Masuk今江渡(いまえ わたる)が父親になったことを、最後に知ったのは私だった。 病院に着くと、彼が秘書に指示しているのが聞こえた。 「子どものことは誰にも漏らすな。陸野幸(りこの さき)が戻ってきたら、きっと騒ぎ出す」 十年間彼を想い続けた私は、一年前に想いを打ち明けた。 その時、彼はこう言った。 「君が勉強を終えて帰ってきたら、一緒になろう」 今思えば、本当に馬鹿げた話だった。 私はもう、以前のように感情的になることも、なぜ騙したのかと問い詰めることもしなかった。 ただ再び飛行機に乗り、海外へと旅立ち、そして、最近私に想いを寄せてくれている男のプロポーズを受け入れた。 それ以来、私は二度と渡を想うことはなかった。
Lihat lebih banyak「本当に嬉しいです。ここで、お兄ちゃんとお義姉さんが末永く幸せでありますようにと、心から願っています」そう言い終えた瞬間、彼はさらに激しく泣き崩れた。私は林の手をそっと握り、彼にだけ聞こえるように囁いた。「あなた……愛してる」その瞬間、私は初めて、自分が本当に幸せになれたのだと実感した。【後日談】まさか、幸が本当に林と結婚するなんて、信じられなかった。あれほど俺のことが好きだったのに。大雨の中、ずぶ濡れになりながら俺に告白してくれた。「お兄ちゃん、私、あなたのことが好き。一緒にいてくれませんか?」あのとき、俺はまだ彼女の幼い顔を見て、思ったのだ――駄目だ、俺はこの子と一緒になっちゃいけない。だって、彼女は「妹」だから。でも、彼女が十八になった年のある夜、俺は酒に酔って、気づけば頭の中が彼女のことでいっぱいになっていた。感情を抑えきれずに彼女を訪ね、そして自分からキスをした。「俺も、お前のことが好きだよ」そう言ってしまった。けど、翌朝、現実が襲ってきた。もし他人に知られたらどうなる?俺が父親の養女と付き合っているなんて、笑いものだ。だから、俺は彼女を傷つけないために、大学を卒業したら一緒になろうと曖昧な約束をした。彼女の大学最後の年、俺は学校に頼んで彼女が海外の交換留学生に選ばれるよう仕向けた。彼女が遠くにいれば、きっと気持ちも落ち着くと思った。そして、彼女が旅立ったあと、俺は思帆と付き合い始めた。思帆は落ち着いていて、俺に尽くしてくれて、表面的には「ちょうど良い女」だった。子どもを作るつもりはなかった。でも酔った勢いで一度だけ関係を持って……その一度でできてしまった。……結婚式場を出たあと、俺はトイレの個室に駆け込み、崩れるように泣いた。自分を何度も何度も平手打ちした。どうして、あのとき勇気を出して幸と向き合わなかったのだ。なんで、自分を裏切ったのだ。彼女が離れていくのが分かっていたのに、どうして引き留められなかったのだ。思帆が自傷行為をしたとき、俺はそれを口実にして彼女を遠ざけた。そうすれば、彼女は諦めると思っていた。でも本当に離れていこうとしたとき、俺は焦った。離れてほしくない。でも思帆とも別れたくない。長い時間一緒にいて、子どもまでい
翌朝、林が朝食を買いに出かけた。その隙に、渡が部屋を訪ねてきた。「君、俺を怒らせたいだけだろ」「……は?」彼は嘲るように鼻で笑った。「幸、そんな子どもみたいな真似、もうやめろよ。俺はもう君なんか好きじゃない」「何の話か、よく分からないけど」彼の顔を見つめながら答えると、彼の言葉はますます支離滅裂に聞こえた。「君、俺の結婚式にも来なかったし、子どものお祝いにも来なかったよな。で、今度は『自分が結婚する』ってわざわざ俺に知らせてきた。全部俺に見せつけて、苛立たせたいんだろ?まぁ……賢くなったじゃない。ちゃんと策略を変えてきたんだな」彼はそう言いながら薄く笑った。「でもな、そんな手段、俺には効かないよ」私はふと吹き出した。「お兄さん、頭がおかしくなったんじゃない?私は林と心から愛し合ってる。彼があなたの従兄だなんて、つい最近まで知らなかったのよ」「君……」彼の顔色が一瞬で曇った。「幸、昔はあんなに俺のことが好きだったろ」「そうね、昔はね。でも今はもう違うの」「それより、せっかく来たんだし、あのお守り、返してもらえる?」彼は一瞬言葉を失い、しぶしぶバッグからそれを取り出して投げてきた。「……俺のこと、好きじゃなくていいさ。そうすれば、もう君にかき乱されることもない」その瞬間、林が戻ってきた。私は彼の前でそのお守りを差し出した。「父が言ってたの。『本当に愛する人に渡せば、その人と自分の両方を守ってくれる』って」かつては渡に渡すつもりだったものだった。でも、私は気づいた。この人には、それだけの価値がなかったのだと。林が受け取ったとき、渡の顔は凍りついたように冷えきっていた。そのまま、彼は無言で部屋を後にした。渡はこのまま帰るだろうと思っていた。だが、彼は私の勤務先にまで現れた。そして開口一番、こう言った。「俺、君のファンだったんだ。たくさん投げ銭してた」まさか、それが彼だったなんて――驚いた。けど、どうしてそんなことを?「それはどうも、お兄さん。ありがとうね」私がそう返すと、彼の顔が一瞬で曇った。数秒黙った後、口を開いた。「……俺、思帆と離婚しようと思ってる。最近は性格も体型も昔と違ってきたしさ。君だったら、子どもができ
1ヶ月ほど経った頃、私は渡の友人から電話を受けた。「幸、明日渡が赤ちゃんの百日祝いをするんだけど、戻って来て顔を見せてくれないか?」どうして彼がそんなことを私に聞いてくるのか分からなかった。私と渡がすでに関係を絶ったことは、彼もよく知っているはずなのに。「行かない」そう答えて電話を切ろうとした瞬間、不意に渡の声が聞こえてきた。「幸、最近そんなに忙しいのか?甥っ子の百日祝いにすら来ないのか?」「渡、あなたって本当に矛盾してると思う。帰ってくるなって言ったのはあなたでしょ。私はその言葉を受け入れて戻らないって決めた。それなのに今になって、なぜ来ないのかなんて聞いてくる。それにお守りだって、まだ返してくれない。あなたは、何がしたいの?」渡は黙り込み、何も答えないまま電話を切った。私はそのままこの番号を着信拒否にした。もう彼らとは一切関わりたくなかった。その後、私は事務所に向かった。最近私の曲が大ヒットして、かなりの収入が入っていた。そこで今後の活動について社長と打ち合わせをした。社長は、私のファンの一人が黙って大量に投げ銭してくれていたことも教えてくれた。誰かはわからなかったが、心の中でその人に深く感謝した。家に戻ると、林がすでに食事の用意をして待っていた。「早く食べよう!」と彼は笑顔で言った。「そうだ、近いうちに僕の従兄が遊びに来るから、その日は外で食べようね」私は頷き、それ以上は何も聞かなかった。けれど、まさかその「従兄」が渡だとは、夢にも思わなかった。……渡は私の姿を見た瞬間、呆然と立ち尽くした。私もその場に固まってしまった。数か月ぶりに見る彼の姿は、少し痩せたように見えた。きっと、子どもの世話で疲れているのだろう。「兄さん、彼女って前に話した人だよ。幸。もうすぐ僕たち、結婚するんだ」林は私の手を取りながら、嬉しそうに話した。その瞬間、渡の手から何かが「パタン」と音を立てて床に落ちた。「……いつ知り合ったんだ?」渡が低く尋ねた。だが林はまだ事の異変に気づかず、笑いながら言った。「僕と幸は同級生だよ。簡単には振り向いてくれなくてさ、1年もかかったんだ。ずっと好きな人がいるって言ってたけど、僕が諦めなかったから、最後には結婚OKしてくれたん
もう彼のことを愛することはないだろう。飛行機を降りると、迎えに来てくれていたのは林だった。彼は駆け寄ってきて、私をぎゅっと抱きしめた。「よかった、また帰ってきてくれて!ご飯食べに行こうよ。僕、ついに運転免許取ったんだ。今日は僕が運転する!」彼はとても明るくて、芯の強い男の子だった。それまで私は彼を避けてきたし、告白も断り続けてきた。それでも諦めずに想い続けてくれた。正直、そんな彼を少し尊敬している。車に乗ると、彼は嬉しそうに喋り始めた。「ダッシュボードに無香料のティッシュ入ってるよ。君のために買ったんだ」食事の時も、彼は店員さんにわざわざ伝えていた。「全部の料理、セロリ抜きでお願いします。彼女が苦手なので」私は驚いた。彼が私の好みをそこまで把握していたことに、胸がじんとした。セロリが嫌いなこと、香り付きのティッシュが苦手なこと――そんな細かいことまで覚えてくれていたなんて。私がじっと見つめていると、彼は笑いながら言った。「そんなに見つめて、どうしたの?」「別に」「もしかして考えごとしてた?僕って意外とイケメンだし、頼りになるし、結婚相手にぴったりだなーって?」「うん」私がうなずいた瞬間、林は椅子から立ち上がって目を見開いた。「えっ、今なんて……!?」「うん、って言ったの」「僕と結婚してくれるってこと!?」「そうだよ」「うそだろ……夢みたい……!」彼は大きく両腕を広げ、私を強く抱きしめた。かつての私は、恋愛に固執していた。愛がなければ結婚なんてできないと思い込んでいた。でも今は違う。「合う」ことが何より大切だと思っている。林は私を笑顔にしてくれる。そして私と同じように音楽が好き。それだけで、もう充分だった。……私と林はすぐに婚約し、式の日取りも決めた。一緒に指輪を選び、ウェディングドレスも決めた。彼は本当に嬉しそうで、その写真を誰かに送っていた。「従兄に送ったんだ。僕たち、すごく仲がいいんだ。やっと心から好きな人を手に入れたって、報告したくて。幸、僕たちはこれからきっと幸せになるよね」私は彼の頭をそっと撫でた。「なるよ、絶対に」すべてが決まったあと、以前会った芸能事務所のスカウトを訪ねて、そ