すると「くるみ!」 振り返ると海斗がいた。 どうしたんだろう。タクシー、降りちゃったのかな。「少し話せないかな。くるみの力になりたいんだ」 昔と変わらず、すごく海斗は優しい。 けれど「海斗に甘えていられないよ。大丈夫、ありがとう」 もう大人になった。昔みたいに甘えてはいられない。「じゃあ、俺の頼みを聞いてくれないかな」 珍しい、海斗が誰かを頼るって。「私にできること?」「ああ。くるみじゃなきゃダメなこと」 海斗には高校生の時にお世話になったし、この間の残業だって手伝ってもらって、今朝も吉田さんのフォローまでしてもらったから。「わかった。話、聞くよ」 返事をすると彼はホッとした感じの表情をした。 私が泊っているビジネスホテルのロビーのイスに座り、話すことになった。 タクシーで寝たら、酔いも多少は収まった。今ならきちんと彼の話を聞けそうな気がする。「単刀直入に言うね。俺の
「ごめん。電話してくる」 席を外し、海斗に聞こえないところで、画面をタップした。<おい、お前。いつ荷物取りにくるんだよ。邪魔なんだけど> 荷物って。まだ別れて二日しか経ってない。「わかってるけど、次に住むところがそんなに簡単に見つかる訳ないでしょ。私だって仕事してるんだから、それくらい理解してよ」 本当に自分勝手。大和《この人》に慈悲はないの?<早く取りに来いよな。お前の私物なんて見たくもない。二週間以内に全部持っていかなかったら、捨てるから>「はっ?どういう……」 私が反論しようとすると、電話が切られてしまった。 二週間以内に全ての荷物、家具なんて無理だ。まず家探しに、引っ越し業者、費用もかなりかかる。 今の会話、録音しとけば良かった。 元婚約者からの嫌がらせって、何か法的に問われないかな。 せっかく海斗との会話が楽しかったのに。台無しだ。 私が個室に戻ると「大丈夫?何かあった?」 柔らかい声音で海斗に問われた。 私ってそんなに顔に出ているのかな。 海斗にはこんな恥かしいこと、言えない。「ううん、なんでもないよ。大丈夫」 テーブルを見ると、海斗が頼んでくれた、普段自分では食べられないような高級料理が並べられていた。 考えなきゃいけないことだらけだし、早めに帰ろうと思ったけど。お料理もまだこんなに残っているし、食べなきゃもったいない。今日はこの瞬間を楽しもう。 一時間後――。「くるみ、美味しかった?あのさ、飲みすぎてない?」「ぜんぜんっ!こんな美味しいお料理、次いつ食べられるかわからないし、海斗とちゃんと話すことができて嬉しかった――」 頭が働かないし、顔が熱い。 いつもよりは抑え、飲みすぎていないのに。 ああ、そうか。寝不足とか関係しているのかな。「私、トイレ行ってくるね――」 立ち上がろうとしたがフラついてしまい、慌てて海斗が支えてくれた。「ごめんねっ」「いや、俺が飲ませすぎたかも。ごめん。立てる?」 海斗の支えをかり、立ち上がることができた。「うん、一回立てば大丈夫そう。ありがと」 気持ち悪くなったわけではなかった。崩れたお化粧が気になっただけだ。 トイレから個室に戻ると「くるみ、帰ろうか。送ってくよ」 海斗が立ち上がり、私の荷物を持ってくれている。「ああ、うん。お会計は?半分出すよ」
それから、私たちは自然と距離ができて、あんなにも毎日会っていたのに、お互いを見て見ぬふりをした。 そんな日が続いて、どう考えても私があんなことを言わなかったらってずっと後悔していた。だから謝ろうと思って、海斗がいる図書館に行ったけれど、海斗はいなかった。 次の日、海斗がいるはずの教室に行ってみたけれど、彼の席は誰も使っていない様子だった。「あの、すみません。龍ヶ崎先輩はどうしたんですか?」 海斗のクラスの先輩に声をかけてみたら 「ああ。あいつ、引っ越したよ。親の仕事の関係だって。海外へ行ったっぽいけど。キミ、あいつとよく一緒に居た子だよね?聞いてないの?」 引っ越し?海外?放課後、勇気を出して海斗の家に行ってみたけれど、そこにはもう誰もいなかった。 私がもっと早く謝れば、普通に話せる男女くらいの関係になっていたんだろうか。 海斗は私が生きてきた中で、謝りたい人だったんだ。・・・・・・・・・・・・・・・・「くるみは俺のことを変えてくれた。クラスに馴染めなくて、図書館にこもっていた俺に普通に話しかけてくれて。それから段々とクラスでもコミュニケーションを取れるようになったんだ。クラスマッチでバスケに出てた時、頑張れって大声で叫んでくれただろ?実は、あれはマジで嬉しかった」 当時はそんなこと海斗の口から聞いたことはなかったし、新鮮だった。 それから昔の話や今でも当時のゲームや漫画が好きなこと、いろんなことを彼の口から聞けた。「今ではあの大手企業から出向されて部長だなんて。すごいね、海斗は」「いや、そんなことないよ。親父のコネだってバカにされている」 そういえば、海斗のお父さんってどこかのお偉いさんなのかな。仕事で海外に行くくらいだ。「ううん。残業した時の海斗の仕事の早さ、すごくかっこ良かったよ。なんか、部長って感じだった」「なんだよ、それ」 ハハっと笑ってくれた顔は当時の面影が残っている。 またこうやって普通に話せる日がくるなんて思ってもいなかった。 照れくさくて、お酒を飲むペースがいつもより早い気がする。 その時、私のスマホが鳴っていることに気づいた。 相手を見る、大和だ。 電話だ、なんだろう。「ごめん。電話してくる」 席を外し、海斗に聞こえないところで、画面をタップした。<おい、お前。いつ荷物取りに
ああ、どうしよう。 高校生の時のように、普通に話しても良いのだろうか。 私の気持ちが伝わってか「今はプライベートだから。楽に話していいよ。俺も昔みたいに話すから」 フッと彼が微笑んでくれて、心がスッと楽になった。「
彼の後ろを歩き、店員さんに誘導されるまま、お店の中を進む。 会員制かもしれない。 お店のシステムがわからないが、芸能人とかがよく使っていそうな感じの雰囲気だ。 個室に入り、メニュー表を渡された。 えええええっ。こんなにするの? 目が点になる。 ドリンク一杯でも、時給くらいする。「雨宮さんはお酒は飲めますか?」「えっ、ああ。はい」「ビールでいいですか?」「はい」 今日はお酒なんて飲むつもりじゃなかったのに。 いや、こういう時こそお酒の力をかりた方がいいのかな。「何か食べたいものがあったら、遠慮なく頼んでください。とりあえず、僕のオススメでいいですか?」 こんな高いもの、頼めないよ。「はい」 さっきから私は<はい>しかまともな返事をしていない。 緊張している中、部長が何品か注文をしてくれ、先に飲み物が運ばれる。「お疲れ様です」「お疲れ様です」 グラスとグラスがぶつかり、カチンと音がする。 一口飲むが、こんな雰囲気のためか美味しいと感じられなかった。 せっかく時間を作ってくれたんだ、私から切り出さなきゃ。「あの、部長!」「はい」 彼の顔を真っすぐ見ることができなくて、机に向かって話しかけていた。 いや、こんなのダメだ。「私、高校時代に部長と仲良くさせてもらっていた雨宮くるみです。覚えていますか?」 きちんと目を合わせたつもりだったが、言葉が続いていくうちにどんどん下を向いてしまった。 部長の返事がない。 私のことなんて覚えていないよね。 約十年くらい前のことだ。でも――。「私、十年前に龍ヶ崎部長に失礼なことを言ってしまって。ずっと謝りたかったんです。本当にごめんなさい」 なんのことを言っているのか、彼はわからないかもしれない。 けれど、心の奥底で引っかかっていた。 あの時、私があんなことを言わなければ、二人の関係はもっと良いものになっていたのかもしれない。 部長の表情はあまり変らなかった。 彼の考えていることが読めない。「ごめんなさい」 私は謝ることしかできなかった。「
「ねぇ。大和さん!今日から泊まりに行っても良い?」 彼女はギュッと彼の腰に腕を回した。彼は抱きしめ返すも「うーん。まだあいつが荷物とか取りに来るかもしれないからな。もう少し落ち着いてからにしようか。なんか婚約破棄の慰謝料とか騒いでたし」 曖昧な返事で返した。「どうして慰謝料なんてことになるの?」「えっと……。実は……」 彼《大和》は昨日のことを彼女に話し、相手はまだわかっていないようだが、浮気がバレたことを伝えた。「大和さんのバカ!萌は慰謝料なんか払わないからね」「わかっているよ。俺だって払いたくない。そんな金あったら、萌とどこか遊びに行きたい」<この人は萌のもの。いつかは飽きるんだろうけど、くるみ《あの女》から奪えたことが楽しい。龍ヶ崎部長、ムカついたけど、イケメンだったな。他の男とはレベチって感じ。指輪してなかったし、フリーなのかな。ちょっと興味出てきた> 彼の胸に抱かれながらも、違う男性のことを考えている彼女がいた。・・・・・・・・・・・・・・・・ もうすぐ約束の十九時だ。 なんかソワソワしちゃうな。 はじめてのデートで相手を待っているみたい。そんな感覚。 部長との約束の時間、今朝指示をされた通りに西側の社員通用口で待っていた。 すると、目の前の道路に一台のタクシーが泊まった。 あ、部長だ。「すみません。お待たせしました。雨宮さん、一緒にこのタクシーに乗ってください」 えっ、てっきり近くのカフェで話をするのかと思っていたのに。「はい」 今の私には帰るところもない。 彼の指示に従い、一緒にタクシーに乗った。「僕と二人きりで一緒にいるところを見られたら、嫌な思いをさせるかと思って。まだ就任して二日ですから。他の社員に疑問を持たれたら面倒ですからね」 ああ、そういうことか。ていうか、部長に気を遣わせちゃったな。「すみません。私が相談をしておいて。気を遣わせてしまって」「いえ。僕も雨宮さんと話をしたかったので」「えっ」 やっぱり、部長は気づいているの? タクシーの中で過去のことを話す気にはならなかったし、それ以上部長も何も話してはこなかった。 タクシーが目的地に到着したみたいだ。「ここから少しだけ歩きます」 軽い説明のあと、一、二分歩いた先に、私一人ではとても来ることがないような高級そうな和食のお店が