、確固たる子供を持たない主義の実践者だったからだ。
両親がどれほど説得しようと、どれほど死をもって脅そうと、妻の水瀬さくら(みなせ さくら)がどれほど誘惑しようと。
彼の答えは一貫して同じだった。俺は子供を持たない主義だ、子供は好きではない、子供を作ることはあり得ない、と。
結婚して四年、いつもと変わらないはずだったある日――
さくらが病院で勤務する時、偶然にも透也が見知らぬ女性の妊婦健診に付き添っているところに遭遇した。
超音波室を通りがかった時、彼女ははっきりと見た。透也が優しく相手を支え、顔には淡い笑みを浮かべ、右手を相手のまだ膨らんでいない腹部に添えているのを。
そして、超音波室の担当医師に緊張した様子で現在の妊娠状況を尋ねているのを。
さくらは震える手で同僚に電話をかけた。緊張で心臓が喉元まで飛び出しそうだった。
「さっき……来た人……名前は何?」