「おじさん、なんて言ってた ? 」
定食を平らげた後、わたしはセロに聞いてみた。
「いや、山賊にお前が攫われ無かったのは運がいいぞって……忠告」
「攫われたけどね……」
「あとは麓の雪がない森林地帯に入ったら熊が出るらしい」
「熊……」
「弓じゃ一撃必殺とはいかないからな。その辺の作戦を立ててから下山しろってさ」
優しさに泣きそう。
「めちゃくちゃいい人だったね」
「ああ。それよりも」
セロが聖堂を見上げる。
これからわたしたちは、記憶喪失の件で医者に会い、更には懺悔を聞いた神父の紹介で司祭に会う。 一体何を言われるのか不安しかない。「まだ時間がある。窓口でジョブプレートを申請しよう」
「あ、そうだね ! ここが正式な吟遊詩人のスタートになるもんね ! 」
以前の村はそういう事は出来ない簡易的な山小屋の集落だったし、ここからが本当のスタートだ。
「なにか派手に祝いたいところだが……。今の俺達には……」
「分かってる。でも、戦いじゃなく、歌で旅できるなんて思わなかった ! ありがとう、セロ」
「……それは俺の方だ。お前に会えて人生が変わる。ここから」
ふふ。相変わらずくさい台詞を真顔で吐く。 セロの事もだんだん分かって来たな。
「すみません」
「あぁらぁ〜 ! 何 !? なんでも聞いて〜 ? 」
ギルドの総合案内の端、一際暇そうな御局様に声をかけると激しい反応が返ってきた。
「わたしたちのジョブプレートを吟遊詩人にして欲しいんです ! 」
「OK〜。再発
「これ、木の実だ」 セロが通りすがり、川へと垂れ下がるように育った木を見上げる。樹木に野イチゴのようなツタが絡まり枝の先にモコモコと実をつけている。「食べれるの ? 」「鳩を近付けて見よう。動物が食えば少なくとも死に至る果実じゃない」「よし ! 食って ! 」『ポ、ポポ !? 』 髪に絡みつく鳩を掴んで木に乗せる。 鳩はフンっといいながら、その木の実を咥え、ツッツッと喉へ押し込む。「「食える !! 」」「おい、結構あるぞ !! 」「は、半分食べよ !! 少し持って出発するとして ! 早速食べよ ! 」『ポ……』「「鳩邪魔 !! 」」 両手でむしってガツガツと頬張る。「ん、甘〜い !! 」「ああ。ジャムのようだ」「口の中真っ赤 ! 」「気にしてられん。とにかく食うぞ」「んむ、ング。美味しい……」「はぁ〜。お腹いっぱい。でもまだまだなってるね」「甘いものってそう大量には入らないよな。残った物を包んで持って行こう」 スカーフを取り出すと、食べ切れる分だけを摘んでいく。「実の付きがいい木だな」「ね。でも生き返った ! 」「これでよし。もし食べきれなかったら煮込んでソースに出来る。 プラムを目指そう」「おー ! 」 ふふ、お腹いっぱいになったらなんだか楽しくなってきた。 シエルのお陰で大手を振ってグリージオに向かわず済むし、プラムに着いたらまず宿屋で身体を流して……。「……」「どうかしたか ? 」「あの、さ。わたし達がアリアの聖堂で貰ったチップの金貨って……まさか」「ああ。テントと共に落ちたが ? 」 嘘でしょ…
「なにか来る ! 」「何あれ、鳥…… ? って、なんかこっちに急降下してくるわ」 ヒュオ !!「射落とす ! 」「待って、ただの鳩だよ ! 」 リラが手を伸ばすと、鳩はスピードを緩める。ここまま抱えてくれそうな柔らかなてのひら。『ポプ ! 』 リラの手を傷付けないよう、脚をそっと乗せてその瞳をじっと見つめる。「……この鳩……なんだか魔力を感じるかも……」 次の瞬間、鳩の目の色が変わる。 真っ赤になったその目玉がふとそばの草むらへと逸れる。釣られてリラとセロも草むらを見ると、薄ら草薮の前に人型が現れる。「な、何 !? 誰っ !? 」「これは……白魔術 ? お前の仲間じゃないのか ? 」 セロの問いに、完全な人型が答える。『僕はシエル。白魔術師で、元パーティのメンバー』「これ、会話できるの ? 」『完全な会話じゃない。思念として送ってる。僕自体の意見や性格は変わらないけど、 会話とは違うんだ』「そういう……魔術なのね…… ? 」『ところで、吟遊詩人になったって本当 ? 』 目の前に現れた十歳程の子供。不釣合いなほど位の高い法衣を着こなし、二人を見つめる。「う、うん。そうなの。セロは……凄い奏者で、わたしは彼の音楽無しでは生活できない ! 」『……そう。 僕は動物の目を使って遠くを視る魔術が使える。カイは今、モモナ港からグリージオを目指してる。何も状況を知らない。 僕がいるのはすぐ近くのコッパーの村。このままなら一番最初に合流するのは僕とカイ。 この鳩に、二人の状況を聞いたよ。記憶が無いんだね、リラ』 合わせてセロが地図を広げる。「カイが既に出発しているなら……コッパーまでは歩きで一日、二日か……」『リラは魔族の血を引く者。グリージオのエルンスト王は仲間だけど、DIVAを使っての旅は反対するかもしれない。 加えてリラの魔力
一先ず、近くの木に止まる。『ポーポー !! プェープェー ! 』『煩いよ鳩ちゃん ! 二人の会話が聞こえない ! 』「俺は今のお前が好きだ」 ブポッ !!『ゲフンゲフン ! 何あれ !!? リラの彼氏 !? 』『プェープェー !! 』『え !? 森で噂 ? リラが !? あれ本当に恋人 !? 』『ポププ !! 』『まさかぁ〜 ! リラってレイと仲良いし、カイだって気があるのわかってるのになんで ? 知らない人じゃん ! 』「もし今のお前が消えると言われたら、反対だ。 お前さえ良ければ一緒に逃げてもいい」『ひ、ひえぇえ ! 何あれ ! 本当じゃん !! 鳩ちゃん説明してよ ! 』『ぷぷ ! 』「セ、セロ……」『あ、あんな狼狽してるリラ初めて見る ! 完全に乙女の顔だよ !? 』「俺はお前の歌が好きなんだ」『ぎ、ぎゃああ…… ! 』「セロ ! ま、待って ! その、嬉しいんだけど、ビックリするから変な言い回しやめてよ ! 」『つまり、嫌じゃない……と。確かに、レイもエルとも違う静かなタイプの人だよね……リラって男っぽいってより、仲間内に好みの男性がいなかっただけで、本当はあんな感じなの !? 』「別に変じゃない。言わなきゃ、お前はモヤモヤ考えて、それが(歌の詩にでる)……」『うーん。ところどころ聞こえない』「いつもベストな状態で(歌って欲しいし、それが出来ないなら)俺が不安材料を取り除く 。 後悔させない」『い、一途 !! 』「セロ……ありがとう」『うわぁ、顔真っ赤 !! やっばぁ〜。 面白いことになったけど、レイに会ったらややこしくなりそ。先にカイと話そうかな』
空高く舞い上がった白いカラスは風を捕まえると北へ向かう。『やっぱりカイはモモナにいたのか。今日中にはコッパーに着くから合流だなぁ』 シエルは聖堂に与えられた臨時の客室で、魔術を使っていた。 仲間の居場所を占いで当て、精神を野生動物に飛ばす。そしてカラスの目を借りて、カイの居場所は突き止めた。『この身体で北まで行くのはキツイな。 ありがとう、カラスちゃん』 シエルの中身が分離したカラスは、木の枝に止まると一度身震いし、再び森へ帰っていった。 コッパーの聖堂にシエルの精神も戻る。大きな椅子に小さな子供の身体。 疲労だけが大人以上の消耗をしている。「はぁ〜……カイは相変わらずだなぁ。 さてと、グリージオに反応した二つは多分レイとエルだよね ? だとしたらやっぱり北にいるのはリラ ? 」 机に広げた世界地図に付いた赤い丸。 二つはグリージオに。一つはコッパーにいる自分。もう一つはすぐ隣のモモナ港の城下町に。 そして北の山脈に二つの反応。 シエルの占いは当たるのだが、今回だけは自信がなかった。「北は二人。二人ってどういう事 ? でも残るはリラだけだし……とりあえず行ってみるかぁ」 シエルは試験管から青い液体をグラスにそそぎ、一気に飲み干す。「魔力が持てばいいけど……」 口元を拭い、再び精神を集中する。 ──雪、山、寒い空気。そしてシヴァの恵みにあられる氷の大地。どうか受け入れて── ゆっくりと瞳を開ける。ふわふわの羽毛にズムッとした胸。『宜しくね、鳩ちゃん』 鳩に乗り換えたシエルは巣箱から飛び立つ。『ここはぁ、アリアの村って所かぁ。カイの我儘で寒い地域はルート取りしないからなぁ』「すみません、痛み止めを」 道具屋の前に多くの人が並んでいた。『地面の砂の抉れ方……グラスボーン ? こんな寒いところにもいるの ? 』 しばらく村を旋回するがリラの姿は無い。 その代わり、別なものを見つける。『なにあのクレーター ! 村の先に剥き出しの地面がある ! 』 何を隠そうリラが吹き飛ばした森の跡地である。『うわぁ〜、うわぁ〜、凄い凹み ! 隕石にしては、上から落ちてきた爆風とは違う感じ ? なんて言うか、こう横から……魔法で吹き飛ばしたような…………』 鳩なのに血の気が引くとはシエル自
「うぉぉぉっ !! 」 信じるは己の肉体のみ。高い瞬発力と武器を扱う経験値。 カイの双剣は凄まじいスピードで地面を這う。 植物を薙ぎ倒し、斬られた葉は風に乗り空へと舞い上がる。「オラァァァァ !! 」「おい、見ろ ! なんて速さだ !! 」 馬車を引いた男が、つい興奮して客へ話しかける。馬車から身を乗り出した母子たちも珍しい光景に思わず声を漏らしていた。「まぁ、凄いですわね」「おにーちゃーん ! 頑張れー」 カイはモモナ港の城下町を出発してすぐ、この馬車屋に捕まった。脱輪した馬車を持ち上げる作業を手伝い、事故の経緯を聞いた。 大きな町のすぐ近くとはいえ、程よく気候が安定しているこの辺りでは、人の手入れも疎かで雑草が伸びるのが早いのだ。草根の読みを一つ間違えれば溝や轍にハマる。 他の馬車も道の先で立ち往生していた。馬も馬車屋も乗客も、葉っぱを巻き上げながら道を進んでくる塊に目を丸くしていた。 そう。 カイは新しい双剣で草刈りをしている。「うおぉぉ ! 」 両手を大きく振りながらも、身のこなしは軽々しい。一振でも広い範囲を、切っ先は道を開く。 その様子を、一匹の白い烏が上空から観ていた。「もう十分だ ! 助かったよ兄ちゃん ! 」 カイは双剣を鞘に収めると、赤い髪をカシカシと掻く。「いや〜俺も楽しかったっす。モモナで買ったばっかだったんすよ、この双剣」「え !? そりゃあ、申し訳ないことをしたな……刃こぼれしてないかい ? 」「んにゃ、ぜーんぜん ! 大通りの一番端にある鍛冶屋で買ったんすけど、腕いいっすよ ! 」「あ、ああ。確かゼンチって旦那の店だな」「剣を新調した時って、一番最初は生き物以外を斬らねぇと悪運が付くんすよ」「えぇ ! ? 初めて聞いたが、そうなのかい ? 」「俺の故郷……アカネ島の言い伝えっすけどね」「アカネ島ぁっ !!? ここから真逆の極東じゃねぇか
「今からルートを変えるか ? 男爵の屋敷に行かずに逃げてもいいが」 確かに。そうすれば行方をくらませる事が出来る。いっそ仲間の元に戻る気が無いならそれもいいのかも……。「温暖な地域を目指して……どこか小さい村で小銭を稼ごう。最悪食うに困ったら動物を狩ればいい。豪勢な旅ではないが……」 決めないと。迷ったまま進んで、後悔したくない。「うん。……セロ、わたし戻れなくてもいい。連れて行って ! 」 セロは少し驚いたような顔はしたけど、すぐに懐から地図を取り出した。「分かった。 まず男爵の屋敷に行かないならこの領土から出よう……。現在地から行けて領土に入らない村は……」「まだアリアから東の森を出たところだよね ? 」「ああ。ここから南に行くとプラムって集落がある」「南か……」「確かに南下し続ければグリージオに近くはなるが、プラムからは決して近くない。 その村で準備を整えたら、真逆の西に向かおう」「西か……ジルとレオナのルートは ? 」「二人と同じ道は通れない。レベルが違いすぎる」 そっか……今のわたし、戦力にはならないからなぁ。「大陸のど真ん中のルートにさえ出ればなんとかなる。そして最終地点はモモナ港だ」 一緒に地図を見るけど、その真ん中のルートですら幾つ町や村を経由するんだか……相当かかりそう。だけど、この大陸の最西端 モモナ港かぁ。地図上のシンボルを見るからに大きな街なのが分かるし、きっと都会なんだろうな。「行ってみたいね、モモナ港……」「ああ。ここにも城があるが、グリージオとは関わりのない王家だから安心だ。目指すか」「うん ! 」