渡れなかった愛
今江渡(いまえ わたる)が父親になったことを、最後に知ったのは私だった。
病院に着くと、彼が秘書に指示しているのが聞こえた。
「子どものことは誰にも漏らすな。陸野幸(りこの さき)が戻ってきたら、きっと騒ぎ出す」
十年間彼を想い続けた私は、一年前に想いを打ち明けた。
その時、彼はこう言った。
「君が勉強を終えて帰ってきたら、一緒になろう」
今思えば、本当に馬鹿げた話だった。
私はもう、以前のように感情的になることも、なぜ騙したのかと問い詰めることもしなかった。
ただ再び飛行機に乗り、海外へと旅立ち、そして、最近私に想いを寄せてくれている男のプロポーズを受け入れた。
それ以来、私は二度と渡を想うことはなかった。