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十年を捧げて、残ったのは悲しみ

十年を捧げて、残ったのは悲しみ

By:  ジェリーCompleted
Language: Japanese
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増田奏汰(ますだ そうた)は両親を亡くし、同級生からいじめを受けていた。 ある日、私――佐野日葵(さの ひまり)は彼を助け、そして一目で恋に落ちた。 私は自分の十年間を捧げ、人に蔑まれていた私生児の彼を学術界の頂点に立つ大学教授へと押し上げた。 その十年のあいだ、私は自分の華都大学の合格通知書を隠し、厨房で皿洗いをして手の皮が剥けても働き、工事現場で肩が擦り切れるまでレンガを運び、母が遺した懐中時計までも、彼の学費のために質に入れた。 ただ彼と共に家庭を築ける日を夢見ていただけだ。 けれど、彼が栄光を手にしたその日、私の努力はすっかり忘れさられてしまった。 ならば、私はもう彼の前から姿を消すことにした。

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Chapter 1

第1話

最後のスーツケースを壁際に押し込み、私は親友の西原美月(にしはら みつき)に電話をかけた。

「私、奏汰を離れて、ひとりで帰ることにしたの」

電話の向こうで、美月が弾けるように声を上げた。

「あなた正気なの!?十年よ!あんたは自分を犠牲にして、彼を十年間支えてきたのに!今ようやく奏汰が大学教授になったっていうのに、ここで離れるなんて!」

怒りを含んだ声が、受話器越しに響いた。

「彼が成功した途端に身を引くつもり?あなた、彼のことが好きなんじゃなかったの?」

私は何も言えず、静かにその言葉を聞き終えると、通話を切った。

そのとき、スマホの画面が光った。

送信者は浅井里奈(あさい りな)――奏汰を追いかけている女だ。

【もう彼のそばを離れる覚悟はできたの?】

私は窓の外を見つめながら、画面に文字を打ち込んだ。

【できた】

この時、私は遠く昔に思いを馳せた。

高校時代の奏汰は、私生児という理由で、いつも周囲からいじめられていた。

ある日、数人の男子生徒が彼を川辺に追い詰め、そのまま突き落とした。

泳げもしない私は、気づけば彼のあとを追って、冷たい川へ飛び込んでいた。

必死で腕を伸ばし、全身の力を振り絞って、ようやく彼を岸まで引き上げた。

そのときの奏汰は全身ずぶ濡れで、顔が真っ青だった。

けれど、その震える手だけは私の手を強く握りしめて離さなかった。

その瞬間、私は思った。

この人のためなら何をしてもいい、と。

華都大学から合格通知書が届いた日、私は封筒に刻まれた金色の大学名を見つめながら、彼の瞳には喜びと同時に深い劣等感が揺れるのをはっきりと見た。

彼は孤児で、高い学費を払う余裕などなかった。

だから私は通知書をそっと隠し、翌日には仕事を探しに出た。

奏汰が安心して勉強できるように。

油まみれの厨房で皿を洗い、洗剤で手がただれるまで働いた。

埃っぽい工事現場でレンガを運び、肩に傷ができても休まなかった。

私は一人で、二人分の生活を支えた。自分を犠牲にして、彼の夢を守った。

そのことを知った奏汰は、私を強く抱きしめて言った。

「日葵、いつか必ず君と家庭を作って、幸せにしてみせる」

一週間前の午後。

私は切った果物を持って書斎に入った。机の上のスマホはロックがかかっていなかった。

そこに、奏汰と里奈のやり取りが映っていた。

奏汰:【日葵を捨てられない。彼女は僕にあまりにも多くを捧げてくれたから】

里奈:【あなたほど優秀な人には、私こそがふさわしいわ。私たちは同じ世界の人間なのよ】

私は何も言わずに部屋を出て、果物をそのままゴミ箱に捨てた。

数日後、里奈が私のもとに現れた。

高級ブランドのスーツに身を包み、完璧なメイクをした彼女は、まるで憐れむような目で私を見下ろした。

「奏汰が私生児だってこと、誰かが暴こうとしてるの。私は大金を払って、その情報を買い取ったわ。

このスキャンダルが広まれば、彼が今持っているものが全て台無しになってしまうでしょうね。

彼の研究者としての人生は終わり。未来がすべて壊れるのよ。

この件を収められるのは私だけ。彼を助けられるのも私だけよ。あなたはただ彼の足を引っ張るだけよ」

その一言一言が、鋭く私の胸を突き刺した。

自分がどうなっても構わない。けれど、奏汰の未来だけは壊したくなかった。

その夜、胃がねじれるように痛んだ。そのあまりの痛みに私は体を前かがみにさせて耐えていた。

かつて奏汰は、私の胃の持病が出るたびに一晩中眠らず、優しく温かいお粥を作ってくれた。

でもその夜、彼が熱い粥を持ってきたばかりの時に、里奈からの電話がかかってきた。

「熱が出て、つらいの」と泣き声で訴える彼女の声を聞いた途端、奏汰は手にしていたお椀をそっと置くと、何の迷いもなくコートを掴み、私を一瞥することもなく部屋を出ていった。

あのお粥も、私の心も同じように冷めていった。

今日は私の誕生日だ。

奏汰は昨夜から帰ってこない。

電話も、メッセージも返ってこない。

冷蔵庫から、朝に自分で買っておいた小さなケーキを取り出した。

生クリームの上には、ぽつんと一粒のいちごが乗っている。

私は一本のロウソクを立て、ライターで火をつけた。

小さな炎が薄暗い部屋の中で揺れ、空虚な私の瞳を淡く照らした。

私は両手を合わせ、心の中で願った。

【奏汰、あなたの未来が輝きますように。望むものがすべて手に入りますように】

ふっと息を吹きかけると、ロウソクの火は消え、部屋は再び闇に沈んだ。

涙は出なかった。ただ、胸の奥に広がるのはただ静かな虚無だけだ。

スマホの画面をスライドすると、未読のメッセージが一件あった。

それは、私がアルバイトしているメイクサロンの店長からだった。

【明日、大口の予約が入ってるんだけど、来られる?】
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